「ここが…マグノリア…?」
 薄桃色の長い髪をさらりと流して、彼女はゆったりと周りを見渡した。ふと何の気なしに空を見上げると、高い建物の向こう、燦々と降り注ぐ太陽の光が彼女の色素の薄い瞳を焼く。
 『暗殺』を生業とするものが、こんな明るい陽の下を歩くなんて、ほんの数ヶ月前の自分からは想像も出来なかったこと。慣れぬ光にほうと小さく吐息を吐くと、彼女は視線を戻して、しゃなりと草履を鳴らした。

『魔力剥奪の上、市井にてやりなおせ。』

 それがあの『楽園の塔事件』の一端を担う自分に下された罰。
 何ともまあ緩い罰則だと内心呆れ返りもしたが、物心が付くか付かないかの頃から半身といってもいい程一緒のときを過ごしていた刀を取り上げられたことは、身を切られるよりも辛いことだと今更ながらに納得した。
 ついでに市井に下るにあたり、魔力を封印するために科せられた耳朶の輪が、実際の重量よりも重く彼女の身を苛む。

 枷の耳環の影響であろうか、以前よりも重く感じる着物の裾をずるりと引き摺り、目的地もなく、ただあてどもなく彷徨ったはずなのに、我知らずたどりついたのが、自分の身をこんな『地獄』に突き落とした張本人のホームグランドであるなんて、些かどうかし過ぎているような気がして、彼女は自嘲気味た笑みをその口唇に浮かべた。

 そうだ、ほんの一眼、『彼女』を見たら、その後は何処となく旅立てばいい。
 そう、ほんの一眼、物陰から。

 あの角を曲れば、『彼女』のいるギルド。
 そっと建物の影に身をやつして、彼女は慎重に件のギルドの方へと視線を向けた。
 笑い合い、さざめく声が通りを挟んだ彼女のところまで漏れ訊こえてくる。
 彼女自身には縁遠いその楽しげな声に、思わずそっと眼を伏せた。
 その途端ぽんと軽く肩を叩かれ、驚いた表情を浮かべて振り向けば、『切れぬものはない』、そう自負していた彼女のプライドを一瞬にして粉々に砕き去った、緋色の髪が鮮やかに視界を染めた。

「…エ、ルザ。」
 喘ぐ息の下、その紅い髪の持ち主の名を呼ぶ。一瞬にして彼女の世界を塗り替えた緋色。
 眩しい光が脳裏を焼き、自律神経さえずたずたに寸断されたような感覚さえ呼び起こされ、こくりと息を飲み込む。

「どうした斑鳩…あぁ、その耳環が科せられたということは執行猶予になったのか。他の奴らはどうした? 別行動か?」
 そんな『斑鳩』と呼ばれた彼女の雰囲気にも頓着することもなく、緋色の髪を揺らして『エルザ』は柔らかな笑みを浮かべた。
 その何もかも全て包み込むような声と表情に、斑鳩の瞳からぽろりと熱い何かが零れ落ちる。久しく忘れていたその感触に斑鳩は眼を見開いて硬直したまま。

「あぁ、本当にどうしたのだ? まぁ立ち話もあれだな。こっちへ来い。」
 いつの間にか取り出したハンカチで、幼子のようにぐりぐりと顔を拭かれ、何の遠慮も躊躇いもなく、斑鳩の左手首がエルザの掌に握られた。そしてそのままぐいっと強引に建物の影から引き出される。
 瞬間眩しい太陽の光が二人に降り注ぎ、斑鳩はまたしてもきゅうと瞼を瞬かせた。しかしその陽光は先刻斑鳩の瞳を焼いた光よりずいぶんと優しくて。

「ほら、行くぞ。」
 改めて柔らかく引かれた手に促されるように、斑鳩は陽の当たる場所へとその一歩を踏み出した。


271. 案外世界は君に優しいんじゃないかな


***
夜来礼讚:稲荷ギンカさまより頂戴致しました。

斑鳩の桃色の髪が好きです。
長い柄の刀も。京都弁も。
強気で潔くて美しい彼女が大好きです。
なにより可愛いのです。

もうもう。
稲荷さん…っ!
愛し過ぎて愛おし過ぎてどうしましょう。

エルザの母性的な優しさがダイスキ。
涙が出る程の、日溜まりみたいな温かさが好き。

わーん!
ありがとうございましたー!!


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