それで十分だ
 



階段で座り込んでいる姿を見て驚いた。



「ユースタス屋…?」
「…、…ファルガ……」

アパートの階段を登っていると3、4階を繋ぐ階段の登始めの辺りに座り込んでる奴が居た。あの目に付く赤い髪はどう見たってユースタス屋だろう。
階段に座り込んでくたりと頭を項垂れる様子に珍しいと思いながら声を掛けるとぴくりと弱く反応してゆっくりと頭を上げる。下ろされた髪が目元を隠していたし頬に張り付いたりもしていた。

「…気分悪ィの?」
「……、…」

いつもと全く様子の違うユースタス屋に驚き過ぎて逆に冷静になった。しゃがんでユースタス屋の前髪や横髪を払ってやるとしっとりと濡れていて頬にも首にも玉の汗が浮いていた。カチカチと微かに奥歯を鳴すユースタス屋は頬が赤くて肩で息をする。

「寄っかかれ…立てるか?悪ィけどちょっと頑張れよ」
「ぅ…」
「上んぞ?」

コンクリートの階段は冷えるしいつまでもここに居させる訳にもいかねぇから、なんとかフラフラのユースタス屋を立たせ支えて歩かせる。
ユースタス屋の片腕を肩に引っ掛けて半ば担ぐように引っ張って階段を上らせた。
シャツ越しにも高い体温が感じられて寒気がしてるんだろう身体の震えに早くこの階段を上り切りたいと気が急く。
この時ばかりはエレベーターが無いことを恨んだ。



「は、…は…」

漸くユースタス屋の部屋に入ってそっとベッドに転がすとその身体はぐったりと重く沈んだ。無茶させて階段を上って来たからか呼吸は更に早く乱れている。
取り敢えず湯を軽く湧して風呂よりも少し熱い位の湯にタオルを潜らせてキツく絞った。

「ユースタス屋、服脱がせるぞ」

呻くように返事をするユースタス屋の、汗を吸った服を脱がせて身体を拭いて額も首周りも汗を取ってやる。部屋着に着替えさせてやるとやっとひと心地着いたようで深い溜め息を吐いた。
震える身体に布団を掛けて冷えたタオルを額に乗せてやるとユースタス屋はいつの間にか眠っていた…

「ハァ…」

呼吸は荒いが一応ちゃんとベッドで休ませる事が出来て安堵の溜め息が零れた。
途中でへたりこみそうになるユースタス屋を支えて休み休み上った階段はキツくて…
本当にびびった。座り込んでた姿もだけど今にも気を飛ばしそうな虚ろな目で俺を見るユースタス屋は今にも泣き出しそうな顔だった気がする。

「…あ、キラー屋。今いいか?」
非力で役立たずな俺が出来るのは、ただ側に居るだけだ。




「…ぁ…つ…」
「ユースタス屋…起きた?」
「…トラファルガー……?」
「よく寝てたな。水飲むか?」
「……のむ…」

水を飲む為に緩慢に身体を起こし、動くのにも息切れをするユースタス屋は熱で身体の節々が痛むらしい。
それでも数時間前より少しだけ体調は良さそうだ。

「ちょっと熱計れよ」
「…ん、…」
「汗すげェな…着替えるだろ?」
「あぁ…わりぃ」

電子音が鳴りユースタス屋は自分で確認する気は無いらしく俺に体温計を渡してノロノロ着替え始めた。
体温計を見れば最初に計った時からすると大分熱が上がったがユースタス屋の様子を見る限り大丈夫そうだ。

「39℃が近ぇけど、もう熱は上がり切ったな」
「あぁ…多分…吐き気止まってるし」

ユースタス屋が寝てから俺は直ぐにキラー屋に電話した。とにかくユースタス屋の熱は高いし何をしてやったらいいのか検討も付かなかったからだ。
キラー屋に聞けばユースタス屋は熱が出やすい質らしく、曰く「風邪でもこじらせたんだろうな」だそうで。

「…だりぃ…」
「熱が高い所為だろうな…キラー屋が熱が上がり切ったら薬飲めってよ」
「…あぁ…」
「俺、粥の作り方知らねぇからさ…ゼリー買って来たけど食うか?薬飲めねぇだろ」
「食う…粥よりそっちのが食える気がする」

ゼリーを渡してやるとユースタス屋は暫く手元のゼリーを怠そうに見た。食欲がねぇからか食べるのを躊躇ってるらしい。

「…ちょっとだけでも食えよ…吐いたっていいし」
「…、おまえっ…」
「ほら」

いつまでも動きそうに無いことに焦れてスプーンと手付かずのゼリーを取り上げ、スプーンの先に少しだけゼリーを掬ってユースタス屋の唇にくっつきそうな程に突き付けると渋々と口を開いた。
すかさずスプーンを突っ込んでゼリーを口腔に置いてやる。

「…どうだ?」
「……味がしねぇ…」
「ふふ…そりゃ仕方ねぇな」

ゼリーを細かく潰して直ぐにでも飲めるような状態にしたものを繰り返し口に運んでやる。冷たいものが喉を通るのは心地良いらしく文句も言わずに半分くらいは食べた。

「もう、いい…」

食った方だろうと思うことにして薬を渡す。水と共に流し込んで深く大きな溜め息を吐いた。

「これで後は熱が下がりゃいいな」
「…わるかったな」
「ん?」
「階段…とか、今」
「あぁ…別に。あんま役にはたててねぇし。気にすんな」

ユースタス屋が食い残したゼリーを食いながら何ともなしに返事をすると熱で怠そうにしながらもクツクツとユースタス屋が笑う

「カゼ…うつるぞ」
「あ。…ま、いーや。ついでだついで」

横になったユースタス屋に顔を寄せて唇を重ねるとその唇もくっつけた額も凄く熱い。

「薬、早く効くといいな」
「…だな…」

ふ、と笑って目を閉じたユースタス屋は暫くもしないうちに深い眠りにつく。
先程より幾分楽そうな寝顔に俺はもう一度キスをした。


翌朝、いつの間にか寝てたらしくハッとしてユースタス屋が寝てる筈のベッドを見るとその上には俺が持ってきた添い寝要員のベポしかいなかった。

「おはよ」
「あぁ…風呂?」

後ろから聞こえた声に振り返るとユースタス屋が風呂上がりらくし首にタオルを掛けていた。

「寝汗すげぇかいたからな」
「そか…体調、良さそうだな」
「おう。お陰様でな…」

そう言ってベポを抱き上げたユースタス屋はついでのように俺の頭をぽんぽん撫で叩いた。

「?…あ、熱は?」
「まぁ…下がったぜ?37℃ちょい。寝込むまでじゃねーよ」「ほんとかよ」
「るせぇな。飯食ったらまた寝るって…。ほら、粥作ってるから持って来いよ。お前も食え」

ベポを膝に乗せて座るユースタス屋は動く気がないらしく、俺は2人分の粥を注いでテーブルに運ぶ。

「…ありがと、な」
「俺、注いだだけだけど…?」
「いーんだよ、それで…ありがとな」

ふ、と笑ったユースタス屋の頬は少し赤かった。



◇◇◇


急に浮上した意識。蒸暑いのに少し寒い気がする…それでも、大分熱は引いた気がした。

「……ぁ…?」

ふと、枕元になにかある気がして顔を動かすと大分見慣れたぬいぐるみが座ってた。
くたびれて座りが悪いそれは右側に少しだけ傾いているのが愛着を持たせる気がする。
何のつもりなのだろうかと胸から上を起こしてみるとぬいぐるみの持ち主は探すまでもなく、ベッドに寄り掛かって寝ていた。

「…」

見つけた姿に何となく手が伸びてその短い髪をひと撫ですると認めたくないが口許が緩む。少し満足した気持ちで寝直し、せっかくだから手触りの良いぬいぐるみがの胴に腕を回してみる…不思議な程に抱き心地が良かった。


◇◇◇




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ネタ提供より
ユースタスの風邪っぴき屋





   

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