暗く、冷たい闇の中。
身体が重くて、抑えつけられているような圧迫感。
瞼が思うように開かない。
浮かび上がるのは、最愛の母の笑顔。
息苦しくて、呼吸がうまくできなくて、溢れ出てくる恐怖。

「ルーシィ!」

引き上げてくれたのは、馴染み深い力強い声だった―――。

「おい!大丈夫か?」

焦ったような声。
急に身体が軽くなったように感じて。
うっすらとぼやけた視界に映るのは、鋭い瞳と桜色の髪。

「ナ、ツ…?」

掠れた声でぼんやりとそう呼べば、弾かれたように乱暴に身体が引き寄せられる。
確かめるように強く抱き締められた腕の中は暖かくて。
不思議と恐怖が薄れていった。

「なに泣いてんだよ」
「……泣いて、る?」

呆れた声で溜息交じりに吐き出される言葉。
確かめるように目元に手をあてるが、涙が流れていた形跡はない。

「…なによ、泣いてないじゃない」

弱々しい声で強がってみるものの、先程までの夢が鮮明に脳裏に焼き付いて。
微かに震える身体を気付かれないように庇う。

「…ばかか、お前」

被せるように強く抱き締められて、少しだけ離れていた肌がナツの胸に押し込められて。
その腕にある温もりを確かめるようにぎゅぅ、と縋りついた。
同時に伝わってくる他人のそれよりも高い体温に安堵して。
朦朧としていた意識がだんだんと覚醒していく。

―――窓の外は、まだ暗い。

そして、眠りに就いた時はひとりだったことを思い出した。
ばっ、と反射的にナツから身を離し、眼を見開いて彼を見上げる。

「なっ、な、なんであんたがここにっ!?」
「はぁ?」

気の抜けた声。
静かに響くそれが、確かにここに存在している事を強調して。

「なんでって、眠れねぇから……来た」
「き、来たって……寝てるのに勝手に入ってこないでよね!」

赤く染まる頬を押さえて、うまくまとまらない思考を必死に動かした。
その場で思いつく限りの言葉を並べても。
言っていることの半分すら聞いていないようにがりがり、と頭を掻き混ぜて。
面倒そうに離れた距離を縮める。

「寝てたら帰るつもりだったんだよ」

引き寄せた腕の中にルーシィを確認して。
その頭に頬を乗せて摺り寄せた。
子供をあやすように金糸へ手を滑らせて。

「けど、魘されてたから…」

怖い夢でも見たのか、と覗き込む瞳は真剣で。
どうしてこんな時は、こんなにも優しいのだろう。
つん、込み上げる鼻の痛みにふるふる、と頭を振りながら力の入らない腕でナツを押し返す。
しかし、離す気は毛頭なく、逆に抱きしめる腕に力が入ってきた。

「ちょ、っと、痛…」
「なんで離れようとすんだよ」
「な、によ…ふ、不法侵入は、起きてる時にしてよ、ね」

むす、と口を尖らせるナツの胸に頭を預けて。
少しだけ緩んだ腕の中で安堵の息を吐いて。
それでも、心の内は見せられなくて。
震える声を悟られないように気丈に振舞おうとしても思うように声が出ない。

「無理して笑うなよ」

いつもの陽気な彼らしからぬ低い声にびくり、と身体を震わせれば。
ふわり、と頭に乗せられた暖かさに促されるように顔を上げる。
交わる視線の先に映るのは、満面の笑顔で。
渦巻く不安すべてを払うようにナツが笑った。

「ルーシィはルーシィだろ。なに怖がってんだよ」

じんわりと、暖かいその温度と言葉に、思わず目を細めて。
締め付けられるように胸が熱くなる。
込み上げてくる嗚咽を呑みこみながら、溢れ出る涙を両手で覆い隠した。

「声出せって。ちゃんと泣けよ」

溜息交じりに触れてくる手は指先から温かさが伝わって。
ゆっくりと退けられる手は粗暴な行動に似合わない程に繊細で。
堪え切れずにそのまま縋りつく。

「ふ……ぇ…っ」

子供のように声を上げて泣くルーシィ。
無言でそれを受け入れるナツ。

どのくらいの間、そうしていたのか。
気付いた時には、窓の外がほんのりと明るくなり始めていた。

「落ち着いたか?」

目元を赤く濡らしてすん、と鼻を啜るルーシィの頬へ手を滑らせて。
不器用に触れる手の感触が温かくて。
胸に支えていた不安が溶けていく気がする。
言葉にならない想いを重ねられた手に乗せて。

「ありがと、ナツ」


》to be continue.
***
泣きたい夜は二人寄り添って眠ればいい。

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