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神様は本当にいるんだろうか。もしいたならば腹黒にちがいない。人間がもがいて生きているのを見て嘲笑っているにちがいないのだ。神ってなんだろう。







「この町はかなり大きな娯楽都市じゃ。そして光があれば影もできる。同時にわしらのような者たちがあふれかえっておるんじゃよ」

ササキさん(おじいさんはそう名乗った)はそう言ってパンの耳をかじった。私もパンの耳をもさもさ食べた。口の中にパンが張り付いてキモチワルイ。ろくなパン屋ではないことがすぐに分かった。私の家の近所のパン屋は耳が絶品だったというのに。そんなことを考えながら私はそれを飲み込んだ。ササキさんの住処があるこの公園には結構たくさんの浮浪者の方々が住んでいて、みんな仲間のようなものらしい。そこかしこにテントが張ってあるのが見える。そして訳アリ者が多いのだとか。ササキさんは私の不安を裏切った普通に良い人だった。びしょぬれの私にタオルをかしてくれた。ぼろ雑巾みたいなものだったけれど、ないよりはましである。なによりササキさんのその心遣いがうれしかった。少し泣きそうになった。

「それにしても…なぜお嬢ちゃんのような子供が……親御さんは?」
「あー…え、っと」

確信を突かれて私は動揺した。殺されて気付いたらここにいましたなんて言えない。死んでも言えない。あ、もう死んでた。ギャグみたいなこと言ってる場合じゃないのは百も承知である。
「そういうときに機転が利かないからあんたはだめなのよ」以前母に言われた言葉がよみがえった。ああお母さん。毒舌で冷めた目で私を見る人だったけれど今無性にあなたに会いたいです。お母さんはお父さんといっしょに裁判に勝って私を殺した女を無期懲役またはそれ以上にして私の仇をとってくれましたか。私の死を悲しんで涙を流してくれていますか。私は元気でやってます。いまだに先は見えないけれど。若干ホームシックになっているけれど。きっと大丈夫だと思います。風邪を引かないように、お父さんと喧嘩をせず仲良く、お元気で。かしこ。

「…辛いことを思い出させてしまったか…もう何も聞かんよ、大丈夫じゃ」
「い、え…大丈夫です……ズッ」

どうやらいつの間にか泣いてしまっていたらしい。駄目だ。ササキさんに迷惑はかけられないのに、ササキさんの大きくてごつごつしたおじいちゃんみたいな手が私を慰めるように頭を撫でると余計に涙があふれ出した。ちくしょーだめだ私。今ものすごく弱くなってる。どこか分からない場所で自分のことさえ分からずにいるからだろうか。ササキさんの優しさが痛い。涙を誘う要因にしかならない。惨めに鼻水をすする音が響いた。そうだ、ここはどこなんだ。まずはそれを解決せねば。と私は涙でぐしゃぐしゃであろう顔を上げて尋ねた。

「あの…」
「なんじゃ?」
「ここは、どこの町なんですか?」
「知らんで来たのか?無謀なお譲ちゃんじゃのう」
「はは……」
「ここは、ライモンシティという娯楽都市じゃ」

涙がいっきに引っ込んだ。ライモンって、ライモンって…!ものすごく聞き覚えのある名前に目眩がした。神様はこんないたいけな少女を振り回してなにが楽しいんだろう。



(きみは一生死体がお似合い)