ピアス


少し疼くような、そんな鈍い違和感を感じながら口許はどうにも緩みそうで。



それは一月くらい前、トラファルガーに抱き付かれてそのままソファに寝転がった時だった。


「そう言えばユースタス屋、さぁ」
「ん…なに?」
「耳」
「耳?」
「穴」
「穴…あぁ…ピアスホールか」
じぃっと見るのはトラファルガーの癖のようなもんで、この視線にも大分慣れた。
大抵聞きたいことや言いたいことが上手く言葉に出て来ない時にこうした視線を寄越すことも知ってる。
今までに耳を触られもしたし口に含まれ舐められもした…だから今頃になってピアスホールの存在に気が付いたってことはないだろう。
ピアスホールが珍しい訳でもないしトラファルガー自身もピアスをつけてるのに何がそんなに気を引いたのか…。
「んだよ…どうかしたか?」「ピアスつけねェの?」
「あー…一回外すと次付けるの面倒になるんだよな。だからそれっきり…もう2〜3年してねぇから塞がってんだろ」
ふーん、なんて返事を寄越しながらトラファルガーはそれでも気になるのかおれの耳を見る。
「両耳か?」
「おう。ココだけじゃなくて軟骨にも開けてたけどな…この辺にねぇか?」
顔を逆の方に傾けて見せると興味深そうに覗き込む視線に何となく笑いが込み上げてきた。
「高1か…そこらにさ、キラーとその場のノリで」
「キラー屋もか?」
「おれよりも開けたんじゃねぇかな…あいつ。今もすげぇ筈だぞ」
「ユースタス屋は何個開けた?」
「耳朶と…ココと…4、5個?」
若気の至りって奴だと言うと「ユースタス屋たちでもそんなガキくせぇことしたんだな」、なんてトラファルガーが真面目な顔して言うもんだから本気で笑っちまった。
「ッははは!そりゃあお前…おれたちだってハメ外した時期ぐらいなァ…」
ピアスに至っても保健室から脱脂綿と消毒を液拝借して、ライターで炙った安全ピンで簡単に開けたものだ。
今は笑いごとだが、あの時は開けた穴の殆どが安定しなくて膿んだり腫れたりしたもんだと思い出す。
「…」
「…なんだよ」
「衝動買いしたんだ」
「何を?」
「ピアス…ユースタス屋に似合いそうだったから」
残念そうな表情で、今は薄ら残ったピアスホールの名残のくぼみをトラファルガーの指が未練がましく触る。
そんな顔をするぐらいなら、最初から言えばいいくせに。

「ふーん?ならまた開けりゃいい」
「開けてくれるのか?」
「折角おれに買ってくれたんだろ?」
穴が塞がってることもわかってた筈なのに、『衝動買い』したと言うそのピアス。無下にするほど穴をあけ直すことが手間であるわけがない。
「けど安ピンもねぇしな…縫い針じゃちいせぇし…」
「……」
「ピアッサー、買って来てんならさっさと持って来い」
どうせ、買って来てるんだろう?そう問えばトラファルガーは苦く笑った。
図星だろう。きっと、衝動買いしたのはピアッサーの方が先だろうとおれは勘ぐった。衝動買いしたというピアスを見つけた瞬間に、おれの塞がったピアスホールを思い出したはずだ。
何より先にピアッサーを買って、その後に例のピアスを買おうか買うまいかうろうろと悩む姿が目に浮かぶ。どの道ピアッサーを買ったのだから悩むことなくピアスも一緒に買えばいいのに…と、その場にいなかった筈のおれなのに、傍で見ていたような気分になった。
「まどろっこしいな…最初から開けろって言えばいいだろ」
「そう言ってもな…なかなか言えるもんじゃねェって」
「顔には出す癖によォ」
「…?顔に出てるか?」
「お前は思い通りにならねェと眉間に皺よってぶすくれた顔するぜ?」
「うそ」
まぁ、自分の癖なんてわからないだろうけど。トラファルガーが自分の眉間を触るのを見ながら苦笑が漏れた。
独占欲が強いくせに、最後には思いとどまって隠そうとする姿はバレバレだ。
「お前ってバカだよな…」
「面と向かって言われるのは傷つくぞユースタス屋…」



消毒液の匂いに鼻を擽られながら、トラファルガーの手元を見る。
「ニードル持ってくるとは思わなかったぜ」
「治りが早いだろ?おれは全部これで開けたからな」
あれから、いそいそと消毒液やら軟膏やらすべてそろえて持ってきたトラファルガーに流石だと思い知らされた。
そこまで用意してて自分からピアスホールを開けてくれと言い切らないなんて面倒くさすぎる。
「おれがやっていいのか?」
「ああ?お前がそのつもりだった…つーか、やりたかったんだろ?」
これもまた随分見慣れた、好奇心いっぱいの表情をしてニードルを手に持っている癖に。
口ではそう言っているが、ピアッサーではなくニードルを選んだのもこいつなりにこだわりがあったんだろう。
「焦らすなよ?」
「…それはフリか?」
「さァどうだろうな…おれは痛みにゃ強ェが、根には持つぜ。そんときゃ覚えてやがれよ」
地を這うような声で、わざとらしい笑みを作りながら言ってやると直ぐに「あっと言う間を心がける」と返事が返って来た。

贈られたピアスをおれが目にしたのは、この後鏡を覗いた時が初めてだった。

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