「帰って」
薄らと目許に滲んだ涙を隠すように俯いて、絞り出すような声で放たれた言葉にナツは立ち竦んだ。
驚いているのは、ハッピーも同じで。
それでも長く感じられた沈黙はすぐに掻き消される。
「今日は…―――っお願い」
悲痛そうに零れ落ちた音。
耳に木霊するルーシィの声は言葉とは裏腹に助けを求めているようで。
行き場もなく宙を彷徨う片手は遠い遠い距離を詰めることが出来ず、力なく下ろされた。
喉に引っ掛かる想いを飲み込んで、ナツは黙って踵を返すと入ってきた窓を横目で見やってゆっくりと扉へ向かう。
「……明日は、来てもいいよね?」
ハッピーが甘えるようにルーシィを見上げて、泣き出しそうに目を伏せた。
向ける宛のない感情を抱えて、今すぐにでも伝えたい言葉を押し殺して、知らず乱暴に扉を閉める。
壁を一枚隔てた向こう側ではルーシィが泣いているのに。
側に寄ることさえも拒絶する言葉に足が竦んだ。
「―――っち、くしょ」
「……ナツ」
ずるずると凭れた壁はひんやりと冷たくて。
温もりは手元に擦り寄る青い仔猫だけ。
ぼんやりと靄が掛かった思考の片隅でルーシィの泣き顔だけは鮮やかに焼き付けられて。
それ以外は何も考えられなかった。
「あれ、どうしたの?」
聞き慣れた声が頭上から降ってきて、反射的に顔を上げるとロキが不思議そうに首を傾げる。
腕には赤い薔薇の花束。
「ロキこそ何やってるの?」
「うん、僕……ルーシィに告白したんだ」
にこにこと楽しそうに受け答えるロキ。
まるでそれが合図になったみたいに、ナツは勢いよく立ち上がった。
「そういうわけだから、ルーシィのことは諦めて欲しいなぁ……っ!」
穏やかに微笑むロキの声が思考を埋め尽くす。
ただ無性に叫びたくなって、怒鳴りたくなって、遮るようにナツは走り出した。
「―――…なんて、信じちゃうんだね」
ふわりと靡いた橙の髪を抑えて。
サングラスの奥で目を細めるロキへハッピーが小さく呟いた。
「ルーシィ、泣いてたんだ」
「……どうかしたの?」
「オイラたちにもわからないんだ。今日は帰ってって言われて、それで……」
今にも泣き出しそうなハッピーの頭を撫でながらロキは考えるように沈黙して。
しばらくの後、笑みを零す。
「大丈夫だよ。ルーシィだって少し混乱してるだけさ」
「混乱?」
「そう、ルーシィも女の子だからね」
にっこりと爽やかに意味不明な言葉を返すロキに頭を傾げると彼は愉しそうに笑った。
そうして宥めるようにハッピーを抱きあげると軽やかに扉を開く。
「ルーシィ、見て!愛の花束を」
「―――っロキ!?」
「泣いてるの?ルーシィ。僕の腕に飛び込んで来てもいいよ」
「ば、ばか」
「さっきそこでナツに会ったよ」
焦ったように振り向いたルーシィの顔は真っ赤に染まっていて。
先程までのシリアスさなどは皆無だった。
ハッピーは全速力で走り去った相棒を思い浮かべて気の毒そうに溜息を吐き出す。
「なんだぁ」
「……ハッピー?」
「お腹空いてたんだね、ルーシィ」
「なんでそうなるのかしら!?」
いつものルーシィに安堵して、宥めるロキにハッピーは満面の笑みを向けた。
事情を把握しているのは多分、ロキだけ。
それは恋煩いのようで
前兆に過ぎなかった***
ロキがふざけ過ぎたのは仕様。
シリアスに耐えられなくて遊びに走りました。
が、ナツルーだと言い張る。
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