独りで泣いた夜。
素直になれなくて誤魔化すように笑った朝。
拾い上げるように掬う星屑。
流れるように零れ落ちる想い出の欠片。
繋いだ手は、揺れる桜色に導かれて。
射抜くような漆黒に見守られる。
緋色の温かさに安らぎを感じて。
大切にしたい、とただただ願った。
『大好き』 言葉にするのはとても簡単だけど、その言葉を伝わって欲しい人につたえるという行為はひどく難しい。
どうすればこの思いを伝えられるのだろう。
言葉ばかりが頭の中を空回りし、結局最後には伝えたいことがあやふやになってしまう。
ただ、そばにいたいだけなのに。
「考えすぎだよ」
竦める肩もろくにない仔猫の一言に、ふと顔を上げてみる。
瞼の裏にさえ思い描けるいくつもの笑顔の数に、本当はもう全部伝わっていたのかも知れないと思い直せば――四角く考え込んでいた自分を宥める余裕すら生まれるのだから、この小さなチームメイトも侮れない。
改めて見渡せば自分を見下ろす暖かな眼差しに微塵も迷いはなくて。
わかってるよ
当たり前じゃないか
伝わる想いは満ち潮のように不安な心を満たしていく。
バタートーストの横にマーマレードがあるように
歯ブラシの横に歯磨き粉があるように
あたしは当たり前のように今ここにいる。
「ん、ありがと」
くすり、と笑みを零して。
小さな頭を撫でてやれば。
心地良さそうに目を細めた。
うん、独りじゃないね、
幸せだな、嬉しいな、
なんてぼんやりと、じんわりと。
ふと夜空を見上げた瞬間に音が鳴った気がした。
かちゃりと。
音がしたサイドテーブルに目を遣ると、そこには金色と銀色がぼんやりと見えて―。
思わず浮かんだ大切な友達の顔に泣きそうになる。
気がつけば随分と増えていた互いに愛し愛される者たち。
−今のあたしを見たら、かつてのあたしはどう思うだろう−。
「みんな大好き」
溢れる程の幸せを胸に抱き、予想通り背後からふわりと回された力強い腕に身体を預けた。
その優しい光に我知らずほんわりと口唇が緩んだ。
まるで温かなココアに浮かんだマシュマロのように。
まるで白い砂浜に落ちた貝殻のように。
それはほんの小さな光だけれど、とても大きな幸せ。
この満ち足りた気持ちを彼らも感じてくれていればいいのに。
そう思いながら金と銀の光にゆっくりと手を伸ばした。
引かれた腕に包み込まれて。
伸ばした指先が空で揺れる。
背中に広がる温かさに擽ったさを感じて。
きゅ、と手を重ねれば。
くすり、と笑みが零された。
ゆっくりと溶け合っていく二つの体温。
ココアに浮かんだマシュマロが溶けるように。
砂浜に落ちた貝殻が砂に馴染むように。
別々の人生を歩み、別々の場所から来たはずなのに、
時間をかけて、いつの間にかそれらは一つの風景となる。
耳元に絶えず囁かれる魅惑的な誘いに我を失いそうになった。
「ねぇ、ルーシィ」
囁く声が熱に溶けて。
微かに繋いでいる意識を引き寄せる。
「ま、た勝手に出てきて…」
呆れ混じりにようやくそれだけ紡いで。
熱で染まる頬を隠した。
「僕を呼んだでしょ?」
呼んだ…? あたしが…?
―― そうかもしれない。
ふわふわと雲の様に浮遊し始めた意識を曖昧な記憶が嘲笑った。
回された腕に徐々に力が込められれば対象的に膝の力が抜けて行く。まるで吸い込まれていくように。波に呑み込まれる様に。
同化して、一つになる様に。
同時に彼の想いが流れ込んで来て胸が締め付けられる。
呼んだのはどっち…?
音にならない声を紡ぎ出そうとして。
零れ落ちた吐息。
火照る頬を滑る指先が柔らかさを確かめて。
ぴくり、と震えれば。
その口許が愉しそうな笑みを模る。
小さく溜息を吐いて。
観念したようにその腕へ手を重ねて。
その名を呼ぼうと口を開いた瞬間。
「ロ…―――」
当然のようにがちゃり、と扉が開いた。
深まる夜の色をした瞳とかち合う瞬間、慌ててその手を引っ込める。
「……タイミング良すぎない、グレイ?」
一瞬固まった空気を動かしたのは、茶化すような頭上の声。
投げ掛けられた方はまだ少し気まずげに、あ――悪ぃ、と俯き気味に頭を掻いた。
「ちょ……二人とも、今のおかしいから。違うんだからね!?」
「はん?」
「え〜〜、そうなの?」
「そうなの! 私はただ、何て言うか、色々考えすぎてただけで……その……」
何を誰に言い訳したいのかわからなくなり、語気が弱る。
「じゃあ、その“考えすぎ”なところをオニイサンに聞いてもらうといいよ」
見計らった――あるいは見越した――ように、ロキはぽんと肩を叩いた。
「誰がオニイサンだ、誰が」
開けっ放しのドアの前、落ちたぼやきは届いたのか届かないのか。
光の粒子はおやすみと残して、在るべき世界へと閉ざされた。
ったく、と短く息を吐いて。
部屋の中に入って来ながら、ドアが閉められる。
そんな動きを目だけで追って、すぐ傍まで来た彼を見上げれば。
向けられるのは、見慣れたいつもの笑みで。
「で? 何を考えてたって?」
そうして少し温度の低い手のひらが、ぽふりと頭に乗った。
いつものその仕草にどこか安心しながら、口をついて出るのは強がりで。
「な、何でもないわよ…」
背後から聴こえる微かな寝息を耳に、素直になれない自分が恨めしくなる。
ついでとばかりに、早々に姿を消した精霊にも恨み言を述べたくなる。
視線を逸らしていると、ふと空気が緩み、目の前の彼が苦笑したのが伝わった。
少しだけ温度の低いその手に、落ち着いたその優しさに、どこか安心感を覚えて。
そっと、手を伸ばすと―…
触れる寸前に絡み取られる。
意思に反して、包み込まれる指先にひんやりとした冷たさを感じて。
半ば呆然と、その仕草を見守った。
触れる吐息は熱く、届かない感触を伝える。
ゆっくりとしたその動きに、治まった頬の熱が蘇って。
口をぱくぱくと動かせば、愉しそうにその口許が弧を描いた。
絡んだ指先が擦れる。
反応を愉しむみたいに、ゆるく。
上がっていく熱に耐え切れず手を引くと、それで感じてた温度は離れる。
代わりに、もう一度頭へ乗ってきたそれが、髪を撫でるように頬まで下りて。
意地悪く浮かんだ笑みはそのままに。
取られた金の髪が一房、さらりと彼の指を滑り落ちた。
漆黒の視線に惹き込まれそうに、なりながら。
…ナツぅ、と背中で聞こえた寝言に、とっさに息を飲み込んで思考が戻る。
弾けたように後ろを振り返って。
視界に青い仔猫を捉えた。
乱れた寝息が規則正しさを整えて。
高鳴る胸の鼓動を鎮めるように小さく深呼吸をする。
「ナ、ナツは…いつハッピーを迎えに来るのかしら」
ね、と振り向いた瞬間。
緩やかに手元から零れ落ちた光の残滓が甦って。
きらきらと降り注いだ先刻と同じように、ゆっくりと混じり合った視線。
その色に、強さに、鼓動が速まった。
「…で、何だ、考え事ってぇのは」
背後から聴こえる微かな寝息を耳にしながら、少しだけ温度の下がった空気に思考が上手くまとまらない。
答えを探して瞳を揺らし視線をさ迷わせていると、こつり、と静かに足音が近付いて来る。
「だ、だからあの、……」
「聞かせろよ。――何、考えてた?」
低い、声に問われるほど。
思考が凍り付かされていく気がする。
ずっと向けられてる深い黒の瞳とも、視線を合わせられないまま。
合わせたら、きっと。
氷の枷に、繋ぎ止められて、しまいそうで。
さらに言葉を紡ごうとしたのか、間近で息を吸い込む音がして。
「――おーいルーシィー! ハッピー来てねぇかー!」
唐突にドアの向こうから割り込んできた、聞き慣れた声と、足音に。
次の言葉が来なかった代わりに、小さな舌打ちの音が、した。
当たり前に呼ばれた声色に頬が緩んで。
ほっと胸を撫で下ろす。
「アンタが入口から入るの、めずらしいわね」
そんなことをいいながら扉をあけると
見慣れたピンク色の髪の後ろに小さな浮遊物とともに黒い大きな影。
「よぉ、コスプレ姉ちゃん」
予期せぬ来訪者の声に思わず目を見開いて。
こくん、と喉を鳴らせば。
グレイも同じように言葉を失っていた。
呆然と立ち尽くすふたりに仮面姿の男は満足そうに口角を上げる。
「お、なんだやっぱりルーシィんところにいたのか」
「な、なんで…」
指先をただ一点、ゆるゆるとその人物を指して。
思うように出てこない言葉を絞り出すが、そんな様子など露ほど気に留めずにナツはひょい、と首を傾げてベッドの仔猫へ一歩近付いた。
「ちょ、ナツってば…」
「なんでお前がいんだよ、ビックスロー」
困惑して狼狽えるルーシィを余所にグレイは呆れたように溜め息を吐き出す。
邪魔された、とでもいう表情で漆黒の髪を掻き混ぜた。
「偶然そこで会ったんだよ、偶然ねぇ」
「だからって別についてこなくても良かったんじゃないかしら?」
「お、相変わらずこえーなコスプレ姉ちゃん」
「だから毎度毎度それやめてよ!」
いつの間にかビックスローのペースに振り回されているルーシィを面白く無さそうに見てグレイが口を開く。
「おいマジで何の用だよ」
すると明らかに不快感を乗せたその声を掻き消すようにガチャガチャと騒々しい音。
「ネェ、サケナイノー?」
「コノウチノレイゾウコショボーイ」
「ロクナノハイッテナイヨー」
「ショボーイ」
「ショボーイ」
ふよふよと浮かぶベイビー達を視界の端に捉えて。
ひくり、と頬を引き攣らせる。
眉間に寄った皺を抑えてゆっくりと息を吐いて。
にやにやと気味が悪い程三日月を模ったその仮面を睨み上げた。
「おーおー、こわいねぇ」
真っ直ぐに刺さる視線へ大袈裟に答えて。
苦笑を漏らしながらベッドへ寝転んだナツへ声を投げる。
「先客がいるとは思わなかったんだよ、なぁ?」
「てか、なんでグレイがいんだよ」
「あ?俺の勝手だろが」
口を尖らせて不服そうに睨むナツへ同じく苛立った様子で答えるグレイ。
そんなふたりを愉しげに眺めているビックスロー。
ルーシィは、溜め息ひとつして大きく息を吸った。
「あたしの家で騒ぐなっ!!!」
それでも時間帯を思ってつい音量に気を使ってしまう。
長い溜め息の後、ぴっと人差し指を立てて。
ゆっくりと不躾な訪問者たちへ向けた。
静かに動いた指先に視線が集まる。
ひくり、と震える唇を緩やかに動かして。
怒りを含んだ笑顔でにっこりと微笑んだ。
「出てって。全員、今すぐ!」
薙ぐように腕を振るえば、くるくると浮遊していたビックスローの“ベイビー”達がチョーツメタイだのレイゾウコショボイクセニだのと口々に言い募ったが、
「出てけ――――!!」
そのこめかみに浮かんだ青筋の勢いで、全員もれなく放り出される。
「ひぇー、やっぱ怖ぇぜ女王様は」
「ったく……」
「んだよ。何睨んでんだコラ」
一瞬漂いかけた険悪な空気も、部屋を閉め出された今はどこか間抜けなものに思え。
「……帰んぞ」
「つーかお前、上着どこやったんだよ」
それ以上脱ぎ散らかすなよと嫌みを投げつつ、俄然盛り下がったと言わんばかりに階段を下りるグレイに続いた。
ばたん、と扉が閉まったことを確認して。
どっとやってきた疲れとともに盛大な溜息を吐く。
直後、はたと気付いたベッドの上。
青い毛並みの見慣れた仔猫が、ごろりとひとつ寝返りを打って、
「ふぁ〜〜……」
限りなく暢気な欠伸をして見せたかと思うと、あれぇナツは、と目を擦った。
「迎えに来たけど、……帰しちゃったわ」
「何で?」
「……しょ・諸事情で?」
疑問形で返された答えに、変なのともう一欠伸。今度こそその場で寝入られぬよう、
「あんたも帰りなさいよ」
「ルーシィ、鬼だね」
先刻、似たように浮遊する連中から似たようなことを言われたばかりだ。
思い出した苛立ちまでを乗せた視線に、敏いハッピーは即時退散を決めたらしい。
「また明日ね。おやすみー」
ぴゅーっとばかりに遠ざかる小さな姿を見送り、今度こそ一人きりになった部屋。
戸締まりをしてカーテンを引き、サイドテールのリボンを解いて――この疲れを流すべく、バスルームへと足を向けた。
手早く脱いだ服をぱさり、と置いて。
鼻歌交じりにバスルームの戸を開ければ。
ほわり、と湯気が立ち籠める。
お気に入りの入浴剤で薄ピンクに色付いた湯船、香るフローラルに顔が綻ぶ。つま先からそっと浸かっていけば、疲れだけでなく暗い考えまでもが溶けていくようだった。
ゆっくりと肩まで浸かって。ゆっくりと暖まって。
先ほどとは違う、ほっと肩の力を抜くような溜息が漏れる。
「………ん……、んん?」
が、やっと訪れた至福の時も一瞬のこと。
かたかたん、部屋の方から何やら物音がするではないか。
誰もいないはずだ、という思いに身体が強張って。
緊張したのも束の間。
思い浮かんだ不法侵入者の姿に嘆息した。
「…もうっ」
ざばり、と勢い良く湯から出て。
手近にあったタオルを巻く。
半分諦めてはいるものの文句のひとつでも言ってやらなければ気が済まない。
やはりというか、なんというか。脱衣場から出たあたしを待ち受けていたのは、先ほど追い返したはずの桜色。
「…ナーツー?」
「よお、ハッピーは?」
呑気に片手をひらひらと振りながら、相棒の姿を探すナツの腰はしっかりとソファに落ち着けられていて。
…どうやら、すぐに帰る気はないらしい。
「…さっき帰ったわよ」
そんな姿にはあ、とため息を吐けば。
そっか。と何故か笑顔のナツ。
「な、何…?」
「別になんも」
崩れぬ笑みに小首を傾げるが、何か企みがあってのものとも思えない。
まるで、そう。ただちょっぴり、すごく嬉しい――それだけのような。
「……しょーがないわね、あんたは」
呆れてしまうのは、そんな笑顔を無邪気に傾けるナツになのか。それとも、そんな笑顔に少なからず傾いていく自分になのか。
それでも釣られるように緩む口許を誤魔化して。
着替えを手元に、くるり、と背を向ける。
「紅茶で良いでしょ」
「おう」
湯船に浸かって温まった身体はすっかり冷めて。
抱えた衣服とバスルームを交互に眺めて。
溜め息ひとつ、諦めた。
「…まったくもう」
足早に脱衣場へ消えていく後ろ姿を横目にナツは、ほっと息をつく。
文句を言いつつも早々に着替えてキッチンへ向かうルーシィに自然と頬が緩んだ。
本当は、知っていた。
風呂に入りたくて皆を追い出したことも。
ハッピーがもういないであろうことも。
知っていながら、また、足が向いた。
それほどこの部屋の居心地がいい――だけでは、今宵はなく。
『お前らのせいで聞きそびれたんだ』
ビックスローと別れた後に、グレイがまだまだ不機嫌な面持ちで、そう口を開いた。
『責任取って、お前がどーにかしてやれ』
『オレのせいかよ』
『少なくとも、ゆっくり話を聞いてやれなかったのはお前のせいだ』
じゃあなと手を振る仕草など、もうどうでもよかった。
それよりも、もう一度。
ちゃんとルーシィの顔が見たかった。
そうして、全てを理解した上で戻ってきてしまったこの家の中。
彼女を追うようにキッチンに向かえば、紅茶を煎れる事に夢中ですっかり無防備な背中が目に入る。
「……ルーシィ、」
いや、寧ろナツの目にはそれしか入らないのかもしれない。
彼女を認識した瞬間、彼は迷うことなくその名を呼んで、迷うことなくその体を抱き締めていた。
びくり、ルーシィの体が跳ねるが、そんなのはナツの知ったことではない。急激に真っ赤になっていく彼女を腕の中でひっくり返し、正面から抱き締める方がよっぽど重要だ。
腕の力が微かに強まって、胸の鼓動が耳に響く。
掠れた声が静かに漏れて、吐息が熱く金糸に混ざった。
触れる指先が熱を帯びて、視線が絡まり合う。
琥珀に揺れる桜色がふわり、と靡いて―――こつん、と額が重なった。
「……ナ、ツ?」
名を呼ぶ声が、二人の間に押し潰れた鼓動に合わせて震えている。
「ルーシィ、大丈夫だ」
「え?」
「よくわかんねぇけど、心配すんなよ」
大きく見開かれた瞳が、喜色を携えて細められるのをじっと見守った。
温かな体温が肌を伝って、じんわりと染み込む。
触れる掌が、額が、言葉以上に気持ちを表していて。
ふたり声を出して思わず笑い合った。
不安になる夜も真っ直ぐな瞳が受け止めてくれる。
壊れないように、大切に扱っても言えなかった言葉もすべて飛び越えて。
いつだってあやふやな気持ちは見透かされたように暖かな想いに包み込まれる―――。
夜に包まれた想い
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たくさんのご参加、本当に本当にありがとうございましたーーー!!!
誰よりも楽しんだのは間違いなくゆんですっ。
すっごく楽しかったです。
*thanks 60000hit over*
DLF期間は終了致しました。
※尚,参加者様のみお好きな時に御持ち頂いて構いません。
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