入院することになって一日目。私の病気は基本ちいさな子供がかかるものだということを知った。ああだから同室の子が年下の子供ばっかりなのね…なんだかこっぱずかしい気持ちになって、お母さんが持ってきてくれた愛用のDSに意識を持って行った。もちろんイヤホンは装着済みである。ちなみにこのイヤホンは私が誕生日のときにお母さんにねだったもので、音の透明感が半端じゃないという代物だ。別に自慢じゃないし。そんなときだった。話しかけないでくださいという意味を込めて(コミュ力なくて…)完全にしめきっていたカーテンがしゃっと開くのが見えた。笑顔がかわいいナースさんだった。私ちょっと睨んでしまったかもしれない。ごめんなさいナースさん。白が眩しいナースさんは天使である。が、次の瞬間私には彼女が悪魔に見えた。



「いろはちゃん、点滴打ちに行きましょうか」
「て…点滴…?」



自分の頬がひきつったのが確かに分かった。

私は注射とか注射の針とか注射とか、とがったものが大の苦手である。主に注射。はい私はつまり痛いのが嫌いである。点滴とか…もう頂点じゃないですか注射の。三位予防接種、二位採血、一位点滴…みたいな。そんなこんなで待機中の私はすでにガクブルしていた。ここはなんか刺す部屋みたいで、他にもすでに点滴やら採血やらほどこされている人がたくさんいる。刺さってる。なんで皆さん抵抗しないんですか?!なんて叫んで逃げてやりたいところだが、さすがの私も自分が異常なだけだというところに気付かないほど馬鹿ではないので心にとどめている。同時に心の準備をしていた。逃げたい逃げられない。覚悟決めろ私!



「ふふっ」
「?」



目を閉じて深呼吸をしていたところ、右隣から上品な笑い声が聞こえた。
不思議に思ってそちらに目を向けてみたところ、そこには大変美しい男の子が口元に手を添えて儚げに笑っているのが見えて、私は思わず息をのんだ。これほどまでのイケメンが隣に居たことに気付かないとかどんだけだ私。暫し瞠目していると、それに気付いた儚い男の子が私と目を合わせた。私はすかさず目をそらす。すいません人と目を合わせるの苦手なんです。そうしたら男の子がまた笑った。



「ごめんね、君がすごく面白いから」
「おもしろい?」
「いや、さっきから不安そうにきょろきょろしてるし、あからさまに溜息ついたりしてるから、怖いのかなって」
「こ、こ、怖くないし」



これまでに積み上げてきた私の覚悟を下から崩していくようなことは言わないでくださいという願いをこめて強がりを言ったが、彼にそれは通じなかったようで、相変わらず控えめに笑っていた。なにがそんなに面白いんだろうか。そして彼はどうして刺されるというのにそんなに笑っていられるんだろうか。だって針が!腕に!体のなかに!入るんだよ!?注射に強くなれる秘訣はあるのだろうかと、彼にビクビクしながらも聞いてみた。怖くないんですか?と、すると彼は今にも消えてしまいそうな笑顔を作って言った。



「慣れた」



そして二言目には痛くないから大丈夫だとはげましにもならない社交辞令を残して、彼の名前を呼んだ医者の方へと歩いていった。私の心臓はバクバクとうるさく鳴っていた。決して恋愛的な意味ではなくて、お化け屋敷に入って、いつ出てくるかも分からないお化け相手に身構えているような感覚で、自分の番がくるまでそれにとらわれていた。名前を呼ばれた時はおどろいて飛びあがってしまい、担当のナースさんに苦笑されるわ、点滴は普通に痛かったわ、喉はカラカラに渇くわで散々な日だった。それでも幸村精市と呼ばれていた彼の笑顔だけはなぜか纏わりついて離れることはなく、おかげでゲームに集中できなくてノーマルノボリさんにも惨敗した。