キスをした。呼び慣れない呼ばれ慣れない名前を口にし合ってから、柄にもなくほっぺた赤くしてユースタス屋のキュッと引き結んだ唇に自分の唇を押しつけた。
緊張にほてってじわりと滲む汗が屋上に吹く冷たい風で冷やされる。
合わさった唇を離して、そっと目を開けるとユースタス屋の伏目がちな目元が見えた。あぁ、本当に柄にもない。ほっぺたが熱い…

「さみぃな…今日」

誤魔化したくて、すん、と鼻をすすって袖口で隠した口許がどうしてもニヤける。

「そーだな…」

ユースタス屋の同意するような呟きは耳の側に自分の心臓があるんじゃねーかってくらいドクドク煩いそれと重なって少しだけ聞き取り辛かった…。

そうして、お付き合いに至った俺たちは目が合えばはにかみ合い手が触れ合えばドキドキして、数日の後にいつもの帰り道を少し外れて遠回りしながら人気のない道で手を繋いだ。息も白く色の付く寒い夕暮れに、俺の掌もユースタス屋の掌も汗ばんでそれでもしっかり繋いだ手を離したいとは思えずに…。




今日も手を繋いで帰る道。相変わらず俺たちはジャンケンをして、俺たちが毎月購入してる雑誌を負けたユースタス屋が買って、勝った俺が先に読む権利を獲得した。
最近では手を繋ぐのにも慣れたし、互いに手を引っ張ってヨロけたりなんてふざける余裕もある。

「今度のさ」
「ん…」
「土曜…って、第2土曜日だろ」
「あー。そーか…」
「どう、する?」

ユースタス屋の両親は毎月第2土曜日は決まって家を空ける。だから俺がユースタス屋の家に泊まったりユースタス屋が俺の家に泊まったりして過ごすのがいつの間にか当たり前みたいになってた。
別に第2土曜だけじゃなく休日でも平日でも平気で泊まり込んだりしてたから特別って訳じゃない。
ただ、俺たちが付き合ってからは何となく…互いの家へは行ってなかった。

「…来れば、…家」
「じゃあ俺…カレー食いたいっておばさんに言っといて。ユースタス屋ん家のカレー好き」
「覚えてたらな」
「そのくらい覚えてろよ」

ぷはっ、なんて吹き出して、笑いながら「じゃ、また明日な」と手を離す。
それぞれ歩き出した俺たちの頭の中は週末のことでいっぱいだった。




昼過ぎに新、旧作のDVDを一枚ずつレンタルして、目に付いた中古ゲームをついでとばかりに購入して向かったのは行き慣れたユースタス屋の家。
出掛けのユースタス屋の父母に軽く手を振って、鍵の開けっ放しにされた玄関の扉を開けた。

「ユースタス屋ぁ」
「おーっ、鍵閉めて来て」

ユースタス屋に言われる前に鍵を閉めて勝手に上がり込む。
声のしたリビンクへと行くとユースタス屋はカーペットの上にひっくり返って漫画を読んでいた。

「おばさん達今出てったな」
「あぁ。昼食って行ったから」
「ふーん…なぁ、暖房効き過ぎじゃねェ?暑ぃ」

暖房はガンガンでカーペットは中温、そして毛布を被るユースタス屋はおまけに温そうなカーディガン着てるし…俺に言わせれば寒がり過ぎる。
厚手の上着を脱ぎシャツ一枚になると少しましになった。

「テメェまたスプラッタ系借りて来やがったな…」
「新作はラブロマンスだから良いじゃねェか。俺だって1人でそれ一本借りるのは流石に勇気がいるぞ」

俺の手から手土産諸共を取り中身を確認したユースタス屋はあからさまに顔をしかめるが、コンビニ袋の中身と中古ゲームにさっそく気を引かれたようだ。

「アクションゲーか」
「後でやろうぜ。DVDから見んぞ」
「そっちからかよ…」
「お前、死体見ながらプリン食えんのか?」

ユースタス屋がDVD観ながらプリンを食う気でいるから、気を利かせて先にラブロマンスの方をチョイスしたって言うのに。

「あー、んじゃそっちからでいい」
「プリンを後で食うって選択はねェんだな」

笑いながらDVDをセットしているとユースタス屋がキッチンの方へ暫く引っ込んだ。
メニュー画面が映る頃に戻って来たその両手に一つずつのマグカップ。
ソファのクッションを全部カーペットに下ろして電気を消せば鑑賞会の用意は調って。

「寝そー…あ、一口くれよ」
「下に零すんじゃねーぞ」

静かに始まる映画を肩を寄せて観る。
お決まりなストーリーは切なくて甘くて、食べ終えたプリンより冷めつつあるユースタス屋の入れた甘めのココアより、甘くて甘くて。
少し前なら下らないと思ってたロマンスに少しだけ心がときめいて、くすぐったいラブシーンから目を逸らし俺たちはキスをした。



「…!…、…!」
「………」

ラブシーンの多かったように思えるロマンス映画の甘い余韻にそわそわと踊る気持ち。
それはどちらともなく持ち合わせていたがキス以上には踏切れず、浮き足だったテンションでもう一枚のDVDを観る。パッケージと粗筋で決めたモノだったがどうせB級スプラッタ。クオリティの低さに笑いが零れる程だろうと決め付けたのが間違いだった。
程度の低いスプラッタ映画に有りがちのエロシーンが必要以上に満載で、キャンキャンした声の高い白人女優の迫真とも呼べる…大袈裟な演技。
血だらけの女は狂った悲鳴を上げ逃惑うが追い込まれればか細い懇願を漏らし嫌だ嫌だと呟く。暗転、引き裂く音。

甘い雰囲気は何処へ。
多分、そんなもんは冒頭のレ○プシーンで消し飛んではいたんだろうけど…
後悔も虚しく、年頃の俺たちはエログロ多発のそれを最後まで観たのだった。
ユースタス屋は各所にある絶叫シーンや脅かしだけに特化したシーンに漏れなくびくつきながら。

「…最悪」
「…最悪」

その一言に尽きる後味の悪い映画だった。

「悪かった…狙って借りて来たわけじゃねーから」
「…いい、もう…ゲームやろうぜ」

甘い、雰囲気は何処へ……




気分を換えようと始めた中古ゲームは小説やテレビアニメにもなったシリーズの2作目だった。

「デビル…悪魔も、泣く、かもしれない?」
「悪魔も泣き出す、とか…そんな感じだろうな」

タイトルを訳しながらジャンケンをして勝ったユースタス屋が先にコントローラーを握る。スタイリッシュアクションゲームと言うだけあってなるほど…キャラクターの台詞を含め一々格好いい。
ミッションクリア毎に交代してコントローラーを握っていたがユースタス屋の操作を見てる方が楽しく俺はクッションに寝そべり画面を眺めた。

「…、わり…ユースタス屋…俺寝て…」

カーペットの温さと部屋の暗さの所為でいつの間にか眠ってた。もそりと起き上がるとユースタス屋が掛けてくれたんだろう毛布がずれる。ふと隣りを見るとユースタス屋もクッションに顔を埋めて寝息をたてて。
テレビはゲームのセーブ画面を映して短いBGMを延々繰り返していた。
ユースタスの寝顔が光に輪郭を浮き上がらせ、そして落ちる影。スヤスヤと健やかな寝息…ユースタス屋の寝顔なんて何度も見てるのに、何度だって惹かれるんだ。
そ、と傍らに手を付いてゆっくりと顔を寄せる。静かに起さないように息を殺して…

「…、……っ」

ふと、微かに目を開けたユースタス屋が2度瞬きをして目を見開いた。今にも重なりそうだった唇はユースタス屋が俺の肩を押し返したことで呆気なく離れる。

「…び、びっくりすんだろ…てめぇ」
「…ふふ。悪ィ悪ィ…」

微かに頬を赤くして身体を起こしたユースタス屋は俺に背を向けながら携帯を開いた。

「8時じゃねーか…お前飯は?」
「食う。勿論カレーなんだろうなァ?」
「さぁな…ゲーム、頼んだぜ」

点けた電気に目を眩ませながらゲーム機を片付けているとリビンクまで漂ってくる匂い。ユースタス屋がカレー鍋を温めてるんだろう…

「飯だけは沢山炊いたから好きなだけ食ってけってよ」
「なぁ、毎回思うんだがなんでおばさんは俺にんな食わせようとするんだ?欠食児童か、俺は」
「見た目ひょろいからじゃねーの?」
「失礼だな…」


ダイニングテーブルに並んだサラダとカレー。ユースタス屋の母親が作るカレーはとにかく具沢山で肉も野菜もごろごろ入ってる。俺の好みよりは少し辛いがそれでも美味い。
俺もユースタス屋も2杯ずつ食って残りは夜食か明日の朝飯かになるだろう。カレーは鍋いっぱいを食い終わるまでがカレーの日だからな。
飯を食い終わってユースタス屋の母親から躾られている俺たちは使った食器を洗い、交代で風呂に入った。ユースタス屋は長湯だからいつも俺が先。

「さむっ…もっと暖房効かせろよ」
「アイス食いながら何言ってんだ…」

ユースタス屋の部屋でゲームをしながら風呂上がりを待っているとアイス片手に部屋に戻るユースタス屋。少し呆れながら差し出されたアイスを食べる。曰く温かい部屋で冷たいもんを食うのが乙だとかなんだとか。

「しかしユースタス屋…お前よくあの時間であそこまで進んだな。俺さっきから死にまくって全然進まねぇ」

ミッション毎に分けられたセーブデータを開き、ユースタス屋の一度クリアしたミッションを試しにプレイしてみたが、既に3回、変形する黒い何かに殺されている。

「あぁ?そいつは…」
「もーやめだ。俺には合わねぇ」
「諦めんの早ぇよ」

笑いながらユースタス屋が隣りに座りコントローラーを握る。俺が風呂に入ってる間に床に敷かれた布団の上。客用の布団だがもう俺用と言っても過言ではない程世話になった布団は良く干されていてふかふかだ。

「おい、ユースタス屋っ溶けてる溶けてる!」
「んぁ?…むおっ…!?」

アイス咥えながらアクションゲームなんてしてるから食うのが疎かになり今にも溶け落ちそうなアイス。慌て上を向くユースタス屋の口端につーっと垂れる…

「んっ!…ふ…っ」

咄嗟に顎まで垂れたそれをべろりと舐め、コントローラーをしっかり両手で握るユースタス屋の代わりにアイスの棒を持ち口から出してやるとぽかんと俺を見る瞳。人知れず、断末魔を上げる何でも屋を営む主人公の悪魔。

「…」
「…」

チョコレートに塗れた唇をペロリと舌先で舐めるとポフッと微かな音をたててユースタス屋の手からコントローラーが落ちた。

「…アイス、」
「諦めろ…キスがしたい」

風呂上がりに飲み終えたコップに溶けかけのアイスを突っ込んでユースタス屋にのしかかる。

「待てっ…ジャンケン!」
「はぁ…?」
「てめぇの好き勝手にはさせねぇっ」
「…チッ」


あのラブロマンスの映画のように、押し倒したユースタス屋から俺の首に手を回してくれるなんて甘い考えは通じなくて、あまつさえ俺を押し退けようと足掻く。

「ユースタス屋…好きだ」
「っ、今、言ったって俺はっ」
「好き、好きだ…ユースタス屋…俺は、あの日凄く嬉しくて」
「〜…!だから今言うことじゃねぇだろっ」


俺には宝物がある。
それは、間違って捨てそうになった程に色気もなかったが、紛れもなくユースタス屋からのラブレター。
臆病で狡い俺は自分から先に伝えるなんて事はできなかったけど

「絆されてくんねぇか…ユースタス屋」
「…、テメェ…ずりぃ」


此から先、ジャンケンは負けてやるから今は勝たせてくれよ。



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レーゼドラマは羞恥で輝く続編。
付き合い始めで友達と恋人の間をまだふわふわ漂ってるような状態の2人をお届しました。



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あっち様リクエストありがとうございました!


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