「これしか浮かばなかった」

シネマツルギー朗々と語る



ふと、首筋に触れてみた。

「キッド…」

前の晩、霞む意識の中に確実な痛みがあった筈なのにそこには期待したような痕はなかった。

今日も薄暗い洋館に踏み入れてカンテラの案内に従い回廊を歩く。
キッド…バンパイアのユースタス屋が言うには今日はミイラ男のユースタス屋らしいが…いったいどんな姿をしているんだろうか。
考えている内に目的の場所に着いたらしくカンテラがぴたりと止まる。

「ありがとうな」

お礼を言ってみるとぐるぐると俺の周りを2周してふつりと灯を落した。

「……ピアチェーレ」
「はじめまして、ミイラ男のユースタス屋」
「カンテラも居てよかったのにな」
「どこいったんだ?あれ」
「壁に戻った。嬉しがってたぜ…お礼言われたこと」

アンティークな高さの低い2、3人座れるようなソファーにミイラ男のユースタス屋は座っていた。
左の顔半分に銀を薄く叩いて作ったような仮面をかぶせそれを押さえるように目と鼻と口を塞がないようにしながら巻かれた包帯。エンジ色の丈の長いYシャツから覗く腕や手足も隙間無く包帯が巻かれていた。

「想像してた俺よりも醜いか?」
「いや…思ったよりも扇情的だ」
「ハハッ…狼たちが言うように、やっぱりテメェは変態だ」

そう笑うユースタス屋は俺が良く知るユースタス屋よりも雰囲気が穏やかだ。狼は世話焼き、ヴァンパイアは見た目通りに子供で…きっとそれぞれに振り分けられた性格があるんだろう。

「出来ることならその包帯をゆっくりはぎ取ってやりてぇな」
「ふ、構わねぇが…巻き直すのが大変だな…それに、この包帯の下を見てテメェが萎えちまっても俺は責任とれねェ」
「…どうなってるか、聞いてもいいか?」
「俺はミイラだからな…木屑みてェな、ぼろい身体だ。顔半分この面の下は抉れてる」
「…手荒にしたら壊しちまいそうだな…触れても良い場所は?」
「物好きだなお前」
「フフ…俺はユースタス屋が好きなだけさ」

仮面と包帯の所為か表情の乏しいユースタス屋が目を細めて左手をこちらに伸ばした。掌を上に差し出された手に自分の手を重ねる。

「この手と、右の顔と、軽く抱き締めるくらいなら触っても平気だ」
「強く抱き締めたらどうなる?」
「……多分、どっかがもげるか折れる」
「そりゃ、大変だな…」

腰を屈め慎重にでもしっかりとユースタス屋の身体を抱き締めるとふ、とユースタス屋が笑った気がした。




「ミイラって聞いたらこれしか浮かばなかった」

軽くて薄い身体を腕の中から開放したあと、ユースタス屋は「俺には何を食わせてくれる?」と首を傾げた。
今夜もいつの間にか用意してあった台車を呼びクロッシュを開ける。
そのままのイメージすぎるが作ったのはロールケーキ。
直径6cm程、紅茶とバニラとストロベリーの3種類を切り分けて皿に乗せローテーブルではなくユースタス屋の膝の上に乗せた。

「立ってねェでお前も座れ」

隣りを勧められ俺はそこに腰を降ろした。それを見届けてからユースタス屋がバニラのロールケーキを摘み一口食べる。
俺の願望がそう見させているだけだろうけど、何となくユースタス屋の右の口許が緩んだ気がした。

「美味い」
「そりゃよかった…」

それきり、もくもくと言葉なく食べるユースタス屋を静かに見守る。
ヴァンパイアのユースタス屋が言った通りに必要以上には喋らないらしい。
こちらから喋りかける分には答えてくれるだろうかと試しに話し掛けてみた。

「ヴァンパイアと仲良かったりするのか?」
「?」
「あぁ、えと…ミイラ男のユースタス屋は優しいって言ってたから」
「優しいつもりはねェけど…仲は良いのかもわからねぇけど、良く一緒には居る。身体がもげた時は頼ったり」
「…よく、もげるのか?」
「おう。足とか指とかよく無くすけど次の晩には戻るから別に」
「そんなもんか」

なんとも軽い調子で言われてしまい、このユースタス屋にとっては身体が壊れるなど茶飯事的で狼やヴァンパイアは宝探しをするようにパーツを拾ってくるんだと言う。
中にはわざと身体をもいで行く奴もいるそうで…

「いつかの晩には逢える。アイツはお前と逢うのを楽しみにしてるしな」
「アイツ、ね…それもユースタス屋なんだろ?」
「あぁ。でも…ちょっとちげぇな」
「…女?」
「残念だな…女の俺もいるが、今回は逢えねぇ。夢で探せば多分いつかは逢える」
「あと俺は何人の、どんなユースタス屋に出合う?」
「さぁな…だが、最後はお前が…」

ぼたり、とユースタス屋の左手首が取れた。

「"喋るな"だと」
「お前手首が…は?」
「時間だ…」
「な、…」

手首から先のない腕からパラリと緩んだ包帯が解けた。
スルリと布の擦れる音がしたと思えば首に絡まる何か。
視線で辿ればユースタス屋の左腕と繋がる包帯が俺の首から伸びていた。

「俺のことはいい」
「ユースタス屋…」
「アイツに逢ったら、」

ぼろりとユースタス屋の左腕の方が磨かれた石の床に落ち乾いた土のように砕け散る。

「ッ…!ユースタス屋っ」
「大丈夫だ…アイツに逢ったら、手枷は出来るだけ外すな」
「……」
「次の晩もカンテラが待ってる。次は天使だが…期待し過ぎるとがっかりするぜ」

しゅるりしゅるり…
遠のくユースタス屋の声に反して布の擦れる音は止むことはなく、そのうちに視界を白く覆った。







「…ん?」

唇が擽ったいような気がして指先で擦った。
鼻先まで被っていた毛布でも触れたのだろうか。

「……」

寝起きの良い方ではないが、今日は一段気が乗らない。
最近、味見がてらに甘い物を取り過ぎたのか胸焼けのような何かつっかえているような気もする。
既にアラームは鳴り終えて20分以上過ぎていた。

「いつの間に止めたんだろうな…」

そんな不思議な朝だった。






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3話第3夜


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