αベット | ナノ





「え?」



そのときの俺は、突き付けられた真実を受け入れた。受け入れるしかなかった。人間ヤバいときほど冷静になるって本当だったんだなーなんて、他人事のように考えていたことを、今でも鮮明に覚えている。それが、俺の人生のすべてを、180度どころか360度ひっくりかえって世界まで変えてしまったのだから。







相良愛は俺の妹だった。なぜ過去形なんだというのはあまり聞かないでほしい。まあ答えるけど。俺は現在、いやきっとこれからも、あいつのことを妹だとか、ましてや家族だとは到底思えないからだ。というのも、丁度一週間前、この町で殺人事件が起こった。かなり惨たらしいグロテスクな現場だったらしい。俺は見ていないから知らないけれど、普通の人間が目にすれば瞬時に吐き気をもよおすほどの死体だったらしい。しかも女の子。いや、男でもグロいものはグロいんだろうが、なにせまだ15歳の女の子である。人生これからだというのに、なんとも早すぎる死を迎えたものだ。しかもかなり可哀想な死に方。

さて、話を戻そう。なぜ妹…いや、相良愛のことを話すのにこんな悲しい事件を持ち出さなくてはならないのか。それは相良愛がこの事件の関係者だからだ。はっきり言おう。相良愛がこの女の子を殺したのだ。そこらへんのスーパーで売っているようなナイフで、女の子の首を、通りすがりに斬った。女のものであるその細腕で、どうやってやったんだと問い正してみたくなるほどザックリ切り裂かれていたらしい。そしてとどめとでもいうように、女の子の顔は潰れていたと。最悪だ。最悪すぎる。そんな娘の死体を見た家族はどう思っただろうか。

「だって、私は幸せになりたかっただけなのに、どうして私が悪いの?」

なんたって、殺した理由がこれだ。おまけに反省もくそもない。俺はこの言葉を聞いたときの方が吐くかと思った。まあ、相良愛が受験に落ちて、長い間部屋にこもりっきりだったのは俺も知っていた。母さんもかなり心配していたのだから。だから、きっと、受験に合格して、自分が通うはずだった高校に通っているあの女の子を毎日窓から見ては苦しい思いをしていたんだろう。胸が張り裂けるような思いだったろう。だがしかし、俺はそれを理解しようとは思わないし、したいとも思わない。大体、相良愛以外にも受験に失敗したやつなんてごろごろいる。俺もそうだった。石につまづいて、それが大きかったとしても小さかったとしても、立ち上がれる強さを身につけていくのが人間というものなのに、そこで止まってしまったどころか、全てをおじゃんにした相良愛は普通じゃなかった。そう、結局のところ、それだけだった。それだけだったんだ。しかし、今更弁解する気も起きなかった。

「あの女は死んだ。だから次は、あなたの番」

あーあ。次は俺の番だって。知ってるよ。あいつ自殺したんだろ。目の前に立つ、あの学校の制服を着る女の子。まさかまた、あの学校の制服を着る女の子と関わりをもつなんて思ってみなかった。というか、できるだけ関わり合いになりたくなかった。目の前に立つ女の子の手には、まだ新しい血が滴るナイフ。相良愛が使ったものとは比べ物にならない本格的なもの。ああ、きっと下の階にいる父さんと母さんを殺したんだな。なんて、他人事のように考える。こんなときに冷静になれるのが人間なんじゃなくて、俺が普通じゃなかっただけなのかもしれない。血に濡れる女の子の顔を見れば、俺を今から手にかけることを心から喜んでいることはすぐに分かった。どうして、俺がこんな目に。なんて、よかった。俺はどうやら人間だったらしい。

「あの子は…幸せだったのに…私も、幸せだったのに」
「…お前……誰だ」
「私は…私はね、あの子のためなら…あの子の幸せのためならなんでもしていいと思ってるの。それは今も同じでね」

「私は、あの子の親友。守川友」

俺は相良一。もうなんでもいいや。はやく終わらせてくれ。この苦しみを。なんで俺が、あいつの罪を背負わないといけないんだ!叫びたかった。無理だった。



(終わらせない)