平均体温を上回る
 



「はっくしゅ!」


ずず、と鼻をすするトラファルガーに箱ごとティッシュを渡す。小学生のガキみたいにシャツの襟首を引っ張り今にも鼻に当てがおうとしていたのを寸でで阻止できた。

「ん」
「風邪か?」
「ん〜…わっかんねぇ。とにかく昨夜、寝る前からくしゃみが……っくし!とまんねぇ」

ティッシュを数枚引き抜き鼻をぐしぐしと拭う様子は、なんとなく普段からすれば調子が悪そうに見えなくも、ないような…気が、する。普段からテンションが高い訳じゃないからなかなか差がわからないが、鼻声であることは違いなかった。

「熱はー…わかんねぇな。ちょっと計れよ」
「んん」

鼻水が出るのかしきりに鼻を気にするトラファルガーの額と首に触れてみたがいまいち分からなかった。手っ取り早く体温計を渡してやり、体調が悪そうだが食うか食わないか取り敢えず朝食を並べてやる。
体温を計りながらパンを手に取りもそもそと食い出すのを見ていると些か煩しいとも思える電子音が鳴った。

「36.8℃か…」
「……おおー。珍しいな」
「珍しい?」

表示を確認すると微熱程度のものだった。風邪の引き始めだろうと検討をつけながら、常備薬の風邪薬をトラファルガーに渡す。

「俺、平熱35.7℃とかなんだよな。36℃あったら調子がいいカンジ」
「……は?」
「ん?」

平熱が35.7℃…大体、36.4℃前後が平熱の一般的な体温だと認識してたから、36.8℃と言えば微熱程度の事だろうと思う…が、それならトラファルガーにとっちゃ、しっかり発熱してるってことか?

「わり、飯残した」
「ああ…」

朝食を半分も食わずに薬を飲み、トラファルガーが立ち上がる。

「…大丈夫か?」
「へーき、へーき」

見た目には普段とあまり変わらずではあるが平熱との差を考えると心配にはなった。

「じゃあいってきま……へっくし!」
「気をつ、」

ガゴンッ!
突然、声に被さる音と目の前の珍事。

「ッつー……」
「だ、大丈夫か!?」

出掛けの挨拶とともにくしゃみをしたトラファルガーは、その勢いでなんと玄関のドアに頭突きをかました。
しかも丁度よく、なだらかではあるが凸になってる角に額を打ち付けたらしく、余りの痛さにだろう思わず蹲り頭を抱えていた。

「ってー…」
「おわ…赤くなってんな…大丈夫か?顔上げてちゃんと見せてみろ」
「う"ー、ちょ、ま…っくし!クシュン!ィテテテテ…ッ」

くしゃみの振動が打ち付けた箇所に響くのだろう、鼻を啜りながら顔をしかめるトラファルガーに苦笑が漏れた。

「…踏んだり蹴ったりだな」

***


面倒だからここで寝てろ。
そう言って、大学を休ませたトラファルガーを自分のベッドに寝かせてから暫くが経った。
俺も、丁度仕事が休みだったからまぁタイミングはよかったと思う事にする。
朝、打ち付けたトラファルガーの額は腫れと赤みが出たが、一時の事だろうと湿布を貼り付けている。
トラファルガーは湿布の匂いで鼻の通りも少しはいいのか、寝入る前はくしゃみを連発していたが直ぐに大人しくなり、今は大分深く眠っている様だ。

「汗出てんな…」

額と首に触れると冷たい汗に濡れていた。それを拭ってやりながら肌に触れてみても高熱だとは感じないが、元から体温の低い身体にはキツく感じる程に熱が出ているんだろう。



「……、だりぃ」
「起きたのか?」

昼が回った頃、トラファルガーが目を覚ました。寝ていたことと熱の所為であろう身体の怠さを感じているらしい。

「良く寝たな。もう昼だぜ」
「んー、なんか、頭はスッキリしてんな」

朝はぼーっとしていたらしが、普段からお前はぼーっとして見える…とは今は言わないでいてやろう。

「病院行くか?」
「いや…平気だ。多分」
「冷えないうちに汗拭け。着替えも」
「ん…うへ、すげぇ汗だ」

背中にシャツが張り付いていたのか不快感に眉を寄せながらそれを脱ぎ汗を拭く。
着替えには俺のシャツを放ってやるとトラファルガーはそれをまじまじと見た。

「これ、ユースタスの…」
「お前の取りに行くのが面倒で…文句あるか?」
「いや、いや。ぜーんぜん」

へらりと笑い、いそいそと袖を通すと襟首を鼻先に引っ張る。
首周りが伸びるから止めろと注意しても、何が嬉しいのか相変わらずへらへらしてるからそれ以上なんとも言えない。

「はぁ…取り敢えず熱計れ。それと飯は?味噌粥作ってあるけど」
「食べる。…喉、渇いたな」

体温計を脇に挟みながらトラファルガーはベッドから出てソファへと腰を下ろした。
起きるな、と注意したところで聞きやしないだろうから好きにさせておく。

「水でいいか?」
「うん。お、体温計鳴った」
「…37.1℃か…身体が怠い以外にどうもねぇ?」
「どーもねぇな…むしろ走り出してぇくらいだ。じっとしてんのがなんか嫌だな」
「お前それ…」

熱で完全に変なスイッチが入ってる。
走るのは止めておけと苦笑しながら釘を刺し、温め直した粥をさっさと食わせて薬を飲まし、再び寝かせることにする。
朝とは違いぱくぱくと調子良く食う姿に逆に心配になるのは、目に見えてトラファルガーのテンションが高いからだろう。

「あんまかっ込むな」
「すげぇ美味いし、腹も減ってんだよ…おかわりしたい」
「…はぁ」

2杯目の粥も食べ終えて薬を飲んだトラファルガーの、ついでに額の湿布も貼り替えてやる。
赤みも腫れも引いていて大丈夫そうだった。だから、このテンションの高さは頭を打ち付けた為のショックではなく、本当に熱の所為だろう。

「ほら、また大人しく寝てろ」
「眠くねぇよ」
「お前…いつでもごろごろしてんだろ。ベッドに行けベッドに」

ソファでぐだっているトラファルガーを半ば強制的にベッドに押しやると拗ねた顔で見上げてくる。
けして可愛くはない。
可愛くはないが、それでも少し罪悪感が湧くのはもう仕方のない感情があるからだ。

「ユースタス屋」
「…なんだよ。ベポでも持ってくるか?」
「いや…ベポはいい」

掴まれた手首を引っ張られ、仕方なくベッドに腰掛ける。
人恋しくなるってのはわからなくもない。
だがこれはちょっと…マズい気もする。

「ユースタス屋…」
「な、んだよ」

トラファルガーの腕がきゅっと腰に絡み付き、背中側の脇腹に擦り寄られた。

「…甘えてねぇで寝ろって。別にどこも行かねぇんだし」
「眠くねぇんだって…」

腹部に回る手が腹を擦り背後で動くトラファルガーは服越しに背中にキスをしているようだ。

「トラファルガー、」
「キッド…」

上ずり熱の籠ったトラファルガーの声にいよいよ焦る。
止めさせようと手を掴み、後ろに身体を捻ると伸び上がったトラファルガーの顔が目の前にあった。しまったと思った時には潤む目と目が合い唇が触れる。

「っ…ん、う…この!てめ…っ」

顔を背け、尚も迫って来る顔面を手で押し退けた。潤み赤みを帯びた目を見ない様にしながら身動ぐも、のしかかってくる身体は重い。

「感染るだろうがっ」
「気にすんなよ」
「気にしろ!うわっ」

ベッドに倒され覆い被さってくるトラファルガーを、普段なら構わず殴り飛ばしもするだろうが今日はそれも躊躇う。
と、言うよりもこうしてこいつが強引に被さって来る事は初めてで、どうしたらいいのかわからない。

「あ、っ…マジでやめろ、トラファルガー」
「なんで」

シャツの裾から手が入り込み、いつもより温い手が素肌を撫でる。首筋に顔を埋めたトラファルガーは唇をそこに押し当ててきて、浅い呼吸がくすぐったい。
服越しに太股に擦り付けられるそれは、もう勃っているらしく余計に悩まされた。
放って置くと苦しく辛くなることは身を持って知っている。知っているが…。

「落ち着けって…お前、熱が」
「もう大丈夫だ…飯食ったし薬飲んだし、汗かきゃ治る」
「汗っておまえなァ…!うあっ!?」

脇腹をなぞるように滑る手に服の裾を胸の上まで捲られ、熱い舌がその胸を這う。
いつもの合意を取り、ゆっくりと進む情交とは違い、性急でねっとりした愛撫に身体が大袈裟に跳ねた。
顔にカァッと熱が集まってくるのが分かり思わず唇を噛む。

「ぅ、く…」
「はぁ…はぁ、キッド…さわ、って…」

わざとなのか、音を鳴らして胸を貪るトラファルガーが俺の手を掴み未だしっかり服を着ている下肢へ誘う。

「っ…わかった、抜いてやるから…それで我慢、しろ」「ん、早く…」

腰を手に押し付けながらもどかしげに唸るトラファルガーが、仕切りにキスも求めてくるのでそれに応じながらそろりと下肢の膨らみを撫でてやる。
嬉しそうに揺れる腰に、意を決してスウェットと下着のゴムを潜り手を突っ込む。
下着の中は随分多湿で熱い。その中のトラファルガー自身に指が触れた。
竿を滑り先端に辿り着くと指先に滑りが残る。それを広げる様に先から括れを擦り全体を掌全部で包み込む。

「う、ぅ…!ッふ…ふーっふーっ」
「…、…ロー」

上半身を起こしているのが辛くなったのか、完全に前のめりになり俺の首筋や胸元に顔を埋めて、浅くなる息を無理に落ち着かせようとしているのか深く、荒い呼吸を繰り返す。
おかげで胸元や首筋がトラファルガーの汗や涎で濡れ、自身を擦る手はふやけそうだ。

「あっ、は…はぁっ…ん、んっく…」
「はぁ…は……大丈夫か?」

開いた手は汗で湿った背中を撫でて擦りながら、とにかく溜まった熱を解消すべく手を動かした。
搾る様に強めに握りながら引っ張るように擦ると震える腰とトラファルガーの喘ぎの混じる声が漏れる。

「キッ…、あ、うっ…ンン!」
「……はぁー…」ぎゅう、と身体を竦めすがりついてくるのと同じくして、下着の中と手に熱いそれが溢れた。
べったりと手に纏わりつく感触は何とも言えないが、残滓を搾り出してやってから手を引き抜く。

「フー、ふー…」
「…落ち着いたか?」

背中をトントン叩きながら聞くと呼吸は落ち着いて来た。
あとは早く退けて欲しいかった。手も洗いたければ、汗と体液に塗れた服も互いに換えなければ汗が冷えて風邪を悪化させ兼ねない。何よりも、乗っかられていると重くて息苦しい。

「…お前は…?」
「あ?」
「キッドは、これ…どうすんの?」
「ッ…いい、おれはいいからっ」
「よくねェよ」

煽られた所為でしっかり反応していた自身をトラファルガーに擦られて息を呑む。

「ローやめろ…看病しねぇぞてめぇッ」
「もう治るから看病はいらねェな…」

再び口を塞がれ、未だ知らなかった強引さに流される。
口腔を這う舌に自らの舌を絡めながら結局はしたい様にさせてしまう自分の甘さに少し呆れてみるのだった。







「う"ー…ゴホッゴホッ!」
「…自業自得だろ」
「ユ"ースタ"ス屋"ァ"…」
「しらねェよバァーカ」

その日の夜。情事後、汗もそのままに暫く甘ったるい時間を過ごしたせいか、案の定トラファルガーは風邪を悪化させた。
鼻水を垂らし酷い声のトラファルガーに悪態を吐き付け、冷えピタを勢いよく貼り付けてやる。
朝打ち付けた額も多少痛んだのか更に呻くトラファルガーをいい気味だと思いながら、会社のシフト表を眺めた。





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トラファルガーの風邪引きネタでした。



熱がちょっと上がって平行線の時はなんかわくわくしたり走りたくなったりしますよね。
その後、高確率で悪化していくんですけれども。

隣りのキッドさんは思ってる以上に人がいいので意外に流され易いタイプです。
本人はトラファルガー限定、とか言ってるけどキラーとローはちょっと苦笑を洩らしてます。

   

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