28.惚れた弱み。




溜まった書類を夜依が来るまで片付けておこうかとペンを走らせていると応接室の外が何やら騒がしい事に気づく。



「……ん?」



紙から目を離し、扉の方を見た瞬間にドスンッと何か重いものを落としたかのような鈍い音。





「……今の気配…」



一瞬だけ感じた気配に口角を吊り上げる。

どうやら、僕の待ち人が来たらしい…。




コンコン、と扉を叩くノック音がし、返事を返す前に扉が開かれた。
入ってきたのは思っていた人物。
その人物は鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしている。




『ひ…ば、り?』


「やぁ夜依。」




やっぱり君は僕の期待を裏切らないよ…。
くつくつと笑う僕と今だに目を見開かせて驚いている夜依。



「それにしても返事を返す前に無断で入るなんて……貴女らしいね。」


『す、すまん…じゃない!お前、どうしてここに?』


「そんな所に突っ立ってないでこっちにおいでよ。」




話ならここで聞くから、と言えば、夜依は渋々といった感じだが素直に中に入ってきてソファーに座る。
その前にコーヒーを煎れたカップを置く。




「はいコーヒー。」


『ありがとう』



カップに手を付きコーヒーを一口飲む。



『…うん。やはり雲雀の煎れるコーヒーは美味いな。』




柔らかな顔でそう言う夜依にフッと小さく笑う。
夜依は僕の煎れたコーヒーを飲む時、必ずこの顔をする。
僕はそれを見るのが昔から好きだった。


唯一、夜依の数少ない感情が見れる時だから…。





「で?何か聞きたいことがあったんじゃ?」




脚を組みその上に肘を乗せて頬杖をつく。
その何か、とは分かっているけどあえて聞く。
妖しく口許を吊り上げている雲雀に気が付きはっとする。




『そうだ。雲雀、何故お前がここに?ここは並盛中だぞ。』


「答えは簡単だよ…。」


『?』


「僕の学校は此処だからね。」





………は?



『し、しかし…その制服は…』


「これは今の制服になる前のやつだよ。風紀委員だけは旧服を着るしきたりなんだ。」


『…………!雲雀…お前、私を計ったな?』




蒼い吊り上がった眼光で睨んでくる。
昨日、あえて僕が通う学校を教えなかった事。
それは君を驚かせたかったから。
どうやら聡明な夜依はその事に気付いたらしい。



「流石はだ。頭の回転の良さは現在も有り、だね。」


『……くくっ』



突然口許に手をやり口角を吊り上げて笑う夜依。
長い脚を組んで笑う姿はまさに妖艶。



『私を計るとは…雲雀も成長したな。』


「師匠が貴女だったからね」


『おまけに口も達者になった』




ふふっと軽く笑い雲雀を見る。



「ところで夜依、その格好はなに?」


目の前で向かい合う形で座っている雲雀が夜依の着ている制服を指摘する。
それにん?と返す。




『知り合いが寄越した奴だが……これじゃ、駄目か?』


「ッ…」



この制服が気に入っているのか、何処か悲しげに見えたのは気の性ではないだろう。




「……いいよ。」


『本当か!』



許可されるとは思っていなかったのか意外そうな顔をする夜依。
本当なら風紀委員長として取り締まらなければいけないが…





「(………しょうがないでしょ。上目使いでそんな事言われたら駄目なんて言えない。)」



惚れた弱みという奴だ。



「うん…ただし、条件がある。」


『条件?』


「そ。風紀委員に入ってよ夜依。」


『風紀…?』




そういえば…と口漏らし、腕を組んで目を細める夜依。
これは彼女が何かを思い出そうとする時や考え事をするときの癖だ。



「なに?」


『ん、いや…さっきそこの扉の前でお前と同じ学ランを着て、いきなり襲ってきた奴も確かそんな事を言っていたな…と思ってな。』


「………あの音は貴女だったんだ…」




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