生きてきたうちの約半分の歳月。そう考えると大分損した気分だ。




「っ…!も、できねェ…!」
「はぁっ…は…ユースタス屋…」
「ぁ、あう、はぁっはぁ!あ、ぁあ…!」

もうすぐ俺の歳は33になる。
10年前は30越えの中年ったらもう、枯れ果てたオヤジなんだろうなんて馬鹿にしてたが自分の感覚では10年前と何も変った気がしなかった。
それどころか、収まる所を知らねぇなんて…笑える。

「…は…はー…はぁ……に、わらってんだ」
「ふ…いや、なんでもねぇよ…」

乱れたシーツの上で弾む息を整えながらポソポソとお互いに届くだけの声量で話した。
別に壁が薄い訳でも聞かせたくない人がいるわけでもないが心地の良い疲労に自然と声が細くなる。
俯せているユースタス屋に被さり肩や首筋、こめかみに頬…そして鼻先を擦り合わせて唇にキスをした。
俺の唇が身体や顔に触れる度にぴくりと身体を跳ねさせて、目が合わないように泳がせて、それから固く閉ざす瞼。
瞼にキスを落すと途端に困ったように泣きだしそうに顔を歪めながら、それでも拒絶を現さないユースタス屋に俺は嬉しくも苦しくもある。

「お、い…くるしい…」

ギュ、と腕の中にユースタス屋を閉じ込めるように抱き締める。
俺はもう2度と離してやるつもりはない。


◇◇◇

ユースタス屋は俺の目をなかなか見ない。半ば無理言ってこうして一緒に暮らすようになって一月が過ぎるが会話もまだぎこちなく、不意に触れようもんなら身体を強張らせる。
それでも手に触れれば微かに握り返す指先、キスをすれば逃げずにされるまま…身体を繋げるのにも抵抗すら見せなかった。
ユースタス屋は我慢してるんだろう。次の日が仕事でもヤりたがる俺を受け入れて本当にキツくなるまで耐えるし、
…きっと、俺に抗うことを躊躇ってる。

「…トラファルガー?」

ユースタス屋の少し遠慮を含む声が聞こえた。
考え事をしていただけだが、ソファに寝転び目を閉じている俺を見て寝てると思ったみたいだ。
湯上りの匂いがして、ユースタス屋が思ったよりも近くにいる事がわかる。
つう、と眉間に触れるのはユースタス屋の指だろう。自分でも知らねぇ内に皺でも寄せてたんだろうと思うと苦笑しそうになった。

「くすぐってーよ…ユースタス屋」
「っ!お前っ起きて…ッ」
「誰も寝てるなんて言ってねェだろ?」

目を閉じたまま声を掛けるとユースタス屋は驚き手を引こうとする。
その手を掴み指先にキスをするとユースタス屋が息を飲んだ。

「っ…」
「なぁ、…俺が触るの嫌?」
「あ…?」
「手ェ繋いでも抱き締めても…お前ビクついてばっかだろ」
「ち、が…!」

捉えていた手がギュッと握り返される。まるですがりつくようだと…そう思えたのは俺の勘違いなんだろうか。

「お前と…埋め合わせてぇのは身体だけじゃねェんだよ…ユースタス屋……」

ヤケに泣きたくなるのは年を取ったからなのか。抱きたいと思ってばかりだったユースタス屋の身体を…今では抱く度に、遠くなる気がして。

「ッ…トラファルガー」
「……」
「目、開けんなよ…」

開けたくとも、今開けたら確実に涙が零れそうで無理だった。そう何度も泣き顔なんて晒したくもない…格好悪い

「……。お前は…俺のことなんて、とっくに忘れてんだろうって思ってた」
「馬鹿言うな…忘れたことなんてなかった。女抱いても、お前の顔ばっかチラ付いて…お陰でガキもできなかった」
「ぅ…っ…もうテメェは喋んな!」

繋ぎっぱなしの手をユースタス屋が振り回してついつい目を開けそうになった。開けるなよ!と再び言われてはいはい、なんて返事をした。
デジャヴ…なんて思ったのはきっと昔に同じようなことをしたからだろう。
ユースタス屋は昔から俺の目見て話すのが苦手だったから。

「俺は…まだ、お前に慣れねェ…つーか、信じられねぇ」
「…」
「……もう、会うこともねぇと思ってた、のに…それが、こんな…一緒にく、暮らすとか…俺…ッ」

恥ずかしいのか緊張してんのか、次第に冷たくなるユースタス屋の掌が汗ばむ。それでもしっかり握ってくる手が愛しくて…
ユースタス屋は本当にただ、

「…なんだ…照れてただけか」
「…!」
「他にも、後ろめたいんだろ…俺をフった事とか。今度は俺に捨てられるんじゃねェかって怖いか?」
「……ッ…あぁ…」

目を開けてユースタス屋を見ると案の定目を泳がせて俯いた。力んでいた手から力が抜けて今にも重なりが離れそうになる。

「馬鹿だな…ユースタス屋」

ぎこちなさも、逃げずにいる理由もセックスを拒まない理由も…

「ユースタス屋、確かにお前と過ごす筈だった15年間が惜しくて仕方がねぇ」

ギュッと手を握り身を乗り出すと後退りし出すユースタス屋を許さず引き寄せる

「惜しくて仕方ねぇけど、戻って来ねぇんだ…過ぎたもんは。だから、俺は今があればいい。テメェが変に意識して口もまともに訊いてくれねェのが一番辛ぇよ」
「トラ、ファルガー」
「大体…お前を捨てる為にわざわざまた付き合ったりするわけねぇだろ…。おい、こっちを見ろ」
「ぁ、いたっ…!」

ガツン、と少し勢いをつけて合せた額が思ったよりも痛くて一瞬くらりと視界が揺れた。

「な…にすんだテメェ…!」
「フン…」

俺を睨む吊り上がった目に満足して、文句を言うべく開いた唇を塞ぐようにキスをしてやった。

「むっ…!?」
「フフ…なぁ、ユースタス屋。しようぜ」
「な、昨日も散々…っ」
「昨日は昨日だろ?男は30越えてからって言うの本当らしいな…ふふ。」
「くっ…馬鹿!今日はしねぇっ」

ユースタス屋が首に掛けていたタオルを投げ付けてきてその隙に逃げられた。

「えー、しようぜ」
「絶対しねぇっ」

寝室に引っ込んだユースタス屋が今頃真赤な顔してんだろうとか思うと馬鹿みたいに浮かれてきた。
久し振りに声を上げて笑いながら「おやすみ、キッド」なんて寝室に向かって声を掛けた。
返事は返ってこなかったけど
明日、きっと睨まれて文句でも言われるんだろう。

「ユースタス屋を怒らせるのは、昔から上手かったもんな…俺」

今日はソファで眠ろう。ベッドには入れてくれねェだろうし。楽しみで緩む口許をユースタス屋が投げて行ったタオルで隠して俺は目を閉じた…。



◇◇◇



おはよう、と洗面所に立つユースタス屋の背後から声を掛けたら鏡越しに睨まれた。
交代で洗面所を使ってダイニングに行くとユースタス屋が突っ立っていて、どうしたと声を掛ける前に胸元に何か押しつけられる。

「あ?なに?」

落さないように受け取ると片手に収まる大きさのそれ。
言葉も無く渡されたものは細身で銀の細工が綺麗な深い青色をしたライターだった。

「それに換えろ」
「…フフ…ありがとう」



鍍金の接げ掛けた色褪せた馴染みのライターから、少しだけ重く真新しいライターに替えた日。
俺はまた一つ歳をとっていた…。





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アンディサイディッド同棲後続編、
また一緒になれて嬉しいトラファルガーと
昔にフってしまった手前、負い目を感じて色々押し殺して素直になれずにいるユースタスでした。



一万打フリリク企画
`10-9.2UP
茶登様リクエストありがとうございました!



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