疑いも好きの現れ
 



「おやすみユースタス屋」
「…おう。おやすみ」

今日も変わらず、ローはキッドの部屋、キッドのベッドに入って寝るようだ。
恋人であるが、同棲はしていない。しかしアパートの隣の部屋に住んでいるし勝手に互いの部屋を出入り出来ている現状は同棲とほとんど変わらないような気さえするが。
広くないベッドに男2人とは窮屈そうではあるが、実際窮屈である。しかし慣れてしまえば気にならず触れ合える距離で共に眠る。
寝る挨拶をしてベッドに入るが、すぐに寝るとは限らない。悪戯な虫が騒ぎだすのは珍しいことではなかった。だが、ここ最近。その虫が随分長く大人しくしていることにキッドは気付き、その時には大したことには思っていなかったがどうにも大人しすぎる気がし

た。
キッドとて男だ。抱かれる側に落ち着いているが、それでいいと納得している。好きなもの同士体を重ねることは自然であり、欲求もある。ローは元は淡白な方だが、ことキッドのことに関しては別らしく本当は毎日したいのだとも自らで語っていた。
だがキッドにも翌日の都合というものがあるので少なくとも週2ほどで我慢している。それで欲求やストレスが溜まらないのか、とキッド聞けばローは意外にも『溜まらない』のだと言う。
勿論ムラムラはするが、曰く「ユースタス屋と居れればいい」らしく、ただこうして一緒に寝るだけ…いや、一緒にソファに座っているだけでも、食事をするだけでも満足するそうだ。

本当に性に淡白なのだろうか…?
だがそうは言っても週に2度は都合をつけていたし、時期的にキッドの仕事が忙しく一月近くセックスできない日が続いた時には流石に爆発したのだろう、衝動的な性の本性を見せられたこともあったと言うのに。
キッドはそんなことを考えながら、自分の肩にくっついて眠るローの寝顔を見る。
今、キッドもローも生活が忙しい訳ではない。先日はそれとなく誘ってみたがはぐらかされた様な気さえする。
考え過ぎだろうか、とキッドは溜息を殺して目を閉じた。



「今日も帰ンのか?」
「…ああ、レポートとかあるし」
「…ふーん…。」

おやすみ、と挨拶を残してローは窓からベランダ伝いに自分の部屋に帰って行った。
ローが自主的に、夜になれば自分の部屋に帰るようになって6日が過ぎた。
大学のレポートや、趣味の為に夜更かししたい時など自分の部屋に帰ることもあるが大抵2日3日で終わり、またキッドのベッドで寝る。
キッドが疲れてどうしても1人で寝たい時があっても、自宅に帰らずキッド部屋のソファで寝るような男が、だ。
いよいよ疑いが晴れなくなってきた。キッドは複雑そうに眉間に皺を寄せて一人ベッドに腰を下ろした。



「浮気してるかも、って?」
「…いや、浮気ってか…。別に、他に目が行くこともあんだろ…女の方がいいって思ったのかもしれねぇし」
「はぁ…」

毎度のようにお互いの都合がついた夜、キッドとキラーは気に入りの店で夕食を共にしていた。
誘ったのはキラーだったが、キッドも仕事後に用もなければローは帰りが遅い日だったので都合がよく今に至る。
腹も落ち着き喉も十分潤った頃、キラーは今日会ってから思っていたことをキッドに告げた。「浮かない顔をしてるな」幼い頃から共に過ごしたのだ。
それにキラーはキッドの些細な変化にも気が付けるような特別な思いを持っていた。今では、掛け替えのない友情として収まってはいるが。

「別れんならそれでいいんだけどよ…」
「キッド。そうと決まった訳じゃないんだ…それに、夜以外は普通なのだろう?」
「多分な…」

ここ一月感じていたことを多少言いにくそうに濁しながらキラーへ吐き出すことになったキッドは、幾ら一番仲のいい友人だからと言って、いや、一番の友人だからこそこういうことを話してしまったことを今更ながらに後悔していた。
抱かれなくなり不満だ、と言っているようなものなので非常に気恥ずかしく情けない気にもなってくる。
しかし、相談を受けた側であるキラーに、勿論偏見的な見方などなく、真面目に友人とその恋人のことを心配していた。
キッドのことだ、もし危惧している通り別れ話となってもあっさり別れてやるだろう。
キッド自身、付き合って2年近くなるというのにまだ男同士の恋愛に永遠なんて来ないのだと穿った考え方をしている。
キラーから見ても、ローがキッドを好いているのもキッドが今まで以上にローを好いているのも疑いようのないことだというのに。
友人のことながらじれったい、とキラーは考える。

「一言、どうしたんだと聞いてみればいいことなんじゃないのか?」
「…はぐらかされた時、どう反応すりゃいいんだよ」

すっかり沈んでしまったキッドは美味しいはずの酒の味もわからない舌で小さな音を鳴らした。



それからまた数日。話は思いがけないことろへ落ちるのだった。

「どこいったと思います?」
「…女の家とかか?」

シャチやペンギンまで知ることとなったキッドとローの微妙な雰囲気は、その日、ローの後を付けていったシャチの報告により困惑のさらに疑いのかかるものとなる。
因みにである。シャチとペンギンはここの所、ローの理不尽な不機嫌の当てつけにされ堪ったものではないと、キッドに何故ローの機嫌がこんなにも斜めになっているのかを聞きに来たことで2人も知ることになった。
キッドの話を聞いてもローの行動は不思議なものでしかなく、だからと言ってローの浮気の線も信じられず。
そんな思いから、シャチは偶然見かけたローには声を掛けずに後を付けていったのだ。
そこで行き着いた先には困惑を隠せなくなったが。

「「泌尿器科ァ?!」」
「はい。間違いなく泌尿器科…総合病院じゃなくてビルに入ってる泌尿器専門のとこだったんで間違いないっス、多分」
「…あ、や!ユースタスッ…そっちじゃなくて、きっと普通に…普通に膀胱炎とか…」
「そ、そうっスよ!考えてんのとはきっと違いますって……!!」
「……」

シャチがローを付けて行き着いた先、そこはその方では腕の良さが評判の泌尿器科だった。
告げたとたん、ペンギンとキッドの驚きの交じった声が重なるがいよいよ悪い方へと考えは傾く。
浮気を疑っていたところに泌尿器科。勿論、キッドとのセックスもリスクはあるが気を使ってないわけではないし、キッドはローと恋人になってから他と体を重ねたことは勿論ない。

「……悪い。ちょっと、今日は…」
「ユースタス…」
「キッドさん…」

ぐるぐるとキッドの頭に浮かんでは靄となり重くなっていく。一人で考えたいと遠回しにシャチとペンギンへ帰宅を促しキッドは手で顔を覆った。
暗に放っておいてほしいと言われているのはわかるが、放っておけるわけもなくおろおろするばかりのシャチとペンギンはいい慰めも思いつかないでいる。

「ただい……?なんだ、お前らいたのか」
「「ロー!」」
「…!」
「?なんだ、いったい……ユースタス、屋…?」

カラリと窓が開き、ローがひょこりと入って来た。帰ってきたのだろうが、普段なら共同廊下を歩く音で人の気配がわかるのに外を気にする余裕もなかった3人には今このタイミングで帰ってきたローに驚くばかりだ。
幽霊でも見たかのような反応をする友人2人と恋人にローは怪訝な顔をするも、キッドの表情を見るなりローも驚きの表情になる。
キッドが泣きそうな顔をしているのだ。

「な…どうした、ユースタス屋?」

何故、友人2人と居るキッドが泣きそうなのか見当もつかず動揺するローはキッドの傍に膝を突く。
まさかシャチとペンギンに泣かされるようなキッドではないし、だとすれば原因があってそれを慰めていたのだとすれば…自分には相談もなく、友人2人を頼ったのは何故…、とローは考えを巡らせつつシャチとペンギンを睨む。
幼い頃からの付き合いの所為か、ローが八つ当たりをするのはこの2人だ。
しかし、今回のことはローに一番の原因があると思っている2人はこれ以上の八つ当たりを甘んじる訳もなかった。

「なんでコッチ睨むんだよ!お前の所為だろロー!」
「シャチ…!」
「なんだと…おれが何をしたって?」

カチン、と頭に血を登らせたシャチが頭ごなしにローに噛みつき、ペンギンもローの理不尽さに呆れながらもシャチを諌める。
自分に責が飛ぶと思っていなかったローはシャチの言い方が気に食わずあからさまな不機嫌顔をした。

「何もしねェのが問題なんだろうが!!」
「言ってることがわからねェな」
「落ち着け2人とも!ユースタスも困るだろっ」
「ペンギン!お人好しなんかロー相手にはする必要ないだろ!!」
「お人好しじゃない!なんにしても説明が先だろ…お前が怒ってどうすんだッ」
「怒って当然だろうが!もーいっつも八つ当たりされて腹が立たねぇわけないだろ!?


「おい、誰が八つ当たりだって?」
「「お前がおれ(達)にだよ!!!」」

喧しく言い争う3人にキッドは溜息を零した。よっぽどローに八つ当たりをされたのだろう。キッド相手にはしないので、3人のやり取りやシャチとペンギンの愚痴からしか垣間見えないが、ローの八つ当たりは言葉だけだが内容が陰湿でとても腹立たしいのだという。慣れてはいる、と言う2人も鬱憤は溜まるのだろう。
ローなりに2人に甘えているからこそ遠慮のない八つ当たりなのだろうが…。

「ここ一ヶ月ちょい、キッドさんを淋しくさせてただろ!」
「…はぁ?」
「自覚ないのか?」
「シャチぃ…ペンギンー…」

鬱憤ばかりを吐き出していたと思っていた会話の中、聞こえてた自分の名前と少しばかりあからさまな言葉にキッドは頭を抱えた。
友人らに筒抜けの性生活有無が恥ずかしくないわけがない。ましてや本人たちが揃ったこの場でとは罰ゲームの領域だ。

「泌尿器科まで行って、何がどうなってんだ?!」
「ッ…な、お前!…ストーカーみたいなことするんじゃねェ!」
「ロー、お前がなにするのも勝ってだけどさ、おれ達キッドさんのことも心配なんだぞ?

お前の恋人ってだけじゃなくて友達だしさ…」
「ペン…、あー、もう……。」
「なんだよ、言い訳か!?」
「シャチ、頭に血が上りすぎだって…少し落ちつけよ」
「そうだ。落ち着けシャチ」
「や、アンタが言うなよ……原因。おれ達ちゃんと話してくれねぇと納得しねぇぞ?」

肩を怒らせたシャチの尋問にローはあからさまにギクリと顔を引き攣らせた。普段ならどんな不利な状況でも勤めて冷静な顔をするはずのローが顔を崩したのだ。ペンギンもシャチもそんなローに気が付き、もしかしたらこれは最悪なパターンではないのだと勘付き、一変して頭も冷えてくる。

「ああ…。だが、今日は…。ユースタス屋に先に話すから、お前ら帰れ」
「…ったく、もー。人に頼むのもそれかよッ」
「今に始まったことじゃないだろ…いちいち怒るなよ。疲れるだけだぞ?」
「お前が一番酷い気がするなペンギン」
「一番酷いのはローだぜ、最初っから」
「そーそー。ったく…笑い話になったら最高なのになァ」
「……笑い話、してやるよ、後でな」
「「は?」」
「そんときゃ1分だけ、笑いたいだけ笑わせといてやるよ」

あっと言う間についた話の末、2人が帰って行ったドアがバタンと閉まり部屋の中に2人の静かな間が落ちる。

「ユースタス屋」
「…なんだよ」

気を取り直したローが、いろいろなショックから抜け出せないキッドの傍に寄り声をかけた。だがキッドは顔を俯かせたままでいる。
ローはカリカリと頭を掻くと、一つ咳払いをした。

「あのさ…淋しく、させたみたいで悪かった」
「ッ……」
「…男だからさ、ユースタス屋も経験あるかもしれねぇけど」
「ねぇよ!」
「そっちの意味じゃねぇ!浮気もしてないし、だから病気とかも……あのなァ…そんな疑われるとかおれ思ってもなかったぞ」

喧嘩や言い合いをしたいのではない、キッド頬を両手でそっと掴むとローは目を合わせた。
ローはどことなく困り顔と恥を交えた表情をさせていてキッドは首をかしげさせた。

「グロいかもしんねぇけど…これでもマシになった方だからさ…」
「あ?なに…」

ローは少し項垂れながらズボンのボタンを外すと慎重にファスナーを下げて、下着をずり下げた。

「……なんだこりゃ?」
「まだちょっと汁が出るし、擦っていてェからこうするしかねぇんだよ…」
「うわ。なんでこんなことになってんだ?」

恋人だからとて自分の性器を晒すことに抵抗がないわけではなかったし、まじまじと見るのにも普通は抵抗がある。
しかし、今日は訳が違った。2人して性器をまじまじと観察することしばし…。
先ず、ローが下着まで下げて晒した性器の先にはガーゼが被っていた。医療ガーゼとテープを取れば、キッドも顔をしかめて色気のない声を出すほどの裂傷が目に飛び込んでくる。
通常時の性器の亀頭から、幹の3cm程に渡り痛々しい歪な傷が出来ていた。察するに…。

「噛ませたのか…」
「もうすっげー痛くってさ…痛いっての通り越して火が着いたのかと思ったくらいだ。血は出るし、小便は沁みるし…」

一月と少し前。ローはバイト先のトイレで用をたした。トイレに立つことに何を考える訳でもなくいつも通りに立ち回っていたのだがその日。
すっきりしたところで寛げていた前を閉じ、ファスナーを引き上げた時だった。
なんの障害もないと疑っていなかったローは思い切りファスナーを滑らせた。が、やってしまったのだ。下着の布をたまに引っかけてしまうこともあったが、それではすまなかった、下着もろとも、性器の皮ごとファスナーに噛ませてしまい痛烈な痛みに襲われた


思わず出たローの痛みに呻く声に、バイト仲間や雇い主まで飛んできてその場に集ったのは男ばかりであったが、そのために全員が股間を竦ませることとなった。
男故に痛みも共感できる。薄皮だけの被害に留めた過去を持つ者もいた。
全員一丸となった気持ちの元、ローは腕の立つ病院を紹介され担ぎ込まれたのだった。
しかし、如何せん格好がつかない。これに尽きたのだ。
その日の出来事はキッドに語られることはなく、レポートを理由に早々に自分の部屋に引っこんだ。
その後、痛みと戦いながらもキッドと一緒に過ごしたいので何食わぬ顔でいつも通りにしていたが、勿論セックスができる訳もなく。
ローもセックスばかりがしたいわけではないのである程度なら平常でいられるが、出来ない日が続けばやはり苦しくなる。そんな状態でキッドと同じベッドで過ごすことは生殺しもいいところだった。
それでも、いろいろと我慢し、蒸れやすく治りにくい部位がようやく傷も乾き、痛みも引いてきた程度になったのだ。

「あー…これじゃ勃起も躊躇うな」
「一回、2週間くらい前に勃起しかけて大変だったんだぞ…」
「な、なんだよ…」
「ユースタス屋が誘ってくれた晩だぜ?もー嬉しいのにイテェし冷や汗でるし…」
「あ、あー、悪い…」
「ま、言わなかったおれが悪いんだろうけどな…」

ローは元の通りに下肢を戻してキッドの瞼にキスを落とした。キッドも抵抗せずに受けるが困ったように笑う。キスを返そうにも躊躇いがあった。

「何しても火が着きそうだな」
「完治にはまだ掛るしな…自分を抑えるのも辛い…」

嘆くローにキッドは労わる様に頬を撫でる。馬鹿馬鹿しい騒動はこうして幕を閉じたのだった。



後日。

「うわァ…洒落になんねぇ…つか笑い話にならねぇよ痛すぎだろォ…」
「お前よく我慢できたな…あんだけの八つ当たりで済んでたの奇跡なんじゃないか?」
「不能にならなくてよかったな」

ローなりのお詫びと言う形で、笑い話の種として顛末はシャチとペンギン、キラーへと語られた。
ローなりに「チンコの皮剪めたせいでエッチ出来ませでした、笑たけりゃ笑え」と自虐的な語りではあったが、どうらや同情を駆るだけに終わったらしい。
因みにキッドは気恥ずかしさもあるので今回は同席していなかった。

「でも、…なんつーか…よかったな」
「ん?」
「キッドさんのことだって」
「ああ…」
「気にしてたもんな」
「ちゃんと好かれてるな、お前」
「浮気を疑われたけどな…」
「好きだからこそだろ?」
「…ユースタス屋がいねェからってあんまからかうなよ…特にキラー屋、今になって面白がってんだろ」
「キッドに自覚がないのがじれったくてな」

やっぱり来なくて正解だったなユースタス屋、と、きっとこの場にキッドがいてもからかっていただろうキラーを見ながらローは思うのだった。


完治まで順調にいけば1週間くらいだろうか。
待ち遠しいのはローだけではない。
そう、締めくくっておこう。








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昔あった浮気調査番組を元に。
妻(彼女)はセックスレスと夫の行動に浮気を疑い調査。しかし夫は今回のローのようなことにっていて病院通い(恥ずかしいので妻には内緒で)してました。

ローの災難話でした。

   

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