「この不景気に値上がり…非難の目、まるで犯罪者扱いだぜ」
「ますます居場所がなくなる訳だ」
「なんとも世知辛ェ…」
「頑張る大人をもっと大事にして欲しいもんだなァ」

ぷかり…嘆きの呟きと共に立ち上ぼる紫煙が高くない天井に行き場を失った。



この度の煙草の値上がりに嘆くのは生産者とコンビニと喫煙者と…
値上がりを前に大量購入する者も居ればこれを機会に禁煙しようって者もいる。
ストックがあるからと調子に乗って消費量が増えた結果肺癌を早々と誘発させて死ぬか、禁煙して食い気に走りメタボか糖尿を患ってえっちらおっちら病院に掛かり余生を過ごすかは各々の自由だ。

そう、仕事疲れで動きの鈍い脳内で皮肉語りを楽しみながらユースタスは会社内の唯一の憩いの場へと足を伸ばした。
三ヵ所あった喫煙ルームはいつの間にかこの一ヵ所になり、入社当時はまだ人の出入りが多かった筈だがその気配すらなく。
二ヵ所を潰す代わりに程度の良い空気清浄機完備で清掃もちゃんと入るなかなかにして、気持ち良く煙草を吸えるこの部屋にポツンと1人。
煙草のフィルターを咥え電子ライターをパチリと鳴らす。
「………」

そのライターは細身でピンク色をしていた。
あぁ、確か合コンで…もう顔も覚えてねぇな…でも確か前髪だけ異様にキューティクルってた子に貰ったような覚えが。
と、どうでも良い事を思いだしながらコンビニ等で煙草買うとついてくるコラボ商品のライターを興味もない、ただ火さえ付けば良いとそんな目で眺めてからスラックスのポケットに、入れるつもりだった。
カシャン、と上手い具合に頭から落下するライター。

「…あーあぁ…」

1人の時程ふとした言葉は出るもので、ユースタスは気のない独り言を呟きながら面倒くさそうに屈み落ちたライターを拾いあげた。
蓋とスイッチが一体感したような頭が微妙にずれている。
…チ、カキ、パチッ、パチッ、パチン。

「あ。」

火の付きを確かめていると無情にもスイッチ部分がもげた。

「……ふー」

捨てるか。と諦め早く、フィルターを叩いて煙草の灰を落す。

「お疲れ」
「おう」

足音と共に声。ユースタスは入口を見ながら社交辞令の挨拶を投げ掛ける。
挨拶を受けとったのはこの喫煙室の数少ない常連の1人、トラファルガーだった。

「淋しいな…ユースタス屋だけか」
「あいつは出張。嘆いてたぜ」
「ふふ…そりゃ嘆くだろうなァ。新婚さんは羨ましい限りだ」
「煙草止めっちまうだろうな子供できたら」
「あぁ、うちの課のも今日から禁煙するんだっつってな…あ、ユースタス屋火ィ貸して」
「ほーん。…悪ィな…俺もねぇんだ」

煙草を咥えポケットを探っていたトラファルガーだがライターを忘れたようで頼みの綱のユースタスを見るが差し出されたのは使い用のないガラクタだった。

「チッ…吸えねェとなると無性に吸いてぇんだよな…」
「わかるわかる。あ、これで付かねぇか?」
「あ?…あぁ…なるほど。俺、学生ん時良くやったなァ…」
「妙な憧れあったよな…」

お互いに煙草を咥え額がぶつかりそうな程に顔を突き合わせ煙草の先を重ねる。
暫くのうちのトラファルガーの煙草の先に火が移る。
胸深くに濁った煙を吸い込み溜め息と共に吐き出した。

「フゥ…こう、溜め息に色が着くとよぉ…感慨深いよなァ」
「あぁ。そーだな…」

暫くボーッと紫煙を昇らせながら、ふとユースタスが口を開く。

「止めた方か利口だと思うか?」
「煙草?…どーだろうなァ…」
「お前、奥さんに止めろだの言われねぇか?子供出来たらとか考えてねぇの」
「奥さんねぇ、久しく会ってねーなァ…」
「…察してやるよ」
「フフ…。しかし俺にはユースタス屋がいるから淋しくねぇのさ」
「ハッ。ありがてぇお言葉」
「俺のことどう思う?」
「…そうだな離婚届出したら好きになるかもしれないぜ?」

互いに茶化すような緩い笑みを浮かべユースタスは短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
トラファルガーは銜え煙草で思案しつつポツリと呟く。

「会社で離婚届プリントアウトしたら不味いと思うか?」
「…さぁな…お先」
「んー」

眉間に皺を刻むトラファルガーに笑いながらユースタスは自分のデスクへと戻っていった。


それから数時間、終業時間になるが今日も残業である。ユースタスは首の骨を鳴しながら一度休憩しようかと思っていると隣りに誰かが立った。
バサリと紙が翻る音にデスクの上を見ると、離婚届の文字。

「今、暇だろ?」
「煙草吸いてぇ」
「まぁ、その前にここに署名してくれ」
「…あ…ライターねぇんだった」
「これやるよ。昼はデスクに置きっ放しだった」

とんとん、とトラファルガーの指先が証人欄を叩く。
ユースタスは浅い溜め息を吐きカリカリとペンを走らせた。




社内唯一の憩いの場。喫煙ルームにやってきたトラファルガーは、ふと目をやった所にある空気清浄機が赤いランプを点滅させているのを見て、取り敢えず煙草に火を付けた。
ふー、と清浄機に向かい煙を吐いてみても赤いランプの点滅がどうなる訳もなかったが。

「お疲れー…、なんか臭いが籠ってねぇか?」
「赤色燈の点滅を見てお前何を連想する?」
「…危険信号?」
「ふふ…全く世知辛ェよな…」

後からやってきたユースタスはトラファルガーの指差す方を見てから、やはり同じように煙草を吸いはじめる。
もはや現実逃避に近かった。

「お前、根性焼きとかやった?」
「あー…、高校の頃の若かりし過ちはもう時効だよな?」
「…お前」
「眉間にやったのは流石に悪かったなぁって、反省してる」
「……ユースタス屋ァ」

終わる会話と静まる室内に、普段なら聞こえる清浄機の音もなく。
どちらともなく溜め息を吐いた。

「社内全面禁煙とかになったら、淋しいよな」
「考えたくねぇなァ…」
「あ、そうだユースタス屋…これ、書いて」
「あぁ?……お前の証人…正気か?」
「フフ…円満離婚だからな。離婚届書いて貰う序でに頼んだら快く書いてくれたぜ?あいつが再婚するって時は俺も喜んで証人になってやるつもりだ」
「これ、どこの役場に持ってくつもりだよ」
「何処だっていい…書くことにしか、意味はねぇのさ」
「違いねぇ…証人、誰に頼むかな…」

いつかのように緩い笑みを浮かべ2人とも煙草を灰皿へと押し付ける。
相変わらず赤いランプは点滅を続け清浄機は稼動しなかった。



「ゆっくり煙草吸えるとこ、無くなりそうだな…」
「ここが無くなっても…もう構わねぇよ」

二本目の煙草を吸う前に…



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頑張る30代に萌える


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