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54.誘惑。





千種と犬に連れられて来た場所は大広間みたいな部屋だった。



『………、』



さっき、ちーくんは骸が私を呼んでいると言っていた…。



小さく、手が震えているのが分かる。



突き放し、裏切りとゆう形で別れた貴方。
信じてた。
お兄ちゃんだけは、信じていたのに…
犬ちゃんやちーくんだって……



それを今更…





最近嫌な予感ばかりしていたのは…この事だったんだ。


今朝の夢といい、何か幸せが逃げてゆきそうな、そんな感覚…。





目線を足元にやり俯く。



「クフフ…お前と会うのは、久しぶりですね。」


『ッ―――!!』





頬に、冷たい汗が伝った。
足元にやっていた目線をゆっくりと上に持ち上げる。
目に映ったのは壇上があり、そこに置いてある古びたソファー。


そしてそのソファーに腰を降ろしている……






『む……く、ろ…』




目の前が真っ暗になりそうだった。




「大きくなりましたね葵。」



ソファーから立つと壇上を降り、私に近付く。
怖い…怖い……


そっと彼の手が私に伸ばされたのが見え、ビクッと身体を震わせる。瞼を閉じていると頬に触れる優しく、柔らかな手の温もり…。




兄の、優しい温もりだった。




『!』



驚いて目を見開くと骸は私の頬に手を当て、昔私に見せていたあの優しげな瞳で私を映している…。それがまた怖いとも思えた。




『おに…ちゃ……』


「さぁ…僕のかわいい葵………迎えに来ましたよ。」





腰に腕が廻され抱き寄せられると耳元で低くそう呟く骸。
昔なら、その言葉一つで嬉しいと感じたはずなのに、今は信じられない……。
頭の中では昔拒絶された言葉が横切る。





『…っ…!いやっ…!』



胸板に手をやり無理矢理骸から離れた。
こわい。骸が、


数歩後ろに下がる。




『どう…して……』


「"私を裏切ったのに"…ですか?」


『!!』



真っすぐ私の目を見てそう言った骸に、何も言えなかった。
本当に、そう…思っていたから……。



警戒しながら小さく頷く。
頷いたのを見た骸は目を少し細くさせ、




「では…僕の元に帰ってくる気は?」


『!?』




なにを…言っているの?



私を置いて行ったのに、




「僕達はマフィアが憎い…葵もそれは知っていますね?」



『…っ』




忘れられる、はずがない…。あの人達のせいで私と骸とちーくんや犬ちゃんは沢山苦しんだ。沢山の仲間を失った。沢山の傷を身体に残された。




「だから我々はこうやって日本まで来た。マフィアのトップと謡われているボンゴレファミリーを、潰す為に…。」


『!?』



骸の言葉に背中が寒くなる。
私も、まだマフィアは怖いし……少しばかり、まだ憎んでいる自分がいるのは分かっている。
でも、



彼に、恭弥君に出会って考え方が変わったの。
憎しみは何も生み出さない、憎しみに囚われた人は悲しい人だとゆうことを。



「そのために今千種と犬に動いて貰っているのですよ。並盛からボンゴレをあぶり出すように。」


『!まさ…か、』



バッと骸に目をやると彼は私の言いたいことに気付き口角を吊り上げた。


そんな、まさか……








『並盛、騒動…起こしていたのは………』




「僕ですよ、葵。」





あぁ、何故…


私は恭弥君に迷惑をかけてばかりなんだろう。




兄と私が生み出した憎しみに、彼を巻き込んでしまったことに吐き気を覚えた。
彼は何もしていないのに、彼が愛している並盛を襲って、これ以上あの人を私達の私情に巻き込んではいけない。





「さぁ、葵。僕達と共に行きましょう。」



震える手を隠すように胸の前で手を握る。
骸に合わせていた目をゆっくりと伏せて瞳を閉じた。
確かに、昔の私には…骸しかいなかった。
骸がいれば、他に何も必要としなかった…。


だけど……、







「おいで葵…」







今の私には…恭弥君がいる。



私を裏切らないで本当に愛してくれる、たった一人の大切な人がッ…!




瞼を固く閉じて身体を震わせている葵に骸は彼女が断ると分かっているかのように余裕な笑みで先程聞いた、人物の名を口ぐさむ。




「きょうや…」


『―――ッ!!!!』



今までより大きな動揺を見せた葵に骸の瞳が妖しく光る。


何故、骸が恭弥君の名前を知っているの?
なんで…私が彼と繋がりがあると……知っているの…
葵の表情を見ていた骸は葵の考えを悟り、小さく笑うと口を開かせた。




「クフフ…公園で、葵が気を失う前にその名を呼んでいたので気になって調べたんですよ。その結果、彼の名は雲雀恭弥。並盛中の風紀委員長であり、並盛を征する秩序…。そして喧嘩が強いランキングで一位。葵はよほどその人物が気になるようですね。」




笑顔を見せながらそうゆう今の骸には、先程の優しい自然な笑みは無かった。

目の前が、崩れる感覚がした…。




「彼は並盛の秩序らしいですね。我々の計画には邪魔な存在だ…。」


『!や、やめっ……』




すぐに骸が何をしようとしているか葵には分かった。

お願いっ



恭弥君を…巻き込まないで下さい……








「現に彼はここの情報を掴んでこちらに向かっているらしい…。彼の生死はお前次第だよ……葵…。」





震える葵の身体に手を延ばし顎に手を掛け持ち上げる。


彼の右目が緩く赤く光ると葵の意識は闇の底に落ちてしまった。




頬に、一筋の涙を流して。



どうして…こんな事するの…おにいちゃん……










葵の瞳から光が消えるのを確認すると骸は瞳の力を無くし崩れ落ちそうになった葵の身体を支える。




これで、葵はこちらに戻ってきた。





さぁ……マフィアをこの世界から消しに行こう。



まず狙うは…マフィア界でトップなボンゴレから。






―END―



(お願い…恭弥君、ここに来ちゃ、ダメ……)


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