8.誇れる師。





『クスッ……変な雲雀』


夜依はいつも無表情が多くて笑うのは珍しいから見れたのは嬉しい。夜依は綺麗な顔立ちをしていてとても強い。その美しさにぼくは初めて見た瞬間、一目惚れした。
初めて会ったあの日からぼくの中に夜依が住み着いている。
初めてこんな気持ちになった。初めて誰かと一緒にいたいと思ったんだ。



笑った顔を見れたのは嬉しい、けど腑に落ちない点がある。ぼくは夜依の事を名前で呼んでいるけど夜依からぼくの名前は呼ばれたことがない。いつも苗字で呼ばれる。ぼくは名前で呼んで欲しいのに…。
そう思っているとぼくの異変に気が付いたのか首を可愛いらしく傾げる夜依。
………本当質が悪いよ。自分の容姿の良さに気が付かなくこれやるんだから…。



『雲雀?』




ほら、また苗字で呼ぶ。ねぇ、どうしてぼくの名を呼んでくれないのさ。


小さかった頃の僕には難しい感情だったけど今の僕ならそれが分かる。
あの時の僕の気持ちは―――嫉妬だったんだ。


僕は貴女の名前を呼んでいたのに貴女は僕の名前を呼んでくれなかったからね。






「……いつになったら名前で呼んでくれるの?」


『は?』




眉間に皺が寄るのが分かる。
そんなぼくとは反対に貴女は小さく息を吐き、



『何を突然…雲雀は君の名前だろ』



「それは苗字。ぼくが言ってるのは下の名前。どうして夜依はぼくの名前を呼んでくれないの?」




どうして名前を呼んでくれないの?夜依にとって、ぼくはどうでもいい?
そう考えると胸が切なくなる。
初めての事ばかりで戸惑う心。僕らしくもない気持ち。





不意に柔らかな声だけどどこか棘のある声で彼女が口を開き言った。





その言葉を聞いた日から、今の僕がいるのだろう。





『私は自分より弱い奴の名前を呼ぶのは嫌いだ。』



「っ!……うん…」




ぼくが、とは言われてはいないけど名前を呼んで貰えてない限りはっきりとぼくが弱い、と言われたも同然の言葉。


確かに彼女は強かった。この僕が師と誇れるぐらいに。
でもそれと同時に悔しくもあった。
まだ僕は、彼女に認めて貰えていないのだと。
強くなりたい、そう強く願った。


弱いことが悔しくて、彼女に認めて貰えてない事に哀しくて…


自然と暗くなってゆく気持ち。





『もう一つ、私は認めていない奴に名前を呼ばれるのは嫌いだ』



「うん………え…?」




伏せていた目を真っ直ぐ彼女に向ける。
やはり認めてもらえてなかったんだ…と思って聞いていたけど不意におかしな点に気が付いた。
だって……






「夜依、それって…」




そう、だってぼくは彼女の事を名前で呼んでいるから。




『君はまだまだ弱い。でも私は君の力量を認めている。だからあの日、初めて君と会ったあの日、君が私に名前で呼んでもいいかと尋ねた時、私は頷いた。』



「………」



『私は認めてもいない奴に名前を呼ばせない。』


「…夜依!」




今まで沈んでいた気持ちが彼女のたった一言で晴れた。つまりぼくにもまだチャンスがあるって事でしょ?彼女から見てぼくは強くなる素質がある、その事が本当に嬉しくてそのあまりに彼女の背中に腕を回し強く抱きしめる。
少し背の高い彼女の肩に額を押し付ける形で口を開く。





「ねぇ夜依。」



『ん?』



「ぼくが君と並ぶぐらい強くなったら、君を守れるぐらい強くなったら…君が認めるぐらい強くなったら………そしたら、名前で呼んでくれる?」


『!!………あぁ…』


















それから一年後に、彼女は僕の前から姿を消した。何も言わず、何も告げずに…。






最初は悲しかった。
置いていかないと言ったくせに、と。
恨んでしまえば簡単なのかもしれない。
だけど僕にはどうしても彼女を恨む事が出来なかった。







きっと、何か理由があったんだと思う。









だから帰ってきたら問い質すよ、夜依。



あの頃より強くなった。そして出会ったあの日に交わした約束を守ったし今も守り続けているよ。



彼女が愛し僕が愛したこの町。




「……そろそろ時間だね」





桜木から離れて学校へと向かう。今日も並盛や風紀を乱すものを咬み殺す…。
そうすれば貴女が帰って来てくれると信じている僕は……愚かなのかな?決して届くことのない星に向かって手を差し出しているのと同じ事を、僕はしているのかな…。



















ねぇ、早く帰っておいで……




僕の大切な人………




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