「ルーシィ…」

マグノリアの見渡せる丘で、ナツはひとり呟く。
ただ、ルーシィの笑顔が見たいだけだったのに。
どうしてこんなことになったのか。

「くそ…」



始まりは、数日前の出来事…―――。



それからずっと、ルーシィに避けられ続けている。
否、正確には逃げられ続けていると言った方が正しい。
その理由を聞こうにも話しかける隙さえ与えられずに数日が過ぎて行った。
なんだか無性に苛々して、急に淋しくなって、このモヤモヤした感情を払拭させるように片っ端から喧嘩を売っては、喧嘩を買って。
それでも晴らせない靄がかった気持ちに不貞腐れていてもルーシィから近寄ってくる気配なんてない。
ミラジェーンには『その内話しかけてくるから気にしなくていいわよ』と笑われて、理由を知らないのは自分だけだと思い知らされた気がした。

(なんなんだよ…)

「ナーーーツーーー!!」

どのくらいの間、そうしていたのか。
ふと、声のする方へ視線をやると相棒の青い猫が近づいてきた。

「ハッピー、どうした?」

空を仰いで、呑気に迎えると、ハッピーが焦ったように叫ぶ。

「大変だよ!ルーシィが…」
「ルーシィ?」

ぴくり、とナツはその名前に反応して眉を顰めた。

「ルーシィがどうしたんだ?」

胸に過る不安を振り払いながら続ける言葉に背筋がさぁ、と冷えていく気がする。

「ルーシィがいなくなっちゃったんだ!」

おろおろと、泣きそうにそう言うハッピー。
気がついた時には、ギルドに向かって走り出していた。

「ナツ!」

真っ赤な顔で怒ってばっかりなルーシィ。
面白くて良い奴だ。
そう思ったからチームを組んだ。
いつも笑ってるルーシィを見るのが大好きだ。

「探しに行くぞ、ハッピー!」
「あ、あい!」

半泣きながらも急いで返事をして、ハッピーもナツの後に倣った。


ばんっ、と勢いよくギルドの扉を開け放つ。

「ルーシィは!?」
「どこ行ったの!?」

カウンターでのんびりと仕事をしているミラジェーンへと詰め寄ると、いつもの笑顔で応答された。

「大丈夫よ、夕方過ぎには帰ってくるって言ってたから」
「どこ行ったんだ!!?」

ハッピーは忙しなく宙をくるくると舞って、ナツは今にも怒鳴り出しそうだ。
ふたりの慌てようにミラジェーンはくすり、と微笑む。

「えーっと、どこだったかしら、ハルジオンに…」
「わかった!」

ううん、と頭を捻りながらミラジェーンが言い終える前に、ナツたちの姿は既に見えなくなった。
くすくすと笑いながらナツたちの出て行った扉を眺めるミラジェーン。

そこへ、

「ナツはどうしたんだ?」
「ふふ…ルーシィに会いに行ったわよ」
「そうか、随分焦っていたようだったからな」

なにかあったのかと思ったぞ、と頷いて納得するエルザ。

「そうねぇ……ルーシィもそろそろ許してあげればいいのにね」

可笑しそうにくすくすと微笑むミラジェーンにエルザは心なしか苦笑をした。

*《12.22‐01.09》

「くそ!ルーシィどこ行ったんだ!?」
「見当たらないね」

ハルジオン上空からルーシィを探すが一向に見当る気配はない。

「ルーシィがオイラ達に何も言わないでどこかに行っちゃうことなんてなかったのにね」

しゅん、としながらハッピーが呟く。
あぁ、なんて曖昧に答えながらきょろきょろと匂いを辿って。
くん、と鼻を鳴らして街中に目を凝らす。

「……なんか、ムカつく臭いがする」

そう呟いた言葉が理解できずにハッピーは、きょとん、と目を丸くした。


***
同刻―ハルジオンのとあるカフェにて

「ナツには言ったの?」

不意にロキが口を開く。

「言ってるわけねぇだろ」

溜息と共に呆れた声でグレイが答えた。

「そうだよね、言ってたら一緒についてきているよね」

くすくす、とロキはにこやかに笑ってルーシィを見る。

「お前は言われなくてもついてきてるけどな」
「だって僕のルーシィがグレイと一緒じゃ心配じゃないか」
「あのな、」
「いいのよ!まだ怒ってるんだから」
「でもそろそろ許してあげたら?」
「……だって、」
「ここ数日荒れまくってるからなぁ」
「でも、」
「まぁ、本人はなんで怒っているのかわかってないみたいだけどね」

ロキが苦笑しながら紅茶を啜る。
ルーシィは、ほんのりと頬を染めて、俯いた。

*《01.09‐01.16》

―数日前の出来事―

「じゃぁ、行ってきまーす」
「いってらっしゃい、頑張ってね」
「ルーシィ、どこ行くんだ?」

まさにこれからギルドから出ていこうとした時、ナツがルーシィの手首を捉えて引きとめる。

「これから仕事行くの」

怪訝な表情で覗きこんでくるナツの様子をさして気に止めずににっこりと受け答えたルーシィ。
`本を処分したいという依頼に伴い、書庫に存在する書物の整理`という内容の仕事で、気に入った本があれば持ち帰り可、という本の好きなルーシィにとっては趣味と実益を兼ねた様なものであった。

「俺も行く」
「え?……だめよ」
「なんでだよ」
「すごく簡単な仕事だから報酬が20000Jなの」

本貰ってもいいんだって、と嬉々として楽しそうに話すルーシィとは反対にナツはむす、と口を尖らせる。

「ひとりでいくなよ」
「仕方ないでしょ」
「あい、そのくらいならルーシィ一人でも問題なさそうだもんね」
「さりげなく失礼ね、ハッピー」

呆れながら返事をして、掴んでいる腕を離す様に促した。
しかし、離す気配は一向に訪れず、むしろぎゅぅ、と強く握りしめられる。

「痛…痛い、ナツ」

離して、と言っても声が届いていないのか、聞いていないのか、ナツは、ただ黙っていた。
そうしている内に約束した依頼の時間には間に合わなくなってしまい、遣る瀬無い気持ちを胸に溜息すら出ない。
怒っても心配しても言葉を発さずにただ黙って俯いて。
漸く紡ぎだされた言葉は、怒りの沸点を容易に超えた。

「俺達と仕事行けばいいだろ」
「は?」

な、と満面の笑みで言われてしまえば許してしまう。
いつもならば。
しかしながら今回は、とても行きたかった仕事であったことに加えて、何だったのかと思えば、ただ思案していただけという事実に許せそうにない怒りを覚えた。

「……っ」

怒鳴りかけた声を飲み込む。
怒鳴ったところでナツは理解なんてしてくれない。
いつもいつも本能のままに動いて、思ったことだけを口に出すのだから。
それでもこの遣る瀬無い怒りを吐き出したかった。
けれど、それによって更に腹が立つのならば、今はもうナツの顔を見ていたくない。

「ルーシィ?」

ゆっくりと手首が放され、肩を震わせて俯くその顔を覗きこもうとナツが首を傾げる。
ルーシィの視界にナツが映った瞬間、零れかけた涙を見られないように、ふい、と顔を上げてそのままギルドを飛び出した。

*《01.16‐01.23》

「バカなんだよ、あいつは」
「ナツはただルーシィと一緒にいたかっただけなんじゃないかな?」

グレイが溜息と共に吐き出した言葉にロキは続ける。
くすくす、と訳知り顔で微笑むその言葉に、ルーシィはかぁ、と頬を赤く染めた。

「あ?なんだよ」

グレイが疑問に思ってルーシィを見やると、

「なっ…なんでもない」

口を尖らせて、手元の箱に視線を落とす。

「ふぅん…で、それは結局なんだ?」
「グレイには内緒だよ、ねー?」
「…どうしてあんたはわかってるみたいな言い方なのかしら?」
「んー?でもきっと、僕の想像通りだと思うよ?」

頬が熱くなるのを余所に睨んでもまったく効果を成さない。
ロキは、くすり、と笑みを零してルーシィの耳元に唇を寄せた。

その言葉を口にした瞬間、



バァァァンッ



破壊音が店内に響いた。
ぎょ、としてルーシィは音の出所に目をやり、ロキとグレイが反射的に立ち上がる。
砂埃の先に見えたのは、桜色の髪の少年と青い猫。

「ナ、ナツ!?」

ガタ、とテーブルから立ち上がり、その名前を呼んだ。

「ルーシィ!!」

ナツは、店内にルーシィを見つけると、真っ直ぐに近寄ってくる。

「ルーシィーーー!」

ハッピーもぽす、とルーシィの胸へダイブしてきた。

「どうして何も言わないで行っちゃったの!?」

急にいなくならないでよー、と上目遣いに見上げてくる青い猫。

「ご、ごめんね」

とりあえず謝りながら子猫の頭を撫でていると、がし、とその手が掴まれる。
そのまま引っ張られるように引き寄せられて、

「帰ろうぜ」

ナツは、ぎろり、とロキやグレイを睨みつけると、ぐい、とルーシィを引き摺るように店を出ていく。

残された二人と一匹は顔を見合わせて、

「……店破壊する必要はねぇだろ」
「よっぽどグレイが一緒にいたのがいやだったんだねぇ」
「そんなことよりオイラを置いて行くなんてあんまりだよ!」
「あのな……つーか、俺らが後処理すんのか?」

呆れ半分、苦笑するしかなかった。

*《01.23-02.05》

「ち、ちょっと、ナツ!」

どのくらいの間、歩いたのか。
どこへ向かっているのかわからずに引っ張られ続けた腕が赤みを帯びている。
ルーシィは、無言のまま歩き続けるナツに痺れを切らして声を上げた。

「なんだよ」

止まりもせずにそれだけ返ってくる言葉は不機嫌さを帯びている。
骨ばった指がルーシィの肌をきゅ、と締め付けた。

「…い、痛いから…離して、手、」

どうして不機嫌なのか、とか何をしに来たのか、とか聞きたかった。
けれども、言葉となった声は気持ちとは裏腹なものを紡ぎ出す。
ナツは、ぴたり、と立ち止るが、腕を掴む手の力は緩まなかった。

「なんでグレイといんだよ」

拗ねた口調で弱々しく吐き出される言葉。
唖然として眼を丸くしていると今度は強く返される。

「だから、勝手にいなくなるなよ」

同時に振り返ったナツは、怒っているようにも見える鋭い眼で真っ直ぐに睨んできた。

「…買い物くらいいいじゃない」

素直になれずにふい、と顔を逸らしても尚、ナツの視線が動くことはなく、先ほどの言葉を繰り返してくる。

「なんでグレイなんだよ」
「…偶然会ったのよ」
「ロキは、」
「勝手に出てきたの」

糸口の見えない質問にルーシィは小さく溜息を吐いた。
そんなことなど気にも留めないナツは、正面にルーシィの瞳を捉え、

「俺は、ルーシィがいなきゃいやだ」

強く言い放った。

「へ?」

数秒の後、ルーシィは自覚できる程の間抜けな声を上げる。
その様子にナツは、片眉をぴくり、と上げて一層不機嫌になった。

「なんで俺のこと避けんだよ」

責めるように告げられた言葉に、う、と言葉を詰まらせてルーシィは、気まずそうにナツを見つめ返す。

「怒ってんなら怒ってる理由言えよ」

真っ直ぐに、真剣に、そう放つナツから視線を逸らして俯いて、ポケットの上からソレをなぞった。

(わかってる…感情的になって怒った自分が悪いってことくらい。だから…―――)



――ルーシィだって仲直りしようと思ったからハルジオンまで来たんでしょ?



ロキの言葉が頭を過る。
はぁ、と小さく溜息を吐いて、ナツへ視線を戻すと、ゆっくりとソレを取り出してナツへ差し出した。
唐突に差し出された手に眼を細めて、ソレを眺める。

「…行きたい仕事があったの」

ルーシィの呟いた声を拾いながら視線は差し出されたソレから逸らさない。

「すごく、行きたかったの」

微かに震えているような声で繰り返された言葉にふ、と顔を上げた。

「…俺たちとじゃ、ダメだったのか?」
「ナツ、本燃やさない?」
「は?」

問いかけられたその言葉の意味が理解できない。

「だから、目の前に本があって、絶対に、燃やしたりしない?」

尚も繰り返される言葉をゆっくりと噛み締める。
いつもなら「大丈夫だろ」と言えるものが喉に貼り付いてすんなり出てこない。
ルーシィの瞳が本気そのもので、軽々しくその言葉を言ってはいけないように感じた。
確かな`約束`を以て答えなければ二度と口を利いてくれないような、そんな気さえして。
絶対、は無理かもしれない。

「……わ、わかんねぇ」

言い淀んで口にすると、ルーシィは困ったように微笑んだ。

(笑った…)

ただそれだけで、すべてがどうでもよくなってほっとする。
目の前の腕を確かめるように掴んで、はぁぁ、と長い溜息を吐きだした。


FirstAction


*《02.05-03.09》
おまけ
***
《12.22-03.09*拍手お礼》


Back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -