01



非日常というのは、往々にして突然、思いもよらない単純な出来事をきっかけに訪れると黒子は思っていた。そしてそれは、本ならまだしも現実ではそうあることではないとも。
今日だっていつも通りの毎日で、いつものように制服に着替えて帰るのだと#名前#と黒子は漠然と思っていた。

ああ。これはどういう事だろう。



「#幼なじみ#っちになにしたんスか、黒子っち!!」

黄瀬に思い切り殴られて、黒子はしりもちをついた。殴られた頬を押さえて立ち上がりながら、呆然とあたりを見回す。
黒子は今の状態を把握し切れず、困惑していた。目の前にはしゃくりあげて泣いている黄瀬の幼なじみだというマネージャー。悲鳴を聞いて集まった、いきりたつ部員たち。マネージャーを慰めながら困惑の眼差しで見つめる桃井と、偶然居合わせた恋人の#名前#。わけがわからない。何があって、どうしてこうなったのか頭が追い付かない。ついさっきのことを思い返そうにも、気が急いてうまくいかない。頭が真っ白になるってこんな感じかもしれないぼんやりと思う。


「おい!なんとか言ったらどうなんだよ、テツ!」


突然胸ぐらを捕まれて、ドアに押しつけられた。浅黒い彼の精悍な顔が、苛立ちと怒りとで常時よりも凄んで見えた。
とにかく自分は何もやっていない──そう言おうとして、結局声は出なかった。黒子はうつむいた。誰も信じてくれやしないだろう。少し前は一緒にコートをかけていた仲間──近頃は仲間(チーム)というよりは個人プレーが目立つのだが──からそんな目を向けられたことに戸惑い、そしてこの場に集まる全ての人が自分の味方にはなり得ないことに絶望したのだ。
自分はやってない。そう主張したいのに喉がカラカラに渇いて張りついてしまって、声が出せない。
それでも言わなくてはと思って、声を絞りだす。


「……ぁ」
「んだよ」


少しだけ青峰の手がゆるんだ。


「僕、は、やってなんか」
「テツヤ。言い訳は聞きたくない。彼女に謝るんだ」


謝る?僕は何もしてないのに?
はっとして辺りを見回して、そして愕然とした。荒らされた部室。自分に向けられる疑いの眼差し。嫌悪する眼差し。侮蔑の視線。青峰の目を見て、黒子の勇気はみるみる萎んでいった。
黒子は青峰の手を強引に振り払うと、カバンも持たずに部室を飛び出した。
自分を呼ぶ声は無視して、ジャージのままひたすらにかける。


どうして僕が。


そんな思いが黒子の中にあった。どうして僕がこんな目にあったんだろうか。どうして僕は逃げてるのか。なんで、どうして。あそこにいた誰もが黒子に疑いと侮蔑の眼差しを向けていた。
溢れそうになる涙を唇を噛みながら必死にこらえて、ひた走る。

黒子は三軍の使う体育館の戸をを乱暴に開けた。後ろ手に戸を閉めて、荒く息を吐いた。鍵も閉める。三軍はもう居らず、大方担当の部員が鍵を閉め忘れたんだろう。今の黒子にはそれがちょうどよかった。その場にずるずると座り込む。喉がと目が熱い。しまい忘れたんだろう、近くに転がっていたバスケットボールを抱き寄せる。嗚咽が漏れた。
みんなの目が黒子の頭から離れない。怖いと思った。きっと何を言っても信じてもらえないと思ってしまったら、もう何も言えなかった。信頼しているチームメイトからあんな目を向けられたこともショックだったし、自分こそが一番チームメイトを信じきれていなかったことがショックだった。
バスケットボールを抱えたまま、黒子は泣いた。




[ 2/7 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -