私の世界はちいさなものであり、からっぽだ。毎日が同じ日常。過ぎ去る時間。外で走りまわるあの子たちみたいに、私はなれない。なりたいとは思う、けれど、それはしちゃいけないことだって、将来大変なことになるって、お母さんが。
「名前!なんなのこのテストの点数は!!」 「…あ」 「前回より下がってるじゃない!」 「ごめんなさい……」
私の目の前に白いテスト容姿を突き付けてくるお母さん。そこには90という数字とたくさんの丸が赤で書いてあった。前回より8点下がったから、お母さんはかんかんに怒っている。今回は学年でも二番になってしまったから、それが余計お母さんの腹をぐつぐつと沸騰させた。
「今回は、テスト中にお腹が痛くなって……」 「そんなの、ただの言い訳よ。全ては結果なんだから。」
全ては結果。お母さんはいつもそういって私に言い聞かせる。最近はまるで暗示のようだと思うようになった。だって私は、教科書に書いてあることと、お母さんの言うことしか知らないのだから。なんてせまくてちいさな世界なんだろう。この間テレビで見た、遥か遠いイッシュ地方。というところに私も行ってみたい。最年少でチャンピオンになった人みたいなポケモンバトルがしてみたい。やりたいことは、たくさんあるのに。私が通いたいのは数学やら国語やらを教えてくれる学校じゃなくて、トレーナーズスクール。それすらも口に出して言えない。私は、お母さんに嫌われたくないから、より100に近い数字をとる。そうしたら、褒めてもらえるはずだから。
「まあいいわ。次は100点をとるのよ、私のためにも」 「…はい」
褒めてもらいたい。認めてもらえるはず。私は自分にそう言い聞かせて机に向かう。それでも心の底では分かっていた。あの人が私を認めることは永遠にないのだと。あの人は、自分のことしか考えていない。私を「できる娘」にしたいのだ。少しでも人を見下したいから。本当に馬鹿な人である。それとも、そんな最低な母親を嫌いになれない私の方が、馬鹿なんだろうか。
「ああ、大馬鹿だね」 「!?」
まるで私の心の声にこたえるように、ボーイソプラノの声が聞こえた。声の方に振り向けば、窓枠からひょっこりと顔をのぞかせるピンク頭の男の子が見えた。くりくりした大きな青い瞳に私を映して。
ていうか…あれ?ここ三階だったよね…?
「ふふ、ボクはきみのことぜーんぶ知ってる」 「な………、あんた…だれなの…」 「いいねえ、そういう顔。できるんだ。」
そう言って彼は私の部屋に入って来た。な、んでそんなにずかずかと上がりこめるの…!きっと常識がないんだ。私は自分にそう言い聞かせて心を落ち着かせる。が、彼はぐんぐん私に近づいてくる。私は条件反射で一歩一歩後退していった。
「かわいそうな名前」 「私の名前…!」 「だから、きみのことならなんでも知ってるんだって。見てたから」
さらりと恥ずかしいことを言われて少し照れくさくなって俯く。腕を引っ張られた。まるでこっちを見ろと言われているようで。青い瞳と視線がかちあう。とっても深くてきれいな青。飲み込まれそう、なんて、
「ボクきみのことずっと見てたんだ」
「かわいそうだなって思って」
「言いたいことも言えなくて、あんなクソババアの娘やってる。文句も言わずに」
「ボクだったらやめちゃうけどね。だから、すごいと思っちゃったんだよ。君みたいなニンゲンどこにでもいるのにね!」
胸の奥がすっと軽くなったような感覚が吹き抜けていった。クソババアと、あの人を罵倒した。私がずっと言えなかったこと。そんな彼を私もすごいと思った。そして彼は私の腕を引いて言う。めちゃくちゃ楽しそうな笑顔で。
「ボクといっしょに逃げちゃおうぜ!」
今の私が断れたはずがなくて。 差し出される手を、取った。
(おいで おいで) (ぼくとおんなじ世界へ)
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