「おい、ルーシィ。開けろって」
「嫌よっ。絶対に嫌っ!」
「だから、オレの話を聞けって―…」
「聞かない!帰ってよ…っ」
どん!と勢い良く背にしたドアから振動が響き、ルーシィは思わずびくっと体を震わせる。
だが、…今日は絶対、私は悪くない。
何が何でも、ドアを開けたりしない…!
「そーかよ、分かったよっ!」
ドアの向こう側にあったナツの気配が遠くへ消えていく。
ルーシィはその足音が完全に聞こえなくなった頃、ようやく体の力を抜きぺたりと床へ座り込んだ。
巻き上がった風でふわりと揺れた、フレアスカート。
今日の為に、と気合いを入れて買ってきた勝負服だったのに。
「ナツの…ばか…っ」
床へ、ひとつふたつと小さな染みが広がる。
黒く変色していくソレを見つめながら、ルーシィはただ膝頭が涙で冷えていくのを感じていた。
素直になればこんなにも今から思えば、何てバカな事をしていたんだろう。
ひとりで勝手に浮かれて、新しい服まで買って。
“今度の休み、暇か?”
そうナツに問われただけなのに、デートだなんて勘違いをして。
約束した時間より早く、待ち合わせの場所へ着いた私。
噴水の中央に立っている時計の針を横目で確認しながら、早く約束の時間にならないかと。
まるで時間軸が狂ってしまったんじゃないかと思える程に長い時間を過ごして。
時計の短針が約束した時間を示しても姿を現さないナツに“また寝坊してるのか”と少し呆れて。
それでも。―…1時間。1時間以上待っていたのに。
「なにが“よぉ、何だ早いな”よっ」
いつも通り、何て事ない顔で。
悪い事をしたなんて素振りはこれっぽっちもなくて。
にかっと浮かべられた笑顔なんて見たら、誰だって腹立つわよ!
“今日は暑ぃなー”と、マフラーをぱたぱたと泳がせていたナツ。
そんなものしてるからよ、と言い返せなかったのは。…惚れた弱みか。
「あーもー、ヤダヤダ!」
私がナツの事を好きになるなんて、想定外もいいところで。
認めたくないような、嬉しいような、そんな複雑な乙女心なりにも楽しみにしていたのに。
「ばかナツ…」
からかわれたのだろうか。
それとも、ナツにそんな気はなかったんだろうか。
後者はいかにも有り得そうだ。
自分で考えた事にどん底まで落ち込み、はぁぁ、と深く溜め息を落とす。
早い話、ひとりで勝手に勘違いして、ひとりで勝手に浮かれていた。…結局、そういう事か。
「バカね。私も」
ぐし、と手の甲で乱暴に目尻を拭い、自らの言葉に改めてショックを受けている自分を笑う。
何を動揺する必要がある。
明日からは、またいつも通り。
―…そう、今までと何ひとつ変わらない日々が続くだけだ。
「スカート、皺になっちゃうな…」
例え思惑と違っていたとしても、気に入って購入した服である事には違いない。
せっかくおろしたての服なのにしわくちゃになってしまうのは忍びなくて、ルーシィはのろりと体を起こした。
今日は熱いお風呂に入って、早く寝てしまおう。
こんな最悪な一日はさっさと忘れてしまうに限る。
ドアへと向き合い、何気なくそっと手のひらを押し当てる。
怒り任せにドアを殴りつけていたナツ。
今頃、少しは冷静になって反省しているのだろうか――…。
「止め止め、そんな事考えても意味ないじゃない」
ルーシィは何かを吹っ切るかのように口にして。
それでも、どこか落ち着かない胸の内を抱えたまま、額をドアへこつんと当てる。
徐々に遠くへ消えていったナツの気配。
もう、ここに彼の姿はない。
こん。こん、こん。
「いるんだろ?ルーシィ」
「―――…っ!」
予想していなかった声がドアの向こうから響き、ルーシィはとっさに顔を上げる。
いるはずない。もう随分前に消えたハズなのに。
幻か、と無言のままその気配を探れば、再び“こん”、と。
「ナ、ツ」
「なぁ、ルーシィ。開けてくれよ」
「嫌だって言ってるでしょ!」
「…じゃあ、このままでいい。聞いてくれ」
何を今更、そう言い放とうとした言葉は何故か飛び出してくる事なく。
反論がなかった事を了承と受け取ったらしいナツが、言葉を続ける。
「遅れて悪かったよ。…反省してる」
「今頃言っても遅…」
「分かってる!聞いてくれって」
静かに淡々と、それでも珍しく言葉を選んでいる様子のナツに、ルーシィはきゅっと固く口を閉ざす。
遅れた言い訳に、何を訴えようというのだろうか。
どうせろくでもない事しか言わないに違いない。
そう思っているのに、続きが聞きたくて。
ルーシィは大人しくナツの言葉を待つ。
そして、しばらくの空白が続いた後、こつんと何かがドアに当たる音がした。
「オレ、…浮かれてたんだと思う」
「浮かれてた…?ナツが?」
「ルーシィと、初めて二人きりで出掛けられると思って」
「ナツ……」
それは、こちらとて同じ事。
だからこそ、待ち合わせの時間よりも早く着いていたのに。
それなのに悠々と遅刻してきたのは、どういう意味なのか。
「あーーー、オレな!」
「な、何よっ」
「…眠れなかったんだよ。浮かれ過ぎて」
「へ…?」
「だからっ、…朝、起きれなくて目が覚めたら時間過ぎてて」
「寝坊した、って事?」
「必死に走ったんだぜ!?でも、着いた時にはかなり時間過ぎててっ」
あーでもない、こーでもないと必死に説明するナツの言葉を要約すると、こうだ。
約束をしたのはいいが、楽しみで眠れなかったと。
気が付いたらうとうとしてて、朝になっていたと。
慌てて時間を確認したら、待ち合わせの時間を過ぎていたと。
それで必死に走って来たけど、すでにルーシィが鬼の形相で立っていたと。
「なっ、でもあんた、余裕の表情で現れたじゃない!」
今でもはっきりと思い描く事が出来る。
そんな気配は微塵もさせず、素知らぬ顔で“暑ぃなー”…なんて。
―…暑い?
ふ、と違和感を感じ、ルーシィは首を傾げる。
今朝起きた時、肌寒いと感じる程気温が低かったのを覚えている。
だから、上に一枚羽織って出掛けたのだから。
それなのに、ナツは“暑い”と言った。
「走った後だったから、暑かったんだよっ」
「なら、素直に最初からそう言えば良かったじゃない!」
「言えるかよ!焦って必死に走ってきたなんて!」
ナツが焦る?必死に…?
「ぷっ。あははははっ、何それあんたらしくない…っ」
「笑うなよっ。…オレは真剣なのに!」
「あー、はいはい。とっても良く分かったから」
「ルーシィ!」
バン!とドアが鳴り、思わずびくっとルーシィの体が震える。
拳を叩きつけられたであろう扉が軋み、悲鳴を上げた。
「オレは…っ!」
言葉自体をぶつけてくるかのように、ひとつ。
一瞬の静寂の後、ぽつりと。
「オレは。―…本気だ」
唸るように吐き出された、ナツの心。
まるでもがき苦しんでいるかのようなその声音は、きっと嘘なんかじゃない。
そもそも、ナツが嘘なんかつけるハズがないじゃないか。
「…入りなさいよ」
「ルー…シィ」
「ご近所迷惑でしょ!少しは考えなさ―…」
「ルーシィ!」
肩越しに回された腕が、ぎゅっと強く絡みつく。
それはまるで、二度と離したりしないと訴えているかのようで。
「ばかナツ」
「…すまねぇな、バカで」
「二度目は、許さないんだからね」
「あぁ。…分かってる」
ゆっくり頭を後ろへ預ければ、ナツの肩が優しく受け止めてくれて。
確かに感じるナツの体温に、ルーシィは安堵しそっと瞼を閉じる。
不器用で、どうしようもないぐらい意地っ張りだけど。
それでもこれが“ナツ”だから。
私が好きになった、ナツだから――…。
「次の休み、…デートしような」
「…仕方がないから、してあげるわ」
「あー。そりゃ、すまねぇなー」
楽しそうに体を揺らして笑うナツ。
その振動が伝わってくるのを、私は心地よく聞いていた。
***
Guroriosa:碧っち。様より50000hit記念DLFを頂戴致しました◎
浮かれ過ぎて眠れないなっちゃんにときめきが隠せません。
そうだよね、年頃の男の子だもんね。
でも恥ずかしくなっちゃうんだよねv
だってうぶだもん。
こんなに焦るのはルーシィだから。
そんなふたりが大好き。
50000hit overおめでとうございましたーーーっ!
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