αベット | ナノ





ぼく今すごく楽しい!だってあんなのはじめてだよ!久しぶりじゃなくて、はじめてだよ!生まれてから経験したことのない楽しいことが今ぼくの目の前に!



j.5



ぼくは机にバンと手のひらを叩きつけた。そうでもしないとこの興奮はやり場もなく、ぼくの中にうずまくだろう。ソファに座りコーヒーを飲むノボリに「うるさい」と一喝されたがぼくの気持の高ぶりは止まることを知らない。進むことしか知らない。目の前の監視カメラのモニターに映る彼女は座席に座りサブウェイトレーナーと談笑しているけれど、その笑顔は死人のように疲れきっているのがぼくには分かる。監視カメラを睨みつけて必死に抵抗していたあのときの彼女とは正反対であるがそんなことぼくにはどうでもよかった。今はこの彼女の存在だけで十分意味のあることとなるのだ。ぼくは勢いをつけてノボリの前のソファに座る。同じようにコーヒーを飲んでみたけどぼくは冷めない。どうしようこれ!きもちわるいけど嫌じゃないんだ!

「どうしようノボリ!」
「はあ」
「ぼく、なんていうか、そこまで期待なんてしてなかったのになあ」
「そういうときのクダリは放っておくに限ります。面倒なので。まあすぐに治るでしょう」
「ちがうちがうちがう!ノボリ分かってないね!」

分かってないのはぼくと同じだけど!そう言って腕を組めばノボリは深い溜息をついて立ち上がった。見ればシングルトレインの20戦目を勝ち抜いたトレーナーが見えた。へえがんばってノボリ!適当に!そう言えばノボリが相変わらずの仏頂面で「ダブルトレインの方もじゃないですか?しっかりして下さいまし」と言った。しっかり?今日のぼくはいつもよりしっかりしてるからノーマルでも本気をだしちゃうかもなあーそう呟けば車掌もノボリと同じように溜息をついているのが見えて分からなくなった。ぼくもノーマルの子たちのボールを持って立ち上がる。

「あーあ、あのこみたいにつよい子だったらいいのになー」



(きみにあいたい)