「霰か醤油煎餅にしときゃよかった」


ワンマンとは廉潔



ミイラ男のユースタス屋は本当にちゃんと身体は元に戻ったのだろうか。崩れた側から赤土のように崩れ霧のように俟った破片は。
この薄暗い森の終わりでいつも夢は始まる。
今夜も…まるで、昨日のことがつい先ほどあった出来事のように思い出された。

「よう。」

案内役のカンテラがいつものようにふわりと先を照らす。だが、一行に足を動かさない俺に焦れたのかちかり、と灯を絞りカンテラは一度瞬いた。

「わかるなら答えてくれ…ミイラ男のユースタス屋の身体、無事か?」

前の晩に言葉は通じているらしいことがわかったので聞いてみると、ちかりと瞬く。ふ、と安堵の溜め息を吐けばカンテラはぐるりと俺を一周し、再び回廊の先へ導いた。



「そんなにミイラ男が心配か?トラファルガー」

フッとカンテラが姿を消し背後から声がする。
肩に回る手と背後にのし掛かるように身体をぴたりと重ねられ、これがユースタス屋だと分かっている俺は自然とどうしようもなく胸がバクバクと高鳴った。

「ピアチェーレ。トラファルガー・ロー」
「…はじめまして天使のユースタス屋」

耳元で囁かれ、耳を擽る吐息の所為で声が上ずる。
近い…物凄く、近い。

「前の晩は期待通りの甘い時間を過ごせてよかったなァ?」
「…天使のユースタス屋は覗きが趣味か?」
「ハハッ…。覗き趣味は何も俺だけじゃねぇ。見たい奴は見る…そこかしこから、今もな」
「…」
「おっと、下手な事を言うとミイラみたいに身体をもがれ…いや俺の場合は羽を毟られっちまうかもしれねぇ」
「…羽」

ばさりと白い翼がユースタス屋の背中から現われる。
ひらりと舞い落ちてきた羽を拾いユースタス屋がそれで俺の頬を撫でた。

「面白みのねぇこの白を汚したくなるだろ?トラファルガー」

見透かしたような目を細め自身の紅を引いた唇で羽を食む。べとりと重たい赤に濡れた真白な羽をユースタス屋は俺の胸元に縫い付けた。



「で、今日はなんだ…?"天使"と言えば」
「…霰か煎餅にしときゃよかったと今後悔してる」
「ハハッ…天使が皆、馬鹿みてぇに清楚で無垢とは限らねぇ。綺麗ごとを並べるだけ擦れてる…ミイラの俺はそう言ったぜ?」

ユースタス屋は羽を広げたまま、真白なテーブルクロスの敷かれたテーブルへと行儀悪くも腰を降ろした。
行儀や作法に関して俺自身咎める立場には到底立てないのでそれについては触れずに、いつの間にか傍らに移動していた台車に乗るクロッシュを開けた。

「へぇ…?」
「童話のような天使を期待していたが飛んだ期待外れだった…天使のユースタス屋」
「だが、悪くねぇだろ…?」

唇を吊り上げて笑った天使が差し出した皿から一つ摘み、サクリと微かな音を立てる。
ふわりと焼上げたメレンゲ菓子のマカロンは"天使"に合うと思ったのだが…

「…似合わねぇか?」
「思いの他、ギャップを誘う…やっぱり天使にはそれ合ってたな。美味いだろう?力作だ」
「悪かねぇよ」

一口でいけなくもない大きさの菓子を勿体ぶるように食べる羽を広げた天使の姿も、その髪や眼が燃えるように赤くとも中々、どうして可愛らしい。

「フフ…小さな天使なら菓子で釣れるんじゃねェかと期待してたんだが…この天使は現ナマ積んでもどうだかわからねぇなァ」
「天使ってのは雇われだ。美味しい話がありゃどんな理由を付けてでも正当化させるのが生業だぜ?」
「へぇ…なら、物で釣れるってことか」
「俺らに比べたら悪魔の方がよっぽど誠実で親身だ。あいつらは自分がより美味しい思いをする為には努力も無駄も時間も自身さえ惜しまねェからな」

バサリと羽ばたかせた羽根を畳みユースタス屋自身も俺も覆い隠された。
向かい合って近い距離。

「悪魔に憧れてるような口振りだな…ユースタス屋」
「そうだな…"ユースタス"の内、俺だけが自由にならねぇ部分だ」
「フフ…だからって、てめぇを嫌っても仕方ねぇだろユースタス屋」

少しだけ丸まった背を抱き締めて羽根の生える付根に指を這わせた。
ひくりと揺れる肩と俺にすがりつく事ない腕が固く拳を握る。

「嫌うな…そんなユースタス屋も」
「…トラファルガー」
「望むなら、いくらでも」
「時間だ」

はらはらと音もなく舞う羽根が静かに落ちる。

「愛してるから汚してやるよ」






メレンゲみたいだ…。

喧しい程に耳元で鳴る携帯のアラームに夢から引き戻される。

「…メレンゲ…?」

夢から覚める間際に何故だかメレンゲのようだと思った感触はなんだったのだろうか。
そもそもなんでメレンゲが夢に…
昨日試しに作った菓子の所為か?

「ま、好きだけどな…メレンゲ。ユースタス屋はメレンゲとか知ってそうじゃねぇけど」

あいつがマカロンとか食ってるとこ想像つかねぇなァ…




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4話第4夜



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