「おれと恋をしてみねぇか?」 越えられない壁とは良く言ったもので、正にそう。住んでいる世界が違うのだ。 フルボイスと言えどそれはお決まりの台詞。名前も呼ばれなければ呼べやしない。 それでも幸せな時間だとおれも-----も、思ってる。 大きく明る過ぎるくらいのBGMも音声もイヤホンを流れてお前の耳に薄暗い部屋に煌々と光を溢れさせるディスプレイ。 お前の向かい合うその画面の中におれと言う存在がある。 -よう、キッド。明日の学園際の…- 『よう、明日の学園際の…』 画面上の字幕にはお前が決めたお前の名前が貼り付けられているのに、おれを演じたこの声はお前の名を呼んじゃくれねぇ。焦れったい。 お前だって焦れったい思いを膨らませている筈だ。おれは、画面越しちゃんとお前を見てる。少し驚いたが画面上のお前と言うより画面の外のお前に、プログラミングされた気持ちではない。お前の選択や駆け引きで操作されたのではない。 おかしなことに恋慕を抱く様になった。 -キッド…手を繋いでもいいか?- 「なぁ…手を、繋いでもいい、か?」 声の役者は少しだけ感情を込め過ぎな気もするが、あぁ…でも、本当に手を繋ぐ事が出来るならば緊張や嬉しさでこんな風に浮足だった声音になるのだろうか。 シナリオは佳境。年齢制限の付いたこのゲームはおれを含めた様々なキャラとフラグや分岐の度に際どい描写がある。何度も襲おうとし襲われそうになったお前。 そう言えば、ゲーム内の三日前は抜き合いをしたよな。 お前も画面の外で静かに手を指を濡らしてた。知ってるさ…おれには画面内のグラフィックよりもお前をちゃんと見てるんだ。…ただ、感じられねぇのさ。お前の手のひらの熱さも、声も、ちゃんとした名前すらおれは、……知らない。 -キッド。おれはこうしてお前と居れることが嬉しい。お前の笑顔は- 「おれを和ませる。好きだ――今さらかもしれない。でも言いたいと思ったんだ。…おれがお前に意地悪ばかりをする理由…もうわかってんだろ?」 意地悪くも優しく笑ったおれはお前を抱きよせてキスをした。グラフィックスタッフが力を入れた差分ムービーやBGM。 まるで映画のように盛り上がりを見せる最終日もいつのまにかEDへ。おれたちの思い出を乗せたエンドロール。 けれどこの後のおまけ後日談がおれは後は忘れられていく存在なのだと知っている。 おれを攻略したら他のキャラに手を出すのかもしれない。 そしたらおれはたまに出て来て意地悪くちょっかいを出すだけだ。あぁ…そんなの、許せねぇな。 それとも、1ヵ月近く入れっぱなしだったプレイヤーから出されて、そこらに積み重なるソフトの一枚になるのか。 許せ、ねぇな…… 「…ッ…アァ!?」 「……ふふ…よォ、キッド」 昨日キャラ攻略したゲームは最近のイチオシだった。先ずキャラデザインも声もキャラ立ちも好みだったし、ストーリーも分岐も楽しめた。 どうしようか2周目…新ゲームもあるし、と…日課であるPCの画面をつけておれは驚くことになるのだ。 ウイルスにしてはなんてハイテク。ガジェットにしてもなんか違う。そもそもダウンロードした覚えもなければ、攻略の褒美だとしてもこんな…名前、まで……? 「あぁ…そう言う声をしていたのか」 「っ!?」 「驚いたか?まぁ…そうだな。おれも、驚いてる」 「と、トラファルガー・ロー……?」 「そうだ…初めまして。お前の名前を…聞かせてくれよ」 昨日まで焦がれていたおれの恋人が、PCのデスクトップ画面に現れたら… クリックも要らない、台詞送りもない。 "会話"しているその声は 「キッド…」 「…」 「ユースタス・キッド…だ」 「ユースタス屋…おれはトラファルガー・ローだ」 「知って、る…」 「フフ…。お前の名前を、ずっと…呼びたかった」 「なぁ、"ユースタス屋"おれと恋をしてみねぇか?」 |