最近、薫くんという人間をひろいました。名字は教えてくれません。ある日薫くんは私がお世話になっている店の前に血まみれで転がっていて、思わず私はその場で悩んでしまいました。動くこともできず、逃げることもできませんでした。なぜならここで逃げてしまえば、私の人間としての価値が下がってしまうと思ったからです。ええ、そういう人間です私はどうせ。話をもどして、幸い人通りのない時間帯でしたから、私が考え、悩む時間は十分にありました。



ついに決意をかためた私は、自分の着物が血で汚れるのもいとわずその人を店のなかへ連れて行きました。私を世話してくれている心やさしい店主さんはとてもできた人間なので、怪我が癒えるまでここに置いていいと即答してくださいました。よかったねえと目を覚ました薫くんに声をかけるも、奴はふんっと鼻をならしてそっぽを向きやがりました。おいてめえこの野郎、と声を荒げそうになった私は寸でのところで抑えました。ごほん。それから私と薫くんの一味ちがった生活が始まったわけですが、薫くんの怪我のお世話をしているうちに気付きました。薫くんの傷は刀でできたものだと。どうやら私はやっかいなことに顔をつっこんでしまったようです。そんなある日のこと、私は思い切って薫くんに聞いてみました。




「薫くんは何をしている人なんですか?」
「…知りたいか?」
「そりゃあ、まあ…友達、ですし…」
「ふん、友達…ね」



薫くんはいつもと同じく、人を見下したように鼻を鳴らして私を見ます。まあいつものことですからね、耐えますよ。耐えますとも。そして、え?友達じゃなかったの?なんて疑問がまず私の中に浮かんで消える。次の瞬間、薫くんがばっさりと私の意思を斬るからです。



「俺に友達なんて必要ない」
「………」
「お前ってほんと、馬鹿だよね」



薫くんが自嘲じみた笑みを浮かべる。そしてそれを見た私は何故か、心が締めつけられたような感覚に襲われました。これは、悲しい、だ。今の薫くんはどこか私の知らない世界を見つめていて、まるで突き放されているようで、素直に寂しいと思いました。どうして薫くんは…私が口を開く前に、薫くんは答えました。



「俺は復讐がしたいんだ。それなのに………俺はからっぽで、多分、寂しいんだろうな」



それは薫くんの素直な心でした。私はそんな壊れそうな薫くんを見て、放っておいたら勝ってに死んでしまいそうな気がして、なんとかしてあげたくて、一緒に歩きたくて、壊さないように、薫くんの手を握りました。薫くんは驚いたように目を見開いて、その深くて黒い瞳に私を映しました。ああ、私は薫くんの瞳に映っている。なら大丈夫。



「私も寂しいです。薫くんが死んだら、私は絶対泣く、泣き死ぬ」
「なんだよ、それ」
「いいから!…私は、このとおり。どうしようもない人間です。薫くんから見たら、腹立たしいくらいに、人生どうにでもなると思って、のんきに生きてます」



薫くんが困ったように眉を下げて私を見ている。



「復讐なんて損ですよ。残りの人生楽しんだほうが絶対得です。」
「私が許されてるんです。だから、薫くんも許されていいんじゃないですか?もう、休みましょう。あなたは十分頑張りました。誰もあなたを責めたりしません」
「だから…お願い、お願いだよ…わた、私と一緒に楽しく、さ……い、生きて………生きてよ!」



最後の方はもう自分でも何言ってるのか何が言いたいのか分からなかったけれど、私の気持ちはただ一つ。薫くんに生きてほしい。だから、涙でぐしゃぐしゃになっても、醜くても、薫くんにそれだけは分かってほしかった。私は今決めました。たとえ薫くんに断られても、しつこく追いかけるということを。分かってもらえるまで。どんなに悪いことをした人間がいたとして、心が救われたなら、許そうとする人間は絶対に居るはずだから。いつの間にか、堰を切ったように泣きわめき始めた私の涙を、そっと指でぬぐってくれた薫くんは言いました。



「もう、どうでもいいや」



そう呟いた薫くんは、私を抱きしめて、やがて泣き始めました。溜めこんでいたなにかを吐き出すように、二人で泣いた。薫くんだけでは足りなかった分。私も泣いた。どこまでも付き合おうじゃないか。きっと明日からは世界が変わるよ。そうだ、薫くんといっしょに甘味屋にいこう。薫くんに私の秘密の場所を教えてあげよう。薫くんと―――どんどんあふれて止まらない私達の未来。さあ、いっしょに幸せになろう。