05



落ち着かない様子で貧乏揺すりをしながら、黄瀬が手紙を差し出した。#名前#は受け取ると中身を確認して、それから先程からずっと俯いている黒子に差し出した。


「黒子くん、これ書いた覚えある?」

俯いたままの黒子を不思議に思って顔を覗き込むと、膝の上で拳をぎゅっと握って強ばった顔をしていた。殴られたときのことを思い出して怖いのかもしれない。黒子の拳を上からぎゅっと握り締める。大丈夫だよって、そんな気持ちを込めて。目が合った。微笑むとちょっと表情が和らいだ。


「……いえ、ありません。第一僕はこんなに字が汚くないです」
「っアンタ以外誰がいるって言うんスか!嘘吐かないで欲しいっす!」


黄瀬が怒鳴る。正直黄瀬だって、なにも頭からきめているわけじゃない。黒子は憧れだし、彼を信じたい気持ちだってある。だけど、あの部室の惨状と幼なじみの証言を考えてみれば、彼がやったと考えるのが一番妥当だ。それに、彼女が黄瀬に嘘を吐いたことなんてない。自分の意見さえ、まともに言えない子だ。そんなことあるわけがない。


「アンタがまたやったんだろ!?」
「……僕はやってません」
「嘘吐くなよ!アンタの名前がここに書いてあるんだよっ」


黄瀬が自分を見る目に、黒子は泣きたくなった。どうして僕がやってもないことをやったと決め付けられ、罵られ、あげく虐めなんてものを受けなくちゃいけないんだろう。これまでのことを思い返すとより一層泣きたくなる。
黒子は黄瀬から目を逸らしてうつむいた。何を言っても、彼には届かないと思った。悔しくて、悲しくて唇を噛み締める。


「仮にさ、黒子くんだったとして、どうして名前なんか書いたの?名前なんか書いたら自分だってすぐばれちゃうじゃない。そんな間抜けなこと、黄瀬くんはする?」
「するしないの問題じゃないっす!コイツ前にも……っ」
「証拠はあるの?だって全部彼女の証言じゃん」
「#幼なじみ#っちは嘘なんかつかないっス!」


バンッと机を叩いて黄瀬が立ち上がって反論した。その拍子に倒れた椅子が大きな音を立てて倒れた。私語は禁止という張り紙はあるものの、多少の話し声と物音が立っていた図書室がしんとした。みんな黄瀬たちの方を見ている。黄瀬は黒子と#名前#をキツク睨んでいる。
黄瀬がもう一度口を開こうとしたとたん、予鈴が鳴った。
そこでようやく周りの視線に気付いたのか、黄瀬はおちゃらけたいつもの態度でその場を取り繕った。


「あはは、みなさんお騒がせしてごめんなさいっス!つい熱くなっちゃって」


ホッと空気がやわらいで、なんだそんなことかと予鈴も鳴ったのでみな教室に戻る。去り際に黄瀬は二人に「俺は信じないっスから」と言って去っていった。黒子は黄瀬のその言葉さらに落ち込んだ。信じてもらえないことが辛い。悲しい。悔しい──果てには憎くさえ思えてしまいそうだ。どうして僕を信じてくれないのか。
黒子は小さく落胆のため息を吐いた。
夏に開催された全中の試合でもそうだった。チームプレイじゃない、近頃は個人個人ののプレイばかりが目立つようになっていた。それが黒子には悲しかった。黒子たちはチームなのに、チームではないみたいだった。本当は全中が終わったらバスケ部を退部するつもりだった。それでも黒子が彼らとバスケを続けていたのは彼らへの好意と信頼からだ。それが、ああ。
#名前#と別れて教室に向かう。教室に入ると、また自分の机が汚れていた。さすがにカバンに何かあっては言い訳しづらいのでカバンは貴重品と一緒に持ち歩いているため今のところ被害はない。制服の汚れについては色々と誤魔化している。遠目からでは分からなかったが、机にはマジックペンででかでかと「死ね」だの「ゴミ」や「臭い」と書いてあった。

いっそ死んでしまえばいいだろうか。

そうしたら楽になれる。


ばかなことを、と黒子は首を振ってそんな考えを追い出す。大丈夫、大丈夫と口の中で唱えながら、黒子は席に着いた。





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