静けさに包まれた空間。
古びた書物の匂いが充満した部屋でルーシィはひとり、本を読んでいた。
隣の部屋ではバルゴが忙しなく動き回っている。
珍しくひとりで請けた仕事は、古本屋の書物整理と店番。
趣味と実益を兼ねた魅力的なものだった。
来客の少なさにバルゴと二人で書物整理を始めたところ、本を取り出しては読み耽ってしまうルーシィは早々に店番の役割を与えられ、書物の整理はバルゴが引き受けてくれた。

もしも外の世界を知らなかったとしたら、今あるこの感情はきっと別のものだったと思う。
『もしも』なんて言葉は、ルーシィにとって明日を過ごす為の夢物語だったから。
描いては現実を思い知らされて。
込み上がる涙を堪えては、その先の言葉を飲み込んで。
紙に綴る空想の世界。
そんな生活を繰り返して数年、些細なきっかけで家を飛び出して。
飛び出た街には人が溢れていて、生きていた世界が閉鎖的だったことに気付く。
それほどまでに飛び出た街は広域で。
受け入れられた場所は輝きに満ちていた。
出逢いはまるで必然のようで。
吸い寄せられるように導かれたこの途は、もしかしたら初めから決まっていたことなのかもしれない。
そう願ってしまう程に居心地の良い世界。
差し出された掌の温かさも向けられる笑顔も包み込まれる優しさも。
触れる肌の熱は穏やかに浸透して、強い眼差しの奥に光る温もりに幸せを噛み締める。
そんな日がずっと、続いていくのだと根拠もなく信じて―――疑うことなんて知らなかった。
だから、些細な違和感に気付くことが遅くなったのかもしれない。

「ちょっと遅くなっちゃったかな」

その日はいつものチームではなく、ルーシィひとりで仕事に出掛けていた。
依頼は小さな古本屋の書庫整理と店番という至って単純な内容で、報酬はそれほど多くないが、趣味と実益を兼ねたような魅力的なもの。
来客が少なかったおかげか店番をしながら書庫の整理も出来た為、思いの外早い時間に終えることができた。
けれど、報酬とは別に本をプレゼントしてくれるということで散々悩んだ所為か予定よりも時間が押してしまい、店を出たのは陽が沈み始める頃になってしまった。
西日に目を細めながらルーシィは時計を確認すると早足で駅へと急ぐ。
最初に違和感を感じたのは、帰りの列車の中。
しかし、女性よりも男性の方が多いと感じただけで時間的にも不自然な程ではなかった。
それ故気に留めることもなく、久方ぶりに上手く行った仕事と報酬にルーシィは上機嫌のままマグノリアで下車する。
思い返せば、この日が全ての始まりだったのかもしれない。
この時はまだ、これから起こる災難を予期することも出来ず―――始まりを思い返すこともなかった。


***
いつだって過去は付き纏って。
今が夢みたいに思えてしまう。

2012.06.04.
ルーシィの日。

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