捜す香りは微かな甘さを帯びて漂う。
こんな森の中でもよく消えないな、と半ば感心しながらも草木を掻き分けて辿れば、小さな声が耳に入ってきた。
会話の内容までは聞き取れず、楽しそうな気配と甘い―――媚薬のような声。
(ルーシィ…だよな?)
普段の聞き慣れたそれとは違う声のトーンに疑問を覚えながら自然と逸る気持ちを押さえつけて。
この先にいることを確信して、生い茂った葉の中を突き抜ける。
揺れた小枝と広がった視界に目的の金糸を捉えて。
ほっと安堵したのも束の間、次いで視野に入ってきた仮面姿に眉を顰めた。
「嬢ちゃんが空から降ってきたからな」
歪んだ口許が愉しげに言葉を紡いで、にやにやと見下ろす表情はどこか癇に障る。
ギルドにいる時には感じたことのない感情が湧き上がって。
それが何故か、なんて考える間もなく真っ直ぐに仮面を睨み上げた。
衝突した視線の先では、この例えようのない苛立ちの意味を見透かしたように目が細められる。
「おーおー怖いねぇ」
大層愉しそうに口許を歪めたビックスローは小さく、恐らく聴覚が優れていなければ聴き取れないような程の小声で呟いて。
拾い上げた言葉の意味も意図も理解できずに、ただ衝動的に込み上がる感情に拳を握り締めた。
「ひとまずエルザ達のところまで戻ろうよ」
「そうね…じゃぁ、ビックスロー案内して」
「人使いの荒い嬢ちゃんだな」
「あい、それがルーシィです」
「あんた達…覚えてなさいよ」
エルザに言いつけてやるんだから、なんて楽しそうに話すルーシィの声を頭の片隅で聞きながら言い表せない違和感を覚える。
普段と同じようで全く異なる声色。
(なんで、アイツなんだよ。俺が…―――)
ぼんやりと頭の中を巡る思考にふと疑問を感じて考えを止めた。
歩きながら思い通りに纏まらない感情が判断力を鈍らせる。
同時に、仲間の声が耳に飛び込んで、エルザとグレイが駆け寄ってきた。
相変わらずの騒がしい様に少しだけ気持ちが落ち着いて、気になっていた違和感も有耶無耶になっていくことに安堵する。
(なんだ…気の所為か)
胸をざわめかせる理由が見つからなかったことと元より考えることに向いていない性格故に浮かび上がった疑問ごと掻き消して。
凝った肩を鳴らして溜息ひとつ、吐き出した瞬間。
「ま、地面に直撃しなくてよかったな」
穏やかな声と共に目の前で行われた行為に、ざわりと全身の熱が上がった。
息を飲んだのは、ルーシィも一緒で。
視界の端には、腹立たしい程に綺麗に歪められた口許。
「なんだ、嬢ちゃん」
紡がれる声が、空気が変わったことを訴えるように伝えて。
浮かび上がった疑問も込み上がった苛立ちも何もかも霧散する。
「無事だったんだからもういいだろ」
本能の示すままにその細い腕を勢い良く掴んで、今度こそ掴み損ねることなく離れないように力を込めた。
》to be continue.
***
なっちゃんビックスロー意識し過ぎだよ…。
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