肉食ちゃんと草食くん



彼女はとても積極的で、おれはその積極的さに困ることもしばしばで。
気の強よさを隠しもしない目とワガママを言う口は最初は苦手だったけど、ひらひら踊る丈の短いスカートや誰の目にも鮮やかに映る艶やかな赤い髪に自然と魅かれていた。
彼女はいつも綺麗に自身を飾り付けている。色のついた爪に、耳を飾るピアス、潤んだ唇。
派手な女は好みではなかったが、それが似合っているから付き合って暫くもすると気にならなくなった。
逆に、彼女に似合うのではないだろうかと彼女好みのピアスや飾りを見る度に思ってしまう。


その日、そんなユースタス屋のセーターの袖から出る指先はほんのり自然なピンク色をしたまっさらな爪だった。
弁当を作ってきたのだと、いつものように人気のない場所で、いつものように積極的に引っ付いて座ってくるユースタス屋のいつもとは違う指先に視線を奪われる。
伸びてもなく、深爪でもない爪。すらりとした指。
「トラファルガー?」
「今日、爪は大人しいんだなと思って…休養日とか作ってるのか?」
「は?いや、今日朝から料理したから…」
「料理したから?」
「え?だって…あんな爪で料理ってしづれぇっつーか…嫌だろ?あんな爪で材料さわんの」
きょとん、と首をかしげながら見つめてくる瞳をまじまじと見る。
料理するからわざわざ爪をまっさらにしたと言うのだろうか。
「破片とか、剥げたのが混ざったら嫌だし…ってか、お前が気にしそうだし。マニキュアだけでも朝塗りなおしてもよかったけど…、そんな爪して弁当とか出したらお前食わなそうだし…」
自分の指先を一度みてから、ユースタス屋は包みを解き弁当を広げた。
冷凍のものを詰めたものではなく、ちゃんと手作りのおかずが詰まっていた。
「…うまそう」
「!」
思わず出た言葉にユースタス屋はパチッと目を見開いて、すぐに押し付けるように箸を渡してきた。
差し出す指ごと捕まえて引き寄せるとユースタス屋の「あ、」と言う小さな声が聞こえた。彼女には珍しい、小さな小さな、呟くような意図しない声だった。


普段の彼女には本当に困るのだ。
いくらおれ達の他に人がいないからと言って、その短いスカート捲り派手目な下着を見せて迫ってきたりする。
扇情的だとは思う。でも度を越せば本当に本当に目に毒で、おれは目を逸らすしかない。
でも目を逸らすと嫌がるのはユースタス屋で、なんで目を逸らすのかと言う。ブラウスを押し上げる胸元の豊かな丘は、スースタス屋が身体を密着させればそれだけおれの胸板を押し返す。
手を出していい、触れ。そう言って首に縋りついてくる彼女の背を撫でて宥めながらスカートの裾を直してやるのはいつものことだった。


「トラ…」
「ユースタス屋、綺麗な爪だな」
「ぅ…な、あ」
言葉が続かず音が出なかった唇だけがぱくりと動く。
いつもこうなるのは俺の方なのに、今日はユースタス屋が身体をギクシャクと強張らせてウロウロと視線をさ迷わせた。
「かわいいな」
「…っ!?」
照れたのか困っているのか、そんな表情を赤く染めて…ああ、初めて見る。こんな彼女は。

ユースタス屋は何を考えているんだろうと、いつも思っていた。
ある日突然好きだと言って来て、過ぎるくらいのアプローチを噛ませてきて、半ばおれが折れるようにして付き合うようになった。
ユースタス屋から手を繋いできて、おれは戸惑った。
ユースタス屋からキスをされて、おれはびっくりした。
ユースタス屋から視線を逸らすと拗ねたようにこちらを向けと言われた。
身体に触れろと胸を触らされたり、下着を見せられたり。
そんな驚くような行動をする彼女は、おれのことがほんとうに好きなんだな。と、ある日客観的に思ってみたら、彼女のすべてに目が行くようになった。
手を繋ぐのにも慣れて、いつだったか当たり前のように手を繋いだら彼女は「え?」って顔をした。顔が赤かった。
廊下の向こうに姿が見えたから声を掛けたら驚いた顔をしていた。そのあと、嬉しそうにはにかんだ。
緊張しながら、ユースタス屋の頬に触れた時には俺の緊張が移ったのか、彼女はぎゅっと目を閉じて長いまつ毛を震わせていた。


「靴下脱がせてもいいか?」
「へ…え!?な、なんで…つか、べんとうは…」
「後で食うよ。なぁ、靴下脱がせてもいいだろ?」
足を伸ばして隣に座っているユースタス屋の濃紺のハイソックスを撫でると、口をつぐんでコクコクと頷いていた。
上履きを脱がせてから、程よく丸みを帯びたふくらはぎからするすると靴下を下げていく。足首辺りでだぼつかせてから、つま先をひっぱるとスルンと脱げて素足が現れる。
「……足、フェチなのか……?」
「え、いや…そう言うわけじゃ…」
俺の性癖を疑い始めたユースタス屋は恐る恐ると言ったように問いかけてくる。
確かに彼女の足は細すぎもせず、色白で形も綺麗だが特別足が好きってわけじゃない。
「ああ。やっぱり」
「なんだよ?」
「マニキュアしてた」
足の爪を綺麗に飾る赤のグラデーションが光の加減できらきらと艶をだしていた。
「…足でも嫌なのか?」
「いいや。なんも飾ってねェ手が珍しくて…こっちはどうなのかって気になった」

抱きしめれば黙ってしまう彼女の首筋に鼻先を寄せて、彼女の体温が飛ばす温かい香りを間近に感じるのが好きだ。空気に溶けた香水の匂いより濃厚な彼女の匂いが香った。
「……ユースタス屋?」
「っ、なに……」
「……いや。なにも…もう少しこのままでいいか?」
コクン、と頷いた彼女の髪が頬を擽った。
髪の隙間から見える耳がほんのり赤かった。
胸元に触れる勇気のないおれが彼女の背中に添えた掌には彼女の忙しそうな鼓動が伝わっていた。
弁当を膝に抱えたままじっとしている大人しい彼女。そんな珍しい彼女。

「下着まで…脱がせばいいのに」
「それは…」
負けん気が強い彼女のそんな声に苦笑が漏れた。言ったのは彼女の癖に恥ずかしかったのかさっきより酷く耳を赤く染めている。
「また、今度にしとく」

弁当を食べよう。

逃げるおれに彼女はキッと不満のこもった瞳をむけた。
この期に及んでへたれなおれにむくれ顔の彼女が頭突き交じりにキスをする。
むぐ、と硬く唇を閉ざしてぐりぐりと押し付けられる舌先との攻防戦。

困るのだ。彼女の積極的さに。最初は鬱陶しく思っていた。彼女から寄せられる暴力的な好感にたじろぐばかりでいたのに、いつの間にか楽しくなった自分がいた。
彼女の行動、言動の一つ一つを目で追ってその真意を探る様になって、愛しいと思った。
最初は本当に恥ずかしかったから拒否していたけど、「触れ」と胸を、足を晒してくる彼女に触れたくないわけじゃないのに今でも触れるのを躊躇うのは、彼女にずっと構われていたいから。この戯れをずっとしていたいからだともう大分前から答えが出ていた。
自分から彼女に触れたくてたまらないと思うこともある。
でも、もう少しだけ…。

勇気を出す勇気が出るまで、待ってくれたらいいのになと思う。



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奥手?なロー。
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