「その姿は予想外だった…」


オペラセリアは夢を唱え



鬱蒼とした森を抜けたところにある洋館。
…きっとこれはまた夢の中の出来事だ。
そう思うことにして、中へ足を進めた。
壁にかかっていたカンテラがふわりと浮きほの暗い回廊の先へと導く。2度目にもなると驚きもしなかった。
「おそい。」
思ったよりも高く、舌足らずに聞こえる声が少し奥の方から届いた。ほんの一瞬の瞬きのうちにほわりと温い風が頬を撫でたかと思うと目の前にテーブルセットと1人の…

「子供?」

生意気な目付きをした、見慣れた赤色の髪と瞳を持つ子供が退屈そうに座っていた。
床にはどう頑張っても届かない足を組みぷらぷらと揺らしている。

「ピアチェーレ」
「はじめまして…狼のユースタス屋が言ってたヴァンパイアのユースタス屋?」
「…オオカミのおれはせわやきだ」

見た目の子供らしからぬ大人振ったアンニュイな表情と溜め息を一つ。
少しふっくらとした頬が愛くるしいがヒトを射抜くような目付きと喋る度に唇の隙間から覗き伺える尖った犬歯が危なっかしい。

「狼のユースタス屋とは仲がいいのか?」
「言っただろ?オオカミのおれはせわやきだからこっちが仲が良いつもりでなくともカンケイないんだ、そんなこと。おこるとコワいからおれはアイツをおこらせたりはしねェ。…けど、おこらせてあそぶヤツらはいる」
「そうなのか?」
「きっと、いつかの晩には会う」
「そりゃあ楽しみだな」
「せいぜいアイツらにからかわれて泣けばいい」
「フフ…ヴァンパイアのユースタス屋は泣かされたことがあるんだな?」
「…ずっと前のことだ…」

ムッと顔をしかめ自身の黒く染めた小さな爪を弄る。
その様子にうっかり笑ってしまったものだからテーブルに並べられていたフォークが左目を目掛けて飛んできた。

「ッ…」
「おれは、アイツとちがうからヒトの肉はくわないがテメェが死ぬまで、血をのんでやることはできるんだぜ」

刺さる寸前でぴたりと止まったフォークがくるりくるりとゆっくり時計回りに回る。

「ユースタス屋に飲んでもらえるなら本望だな」
「ガキでもテメェくらいころせるんだ」
「からかっちゃいねぇさ。俺の血を飲んでくれるんだろう?…やっぱ首に噛み付くのか?」
「……うれしそうな顔…」
「ふふ、その小せぇ口に吸い付かれるのかと思うと嬉しいに決まってる」
「アイツくらい、お前はヘンタイだ」
「イタタタ!」

目の前で浮かんでいたフォークが再びこちらに向き頬にぐりぐりと突き刺さった。

「それより、オオカミはケーキ食ったって言ってた」
「いってェ…あぁ、狼に食われたのはシフォンケーキだ」
「今日は?」
「狼のユースタス屋から次に逢うのはヴァンパイアだってこと聞いて用意したんだが…」

悪戯に動くフォークを捕まえながら椅子に座るユースタス屋を見下ろす。歳は見るに7、8歳。
小さな子供扱いしては機嫌を損ねるだろうが用意した物を与えるには少し、抵抗と言うか心配事があった。
無意識に眉間に皺が寄っていたらしく不思議そうに見上げてくる、俺の知る彼に良く似た幼いヴァンパイアの少年の前に膝をついて視線を合せた。

「ヴァンパイアも狼くらいの歳だと思ってたから…もしかしたら口に合わねぇかも」
「何だって食える」
「そうか…じゃあ、どうぞ」

テーブルクロスのかかった台車がキュルキュルとタイヤの音をさせながら独りでに暗がりから現われる。
とても不思議な夢の中。
用意した覚えもないクロッシュを開ければ俺が作って冷蔵庫に入れていた筈のゼリーが俺が考えていたように盛り付けられていた。

「アルコールは殆どとんでると思うんだが、少しは楽しんで貰おうと思って…」

ワイングラスに注いだワインのクラッシュゼリー。
ヴァンパイアと言えは血を吸う生き物だ。視覚的にもそれと見合うものを、吸い付きたくなるような芳醇な香りを、それから勝手な妄想で申し訳ないが妖艶で高貴なイメージを…そう思い用意したゼリーだが、果たして彼の口に合うのだろうか。

「…いいにおいだ」

グラスに手を添えスプーンを握る瞳はキラキラと輝いた。きっと、大人びたスイーツに胸を踊らせているに違いない。
シルバーのスプーンは少し固いクラッシュゼリーを掬い上げ小さな口に運ぶ。

「…ん、あまい…っ」
「美味しいか?」
「おいしい!」

綻んだ口許に犬歯が姿を現すがもくもくと、行儀よくゼリーを頬張るのを見ると可愛いの一言に尽きる。
自分の勝手に抱いた妄想ではあったが、しかし幼ながらに彼は妖艶でいて高貴だ…それは、こちらが変な気を起こしそうな程に。
それに何か…甘い、花のようなほのかな匂いが鼻を擽るような気もする…

「キッド、って呼んでもいいか?」
「ん、いいぜ」

小さな彼をファミリーネームで呼ぶには何故か惜しい気がして、ダメ元で訊いてはみたがあっさりと下される承諾に存外嬉しがる俺がいる。
微かなアルコールがそうさせてきるのだろう、赤く色の付いた頬を撫でてみたいとも思った。

「キッド、もう一つ違う楽しみ方があるんだが…試すか?」
「どんな?」
「これに、特別なジュースを入れる」
「いれろっ」

ずいと差し出されるグラスを受け取り、瓶の中身をグラスに残るゼリーが浸るほど注ぎレモンの果汁を落す。
実の所、ただのソーダ水なのだが…特別と謳った方がやはり彼には魅力的だったらしい。
本当はシャンパンのつもりだったが多分、それでは小さな彼は目を回すだろうから。

「これもうまいっ」

微かな発泡と甘みが増してより食べやすくなったからか随分気に入った様子。

「きれい…おいしい」
「気に入ってもらえてよかった」
「また食べたい」
「そんなの、いつだって…」
「でも、つぎは…ミイラ男のおれのばんだ…」

ほわりと鼻先をくすぐっていた甘い花のような香りがむっと濃く強くなった

「…キッド…」
「ミイラ男のおれはやさしい。でも…あんましゃべらねェ」
「っ…は…」

むせ返るような匂いに身体が重くなりキッドの座るアンティークの椅子に寄り添うように膝を付く。
キッドの小さな手が頬に触れた。

「…ロー」
「ん、ぐ…」

クラッシュゼリーが微発泡のソーダ水と共にざらりと口腔に流れ込み溢れる。

「…の、……は、…れを、……べ」
「ッ、…ふ」

小さな舌が大胆にも俺の唇を這い小さな唇が溢れたゼリーやソーダ水を吸い取り、塞ぐ。
縦に開く瞳孔が赤く光を帯び、赤く色々なモノで濡れた口が大きく開いた。

「イッ――





「ッ……!!」

バチリと勢い良く目が開く。
チチチ、と肌寒い程の爽やかな早朝に小鳥の声。
目覚めのよ過ぎた今朝…何故か左手が右の首筋を押さえるように掴んでいた。

「なんだ…うわっ、汚ぇ…」

顎を伝うひやりと冷たい涎をゴシゴシと袖口で拭いながら身体を起こす。

「…なんか、すげぇ元気だな…俺」

凡そ今朝の肌寒さだけでは言い訳の付かない程に朝の生理現象が起きている。
正に起っきしている…。
普段なら洗面を済せる頃には治まるのだが、どうにもこれは

「チッ…良い夢でも見てたのか?…ちっとも覚えちゃいねェぞ」


惜しいところだった気がする。
夢の続きは、またいつか…と





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1話第2夜


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