翌日の話
 



人の身体にぴたりとひっついて顔を埋めて寝るトラファルガーに寝苦しくないのかと少しだけ呆れて、あどけなさの残る寝顔を見ると少し口許が緩んだ。



昨夜トラファルガーと寝た。
性別だとか考える前に気持ちが動いていた。きっとトラファルガーの奴はアイツなりにいろいろ考えたのだろう…おれよりもずっと長く考える時間があったはずだ。
アイツはおれを抱きたいと言った。男を抱こうとか、男に抱かれたいとか、おれは昨夜のソレに至るまで考えたこともなくて…男は女を抱くもんだって、普通の考えしかなかった。
しかし、そう…男なら抱く側でありたい。男の沽券ともいえるかもしれない。
男同士ならば…もう抱かれてしまったこの身で、正直な話をすると…気持ちいいとは感じなかった。慣れないからだとも思うが、痛みと今まで感じたことのない感覚だった。内臓を擦られ、そこに触れられれば否応なしに反応してしまう羞恥。
でも未知の感覚に興奮したのは確かだし、好きだと思った相手に触れられるのは悪いと感じなかった。


「ユースタスさん具合悪いです?」
「え?」
「ずっと溜息ついてますよ」

朝、起きた時には多少の違和感があっただけで大したことはなかった。ところが、会社に向かう道すがらに昨夜のことを思い出したところからおかしくなった。
正確には、トラファルガーと飯を食いながら話がまとまってきて…雰囲気が甘くなり始めたあたりからの出来事がぐるぐると何度も繰り返し思い返された。
いつもこの道を何を考えながら歩いていたのか思い出せないが今日ばかりは意識を逸らそうとしても昨夜のことばかりだ。今夜は約束どおりの肉じゃがを作らなければと、今日の朝が始まったばかりなのに夕飯のことを考えはじめ、嬉しそうに笑った顔と声を思い出し…。

「あー…ちっと風邪気味?で…関節が怠くて」
「大丈夫です?痛みどめとか風邪薬ありますけど」
「いや、飲んできたし…大丈夫」

こんな調子でいろいろ思い出す間に、昨日トラファルガーに触られた場所が熱を孕んだ気がした。背中や耳の裏に唇や舌が触れた感覚が、掴まれた腰や腕が引き攣るような。
突っ込まれて擦られたソコが、腰骨の下からじんと疼くような気もして溜息に変わる。また1つ零してしまった溜息を同僚が聞き、心配そうな視線をくれた。
申し訳ない気がする…が、出来るだけ見ないでほしいし放ってほしかった。ただの風邪ってことで済ませたいんだ。



シフトを変更してもらった挙句に一時間半の早引き…高卒で就職したこの職場で急用以外では初めてのことだった。余計なお節介ではなく、少数でまかなっている部署では持ちつ持たれつだと言ってくれた同僚に甘えることにした。
注意力もなにもあったものではない、気の散漫したおれは同僚達の目には相当珍しかったらしく、鬼の撹乱とまで言われた。
風邪をひいて仕事を休んだことは何度かあるが、きっとその度にこうして珍しがられていたんだろうと思うと、悪口ではないにせよ少し複雑な気持ちになる。
風邪と嘘をついてしまったことは悪いと思ったが早退してよかったと思ったのは、肉じゃがの味をしまらせるには、丁度いいと…。
溜息が出る。違う…肉じゃがのことを考えたいわけじゃない。勿論、昨夜の情事のことでもないんだ……。



肉じゃがの出来を確かめるためにガス台に向かっていると背後でコツコツと窓と叩く音がした。
音の方向からすぐに見当がついて、大袈裟なほど肩を竦めて溜息を吐いた。急ぎもせずにコンロの火を止めてから足を向ける。
窓の外でまだかまだかと待つ顔を見ながら鍵を開けた。

「…玄関から来いっつってんだろ」
「なんか面倒くせぇんだよなァ」

窓を開けへらりと笑いながらトラファルガーが部屋に上がる。
なんとなく、お互いがくすぐったいような感じがしていた。思えば昨日恋人になって、躰を合わせた次の日だ…朝は少し会話したくらいだったから、こうして改めて同じ空間にいるのが妙に照れくさい。
誰かと付き合うのが初めてというわけでもないと言うのに。

「いい匂いがする…もしかして、肉じゃが?」
「昨日そう言ってただろ」

素っ気なくそう返すが、トラファルガーはただ嬉しそうに「そうだったな」と笑った。
何とも言えないくすぐったい気分になって柄にもなく頬が熱くなるのを押さえられなかった。
昨日から、今日一日中こんなに振り回わされている。トラファルガーの腹立たしいほどに緩んだ笑顔にわけの分からない嬉しさを感じてしまう。

「……ムカつくぜ」
「!?」

その一言と、指先に込めた不満を同時にぶつけてやった。朝も叩いてやった額をバチン!と指で弾く。痛みに涙を浮かべて悶絶するトラファルガーを見て少しだけ憂さを晴らした。
昼ごろまでは今朝の宣言通りに泣かせる気でいたのに、体の怠さが抜けてくるともうどうでもよかった。

「まだ飯には早ェし、お前風呂洗ってこい」
「ッうー……こんだけ?」
「グーがよかったか?」
「滅相もございません」
「飯食い終わったら皿も洗えよ」
「それは勿論」

両手で額を押さえながら軽かった制裁にトラファルガーは胸を撫で下ろしたようだ。
額は赤くなっていたが暫くもすれば赤みも引くだろう。何故か嬉々として風呂場へと行ったトラファルガーの背を見送り、今もゆっくりと味の煮締まっていく肉じゃがの鍋を見る。


誰にも振る舞ったことのない肉じゃがの味は、はたしてあいつの好みに合うのかどうかと少しだけ気になった。




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初夜翌日の出来事でした。
自分で作って食べるだけで、キラーにも歴代の恋人にも振る舞ったことのないキッドの料理レパートリーは数々あります。

   

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