相互記念小説。
ロー×キッド
※“同じようで違う日々”の設定を使用しています。
※ロー視点





コーヒー1杯分の幸福



コトリ、と静かな音を立てて目の前に青いマグカップが置かれる。
中に並々と注がれているのは俺の好むブラックコーヒーだ。
猫舌な俺の為にと、ほんの一欠片だけ氷が浮かべられたそれをスプーンで何度か掻き交ぜてから口を付ければ、丁度いい温度と苦みが口の中で広がった。

「…やっぱり美味いな。」

「インスタントだぜ?それ。」

向かい側の椅子に腰掛けて赤いマグカップに角砂糖を落としている彼に向けて呟くと、彼はきょとんとした表情で首を傾げる。
その様子が可愛くて小さく笑みを零したら、怪訝そうな表情をされてしまった。

「いや、何でも無い。」

「…そうかよ。」

ただお前が可愛かっただけだと続ければ、彼は呆れたような表情でスプーンを動かす。
その様子が何処か嬉しそうに見えるのは、気のせいでは無い筈だ。

カップの中身をもう一口飲み込んで、深い息を吐く。
インスタントだということを差し引いても、彼の注れたコーヒーは本当に美味しい。
おかげで自販機の缶コーヒーを飲めなくなってしまった。
彼のコーヒーを飲み慣れた舌だと、市販の缶コーヒーでは何処か物足りなく感じるのだ。


食後に二人揃ってコーヒーを飲むのは、結婚する前から続く習慣のようなものである。
二人で食事を取った時には必ずコーヒーを用意して、例えどんなに忙しくてもそこから一時間の間だけはゆったりと二人の時間を過ごすのが暗黙の了解だった。
どちらが言い始めたということもないのだが、いつの間にかそうすることが当たり前になってしまっていた。
だが俺自身彼とゆっくり過ごすことの出来るこの時間を気に入っているし、多分彼もこの時間が嫌いでは無い筈だ。
だからこそこの習慣染みた行為は今まで続いてきたし、これからもずっと続いていくのだろう。
何となく、それはとても幸福なことのような気がした。


「おい、ロー。」

「何だ?キッド。」

「俺の話、聞いてたか?」

「…いや。」


いつの間にか思考に沈んでしまっていたらしい。
彼の呼ぶ声で我に返って返事をすれば、彼は少し不機嫌な表情で俺を見ている。
悪かったと視線で謝って話を促すと、彼は諦めたように一つ溜息を吐いてから口を開いた。

「だから、お前の次の休みは何時かって聞いてんだよ。」

「俺の休日?」

「…あぁ。」

彼がもう一度繰り返してくれた問いに答える為、俺は頭の中でスケジュールを確認する。
必要なことは全て頭の中にメモするのが俺の癖だ。

「今やってる研究にあと数日で片が着くから…そうだな、来週からは暫く休みが取れると思うが。」

「来週か…どの位休める?」

「短くても一ヶ月半、長けりゃ二ヶ月位は休める筈だ。」

「二ヶ月…か。」

俺の答えを聞いて何かを考えながら充分だな、と零した彼に思わず首を傾げる。
休暇中、何か俺に頼みたいことでもあるのだろうか?


「何かあるのか?」

「いや…俺も今月分の仕事終らせたら暫く有給取れることになってよ。」

折角だから、遠出でもしないか。

少し照れたように顔を歪めて言い難そうに零された言葉に、俺の思考が一瞬フリーズする。
面倒なことを嫌う彼が、そんなことを言うなんて。嬉しくないのかと聞かれれば勿論嬉しいが、唐突過ぎて理解が追い付かない。
固まったまま動かない俺を不審に思ったのか、彼が俺の顔を覗き込む。


「嫌なら…いい。」

「嫌な訳無いだろう。」

そう言いながら僅かに揺れた彼の瞳を俺が見逃す筈もなく。
フリーズから立ち直った俺は反射的にそう答えていた。
そうで無くとも俺が彼からの誘いを断る訳がない。
それに新婚旅行に行かなかった俺達にとってこれは結婚してから初めての旅行だ、嬉しく思わない道理が無いだろう。
ひょっとしたら彼は仕事のせいで新婚旅行に行かなかったことを気にしているのかもしれない。
そんなもの、彼のせいでは無いというのに。
それでも彼が俺のことを思ってそんな誘いを掛けてくれたのだと思うと、俺は嬉しさの余り緩む頬を抑えられなくて。


「キッド。」

「…何だ。」

「お前は何処に行きたい?」

知らず浮かべた笑みを隠す為にカップを口元へと運びながら、何処かごまかすような調子で彼に行き先を尋ねた。

「別に何処でもいい。」

お前に行きたい処があるなら、付き合ってやる。

小さく付け足された言葉に、また俺の口角が上がる。
今度は隠すことを諦めて、空になったカップを手に席を立った。
頭の中では様々な行き先候補が浮かんでは消えてを繰り返している。

「別に今決めなくてもいい。」

片手にカップをぶら下げたまま考え込む俺を見て、クスリと笑みを零しながら彼が言う。
酷く満足げな表情で俺を眺めながら自分のカップを傾けた彼は中身を全て飲み干してから席を立ち、振り返り様に俺のカップを奪ってキッチンへと消えた。
恐らく手洗いするつもりなのだろう。
食器洗浄機があるのだから使えばいいようなものだが、何か彼なりにこだわりがあるらしい。
まぁ、キッチンは彼のテリトリーのようなものだから、俺にあれこれいう権利は無いが。

一方その場に一人取り残された俺はといえば、未だそこに突っ立ったまま彼を見送りつつ何処が良いかと考えを巡らせるもののいい案も思い付かず、諦めてガイドブックの世話になることにした。
この前暇つぶしに買った旅行雑誌は何処に置いたんだったか、と記憶を手繰りながらリビングを出て自室に入ったところで、部屋の時計が丁度一時間が過ぎたことを告げる。
今日のブレイクタイムはこれで終了だ。
次の機会は何時になるだろうかと考えながら、俺は床に放ってあった旅行雑誌を手に取った。



END.



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以下理人よりお礼と感想
相互リンク記念と言うことでplus Caffe latteの雪壬さんから頂きました!

雪壬さん宅の連載小説「同じようで違う日々」はロキドの新婚さん話でとても素敵なお話です!
コーヒーの話のところで不意に缶コーヒーを飲んで「…」む?と顔をしかめるトラファルガーを想像してしまいました。
彼の淹れたコーヒーだけ、とか特別に想い合うってちょっとくすぐったいですけどいいですよね。
それにしてもトラファルガーが嬉しそうで、そんなトラファルガーを見るユースタスも嬉しそうで胸がきゅっとしました!

雪壬さんこの度は素敵な小説を本当にありがとうございました。





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