後に、トラファルガーから「無駄な15年間を過ごした」と散々文句を垂れられた。
15年前、本当は別れたくなかった。
でも大人になるってことがどういうことなのか分からなくて、トラファルガーが遠くなっていく気がした。
いつか、大人びた顔のコイツに「いらない」と言われるんじゃないかって怖かった。
そんなトラファルガーと別れたら大人になれる気がしたけどそれは間違いで、俺は結局子供のままだった。




◇◇◇

あの頃は楽しくて幸せだと感じることが辛かった。
今は楽しかったことだけを思い出すのが苦しくて辛くて
焦がれる想いだけが強くなった


あいつに焦がれてるんだと自覚してから思い返せば今までに相手してきた奴等はみんな同じ銘柄の煙草を吸っていた気がする。
それは女でも男、でも…
女が煙草を吸う事にも偏見はなかったし、付き合いをもった誰も彼もその匂いが似合ってたと思う。
たんに煙草臭いんじゃなくて香水とか、体臭とかそんなのも混じってどれも安心したし好きだった

それでも、誰1人同じ匂いには感じなかった。
不思議なもんだ…同じ香水同じ煙草を使っていても
ただ一人に重ねて思うことはなかったんだから。

現在と情けなくも全然変らないが、それでも本当にガキだった頃。
子供なりに必死で恋をした。
トラファルガーのことが好きだった、あいつにも好いてもらってた…幸せだった。
あの頃も絶対幸せだった筈なのに、俺は辛くて苦しくて仕方なかったのを覚えてる。
なにが辛くて苦しかったかなんてのは覚えてない。
それどころか、辛かった理由も苦しかった理由も解らなかった

鮮明に思い出せるのは幸せだと感じることばかりでからかう様なあの笑みも、甘やかすような相槌も、窘める声音も、抱き寄せられた胸元の匂いも
もう10年以上経つのに忘れられなかった


「ユース、タス…屋…?」

躊躇いの混じった声に弾かれたように俯けていた顔を上げれば記憶に残るあいつと多分に変っていた。
トラファルガー、反射的にそう呼び返した名前が意外にもするすると喉を出てく
久し振りだ、とぎこちなく笑ったトラファルガーの顔は愛想笑いで、俺の後退りしそうになった足はその大人びた顔と態度や言葉に引き止められていた。
ぽつりと短く問われる毎に短く返事や相槌を返し少しずつ上げた顔を俯かせる。
知らない顔で話すトラファルガーの目を1度も見れなかった。



◆◆◆

高校卒業も間近に迫るあの日。
トラファルガーはいつもと変わらず飄々としていて、それでも俺に喋りかける声は他の奴にかけるそれとは違って優しく、目元にも微かな笑みを浮かべて触れてくる指先はおれを甘やかしてくれた。
自惚れなんかじゃなくトラファルガーはちゃんと俺を好いてくれてた。

「…、…。」
「あ、煙かったな…。悪ィ、風向きが変った」

ふわりと目の前を通る紫煙と匂いに燻っていた何かに火が灯った気がした。
空き缶の呑み口で煙草の火を揉み消してからポトリと中に落とす。
肺に溜めたそれを最後にふー、と静かに吐き出してトラファルガーは伸びをした。

「…キッド?」

最近、名前で俺呼ぶようになってますます優しくなるトラファルガーに苦しくなる。
恋人ではなかった時と、こうも変るのだろうか。
一緒に馬鹿笑いして、無茶もやらかしてたまにど突きあって…、そんなことが少し懐かしく思える。たった、数ヶ月前のことなのに。

恋人と呼べる関係になっても暫くは実感なんてわかなくて、悪さをする延長や楽しい遊び感覚でデートしたり、手を繋いだりキスをして、怖々セックスをした。
そうしてどんどん深まる思いと近くなる距離にトラファルガーは変って行く。
目に見えて大人になっていった。
飄々とした態度は変わらなくとも、言動は大人びて落ち着いてて
なんだか怖くなった。
無条件にトラファルガーに甘えそうになった。女みてぇに、ずっと側に居ろとか俺だけを見ろとか言いそうになって今まで知らなかった感情が湧いて女々しくなる一方の自分に苛立つ。

「お前さ、なんか最近…」
「トラファルガー」
「…なに?」
「別れようぜ」

踏ん切りとか、決心とかもなく俺の口から出た言葉はトラファルガーの機嫌を損ねさせるのには十分だった。
元は傲慢で自分本位な男だ…気に要らないことがあれば直ぐに不機嫌になる。
それでも、それを押し殺して詰めた息を吐いてトラファルガーは苦く笑った

「なんで急にんな事言う…?俺、なんかしたっけ」
「…してねぇよ。なんも…してねぇ」
「じゃ、なんで別れようって?理由も必要も、なんもないだろ?」
「…」
「キッド」
「…別れてぇんだ」

腕に触れられそうになる寸前にもう一度言うとトラファルガーの手は止まる。
舌打ちと共に握り締めた手を引っ込めて立ち上がるトラファルガーを見る事もせずに俯いた。

「…別れねぇ。理由がねぇんだ…尚更だろ」
「…」
「タチ悪ィぜ、…んな冗談」
「冗談じゃねぇよ」
「…」

結局、問答にもならない会話の末にトラファルガーは色のない声で「わかった、別れる」と言った。
胸の燻りに水が掛けられてサァッと熱が引いて行く
溜め息を残して去る背を歪む視界で捉えていた。


◆◆◆


「来てくれて良かった」

街中で出会って数日の内にトラファルガーからの誘いがあった。メールではなく電話できた誘いに咄嗟に断る理由も思い付かなくて気後れしながら相槌を打っているといつの間にか返事をしていて、当日になる。
時間ギリギリまで理由をつけて断ろうと足掻く自分酷く女々しい。
結局時間に遅れながらも行くはめになった俺にトラファルガーは安堵したような顔をした。


トラファルガーと別れてから共有していた時間がなくなってぽっかりとまるで大穴が空いたような気がした。
遠目で見る、トラファルガーの周囲の様子に胸の中で何かが渦を巻く。
なにも疑問なく、トラファルガーの側で過ごしていたあの時間はもうない。
今までと変わらずに笑っているアイツには俺はもう必要ないんだと無意識に笑った。

それから、俺は好きでもない煙草に手を出した。なにを吸っていいのかも解らずにとにかく見慣れたパッケージのものを手に、あいつの真似をして煙草を咥えて火を点けた。
思い切り噎せて涙がでたし、喉に絡む燻した味が不快で…それでも…
煙草の先から上る紫煙の匂いが胸を優しく満たした。



煙草に馴れた今でも、これが旨いとも好きだとも思えなく…でも癖のようなもので自然と手が伸びる。
使い捨ての安ライターの火の点きの悪さも愛嬌だと繰り返しドラムを回していると伸びてきたトラファルガーの手には見覚えのあるライターが握られていて、小気味良い音と共に火が灯った。

「…サンキュ」
「いや…」

パチン。と微かな音に思い出から引き戻される。
トラファルガーの手に握られたライターは俺が初めて贈ったもので、深い青が綺麗な色でトラファルガーに似合うと思ったら買わずにいられなかった。

「まだ、使ってたんだな」
「気に入ってるんだ…これじゃないと落ち着かねぇんだよ」
「火が付きさえすればどれも同じだろ」
「フフ、相変わらず情緒がねェ」

そう言ってライターを指先で遊ばせながら自分の煙草に火を点す姿は、覚えているあの頃のままで香水と混じったトラファルガーの匂いが懐かしかった。





◇◇◇


痛む背中と筋肉痛で軋む身体を無理に動かしてトラファルガーの家から帰ろうとした朝。玄関で引き止められ幼い顔で笑ったトラファルガーがやっぱり好きだと思った。
高校の頃少しだけ見下ろしていた目線は、今は少しだけ見上げるようになっていてムカついた。
トラファルガーは変わった。背も伸びて、大人びていたあの頃と違って本当に大人になっていた。
俺は変われなかった。好きだと言われた髪も、真似て吸いだした煙草もいつまでもガキみたいに固執して。

「…トラファルガー」
「うん?」
「煙草…やめる」
「そうか…ま、あんな勿体ねェ吸い方するくらいなら吸わねーほうが懸命だな」

意地悪く唇を引いて笑うトラファルガーにバツが悪くて舌打ちをした。
ただ吹かすだけの煙草の味なんて結局この10年以上一つも分からなかった。忌々しく思いながら箱ごとトラファルガーに押し付け俺は煙草を手放した。

「2度と吸わねぇ」
「ふふ…俺が吸わせやしねぇよ」

抱きしめられ鼻先に香る匂いが自分で吸う煙草よりもずっと、胸の穴を満たして埋めてくれた。









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アンディサイディッド、キッド編でした。
キッドが別れたがった理由を教えて欲しいとか続きを書いてとかメールや拍手で頂きました。
でも最初から理由と言う理由はないんですよね…ただ、キッドがもやもやしただけ。馬鹿みたいだけどキッドなりに苦しかったし、
傍に居る人が良いほうにも悪いほうにも変わって行くのを見るとちょっと戸惑いますよね。そういう事が書きたかったんですが…ちょっとでも伝わればいいな。
別れたかった、でも理由はない。(管理人が理由を思いつかずの苦し紛れではなく最初から)漠然とした気持で別れ話を口にしたキッドさんでした。


読んでくださりありがとうございました!

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