お花・しろくま
 



隣りにのキッドさん。寒さが嫌いなので直ぐ火の傍(ストーブやヒーター)に行くんですが。あと薬缶沸かす間はコンロの傍から離れなかったりと。
そんなことしてるので、たまぁに彼にはしては珍しいおバカな失敗とかするのではないでしょうか。溶けやすい素材の服を溶かして表面ペカペカにさせたり、ニットなんかすぐ燃えて穴にしちゃったり。

「わっ」会社の給湯室(簡易キッチン?)にて。キッドさんがやらかしました。ボケーっとしながらお湯沸かしてたら換気扇の留め具がおかしいことに気づき、その長身から苦も無くちょっと伸びあがって留め具を直します。が、コンロは勿論お湯沸かすために火がついているのですがキッドさんはそれを忘れてお腹をコンロに近づけちゃったので撓んだニットのカーディガンのお腹の部分が少しだけ焼けて穴が開いてしまいました。
「ん?」ふと鼻についた匂いにもう一度すん、と鼻を効かせると焦げ臭いにおいが。あれ?とあちこち見回すと自分の服に穴が!!「げ。」と顔を顰めます。やっちゃった…。
コーヒー淹れてデスクに戻ってくるとキッドの部署の紅一点。女性社員が「ん?」とキッドを見ます。
女性「なんか焦げ臭くないです?いま一瞬鼻に…」
「あー。これ…焦がしたんだよ」
女性「ありゃあ。穴あきですね」
キッドがこれ見よがしに開いた穴に内側から指を通して見せます。なるほど、と頷く女性社員。
パパ「あ!ほんとだ焦げ臭いッ(笑)」
父「キッドくんが匂いを連れて歩いてるねぇ(笑)」
キッドが通ってからしばらくすると空気の流れでほんのり焦げ臭さが2児の子持ちパパ(35)、中・高・大の娘持ち父(53)の鼻にも届きます。
「あーあ…今年買ったばっかなのに…」
キッドさんの着るこのカーディガン。職場用の防寒服として置いてるものですが今年新調したものでした。1ヵ月ちょっとでこれかよ…とちょっとガッカリ。
父「見たところ小さな破けだけど捨てるのかい?」
「あー…でも、見苦しくねぇっすか?外に着てくわけじゃねェけど…」
女性「うーん。まぁ虫食いか、よく見れば焦げてるなぁってのはわかります(笑)」
パパ「ワッペンとかアップリケでもつけてみたらどう?」
「えー?つかどうやって?」
パパ「うちの子も奥さんが鞄とかにつけてあげてるけどアイロンでするみたいだよ?」
女性「いまそう言うのいっぱいありますよねぇ。名前いれてあげたりとか」
「へー…」
パパ「手芸屋さんとか…あ、ほら近くに大きな手芸屋さんあるし。行ってみたら」

とか、半分茶化す様にアドバイスをもらったキッド。
パパ「アップリケって言ったら花子さん思い出しますよね」
父「ああ、子供が見てたなァ」
女性「闇の世界に〜って奴ですよね。結構トラウマな話もあったりして…」
パパ「キッドくんもチューリップとか…あは、でも男の子には可愛いすぎるね」
女性「ユースタスさんにはドクロとかバラみたいな感じですかね?ロック?…パンク?」
父「あはは。どんなのか楽しみだねえ」
「みんな面白がってんじゃないっすか…」
なんて言われたりして。結構会社ではイジられる方のキッドさんでした。

そんな日の帰り。こんなキッドさんですがノリは良い人です。ああ言われたからにはアップリケだろうがなんだろうがつけて見るのも一興かもと手芸屋に立ち寄りました。
手芸屋なんていつも前を通るばかりで、店先に出るはぎれのワゴンセールくらいしかまともに見たことなかったけど。
ボタンもいろんなのがあるんだなーと眺めつつ、ワッペンコーナーはすぐに見つかりました。が、恐ろしく種類が豊富です。
「…うーん」新幹線などの乗り物や動物、果物、はやりのアニメキャラクターなどの刺繍やフェルト素材の物が見られます。
ウケを狙っていくか無難に行くか…考えものです。無難どころに言えば星などを、穴の開いた1ヶ所につけると不自然なので複数個あしらえておけばいいのでは……。
うんうんと頭を悩ませつつ、でもなんだかいろいろ見てみるのにも夢中になってきました。割とリアルな動物刺繍もあるし、それこそバラやドクロ、エンブレムなんかも…。
「足跡…」動物の足跡。猫の肉球に惹かれつつ…あ。
「……」
果たしてキッドは半時間強の時間を費やしいったい何を選んだのでしょうか。


「…っし。んなもんか?」
ニット素材にアイロンは注意が必要ですが、一応手芸屋の人にやり方を聞いて挑戦してみました。穴あき補修の用途なので、これで失敗してもダメ元って感じです。
が、上手くいきました。
お腹(盲腸あたり)の穴。指を突っ込んだりしたので1.5cmほどに穴が広がってしまっていましたが塞げました。キッドさんが選んだのは、とてもわかりやすいお花でした。穴をふさぐ大き目の花、その近くにもう2つ小さなお花を。なんか可愛い事になりましたが良しとしましょう。
今の時点でキッドにはキッドの穴あきニットのことはどうでもいいことになっていました。
いや、手芸屋でそれを見つけた時から。
キッドは一人、ぷークスクスと笑いながら作業を続けるのでした。

「ただいま」「おう、おかえり…お前鼻の頭真っ赤だな」「流石に今日は冷えるしな…先に風呂入ってくる」「ん」
流石のローも寒そうにしながら帰ってきました。最初から自分の部屋に帰って…なんて無粋なことはもう言わないし考えないキッド。ローが自分の部屋に帰る前に、キッドの部屋に「ただいま」を言いに帰ってくるのはもう普通のことです。再びキッドの部屋を出て自分の部屋に帰りつくロー。部屋の明かりもつけず、風呂場に直行し体を温めました。少しでも早くキッドの所に行くために。

今日はササミとチーズのフライにキャベツのサラダ、豚汁、付け合せになます、ローの母が送ってきた炊き込みご飯の元で炊き上げた山菜ごはんです。キッドは炊き上がったばかりのご飯を我慢できずにほんの小さなおにぎりにして味見ました。うん、美味しい。
ガチャン!ダ、ダ、ダ、ダッ、ガチャッ!
騒々しい音にキッドは玄関を見ました。こんな季節にパンツ一丁だけのローが髪の毛もまだ多分に水分を含ませたままに駆け込んできました。
「バッカ!おまえなんつー格好してんだよッ風邪ひくぞ!?」
「ユースタス屋!!おれのパンツにシロクマがいるぞッ!?」
2人の声が重なりました。

「っくし!」
「…あんな格好でうろつくからだろうが…」
風呂上りそうそうにすっかり体を冷やしたロー。すぐ傍の部屋に追い返すのも躊躇うほど寒い日なのです。キッドはパン一のローを部屋に入れ、自分の部屋着を宛がい濡れた頭を多少乱暴に拭いてやりました。
「だっておれのパンツにシロクマが…ユースタス屋がやったのか?」
未だ、ここに駆け込んだままの恰好でソファに座るロー。背後からキッドがわしわしと頭を拭いてくれています。そんなローの穿くボクサーパンツの左側の裾に親指程度のアップリケが。
ローがお風呂上りにパンツに足を通すと、なんだかいつもは感じないペコペコした感触が。なんだ?とそこを見ると、シロクマを象ったアップリケが。「え」と思ったロー。しかしこんなものは最初からついていなかったし、それならばもうキッドくらいしか…と、思ったらいても立ってもいられずついついそのまま突撃をかましてしまいました。
ローは頓着がないので着替えは一番上に有る物から取っていきます。
なので今日あしらえたものを今日着せることについてはなんの小細工も要らず仕向けられました。
「これどうしたんだ?」
「んー、いや…カーディガン穴開けっちまって…」
取りあえず今日の出来事から話すキッド。アップリケを買いに行くきっかけを聞いて「なるほどな」と相槌を打つローですが。
「いろいろ見てたらよォ、それ(シロクマ)見つけて。なんかついでにお前にもつけてやろうかと思ってさ」
「なんでパンツ?」
「黙って服に付けんのもなぁって…、パンツならおれしか見ねぇから平気だろ?」
「………ああ、まぁ確かにユースタス屋しか…見ねぇけど……」
「…?なに赤くなってんだ?」
「……いや、べつに…」
「ああ?」
確かに、キッドしか見ませんけど。サラッとなんかとても心打たれることを言われるような気もします。あんなに「女に目移りしたらそっちに行っても構わない」…とかそんなこと言ってたキッドが、今は「自分しか」なんてことを言っている。ローには結構重大な言葉でした。
「なんかデフォルメされたアニメチックなシロクマとかあったんだけどよ。結構でかかったんだよ。最悪尻に貼っつけるような」
「…それはさすがに穿く気にはなれねぇけど…これは気に入ったぜ。他にねぇのかな…」
「どっかつけんのか?」
「鞄とか、ユースタス屋のパンツとか」
「おれのパンツにゃしなくていい…つーかすんなよな」
「…で、ユースタス屋のはどうなったんだ?」
「おい、すんなっつったらすんなよ?おれのは、あれ」
話を逸らしたローに顔を顰めながらキッドはハンガーに吊るしたカーディガンを指します。
「あれ?…お花だな」
「お花だ。迷い過ぎてどうでもよくなった」
「悪くねぇけど無難っちゃ無難だな…。…あれだ、なんか雑貨屋とかの」
「あー…けどよ、胸元にワンポイントならともかく、あの位置につけるとなにつけても雑貨屋クオリティになるぞ?」
「それもそうだな…ならその、アニメチックなシロクマにすりゃよかったのに」
「あれだってお前…こんなでかいんだぞ?しかもあの位置に」
両手の人差し指親指を繋げて○を作ってみせるキッドにローは「だからいいんじゃねぇか」と笑った。
「ユースタス屋のエプロン無地だしさ、今度そっちにもなんかつけようぜ」
「幼稚園保育園のセンセーじゃねぇんだぞ」
「あ、あの『ゆーれい縛りアップリケ』みたいな…チューリップの奴つけたり」
「それ会社でも言ってたぜ…」
としばらく2人の間に密かにアップリケブームが到来しました、とさ。

キッドはそれから勿論仕事場でカーディガンを着ています。
同じ部署の3人はもっと奇抜なのを期待してたので「無難に、しかも可愛い方に逃げたー」と言いますが、ちょいと強面のお兄さんがお花のついたカーディガン着てて、他の部署の女性社員やバイトさんたちはきゅんとしてしまう人がいるかもしれませんね。
バイト女「お花、ですね」「あ?ああ…いいだろ?」バイト女「ふふ、かわいいです」「はは、サンキュー」みたいなキッドさん。
こんな返しされたら好きですぅうう!って告白したくなりますが、したところで「あー、ごめんな。恋人いるんだ」って困った顔で笑いながらお断りするキッド。そりゃそうですよね!ってなるよね、いないはずないわって思えるわ。キッドさんの幸せが爆発して花吹雪舞えばいいよ。

キッドさん、皆さんは隣にのキッドさんはどんなイメージを持っているのかわかりませんが、これでいてお茶目さんです。冗談とかも好き。
せっせとローのパンツにアイロンかけるキッドさんのくふくふと含み笑いするところをいろんな角度から見ていたい。
いや、まずローの部屋行ってパンツ持ってきて、パンツをまた置きに行くところまでの一部始終を見たい。


 

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