桜が満開に咲き乱れる並木道をルーシィはゆっくりと歩いていた。
学生の通学路となっているこの路は、始業の鐘が鳴ってからしばらく経っている所為かまったく人が歩いていない。
ひらりひらりと舞い散る桜の花弁がまるで雪のように降り続けている光景をぼんやりと眺めながらふと一瞬だけ悲しそうに眉を顰めたロキを想う。

「どうして、あんな顔……」

何かに耐えるような堪えるような瞳は真っ直ぐと向けられて。
けれど、その視線の先はまるで夢の世界を映し出しているようだった。
ただの夢。そう、何の意味も成しはしない。
少しだけ気にかかっただけで、本当は追求する気なんてなかったのに。
滅多に崩れることのない笑顔が真剣さを帯びていたから。
本当に前世のことを知っているのではないかと思ってしまって。
ロキに興味が湧いてしまっただけ。
ただ、それだけのことなのに。

「―――…待ってて、なんて誰に言ったのかしら」

夢の終わりに紡いだ願いは、たったひとつの約束。
指先が熱く絡んで、込められた力と祈るように擦り寄せられた額。
それはきっと、永遠の想いを誓う儀式だった。

「……なんて、だだの夢!そう、夢……だよね」

脳裏を過った言葉を打ち消して、思考を現実へ引き戻す。
ルーシィはひとり呟いて溜息を吐き出すと組んだ両手を思い切り伸ばした。

「第一待っててなんて。私だったら自分で追いかけるもの」

やっぱり夢は夢。幻覚のようなもの。
現実の出来事であるはずがない。
そう、自分なりの解釈に納得すると小さく笑みを零して、これから通うことになる学園の門を潜る。
少しだけ緊張しながら踏み入れた校内はしんと静まり返っていて。
すぐ横には受付がふたつ並んでいた。
ひとつは来賓受付の表示、もうひとつには在校生の受付表が置かれている。
ルーシィはこつこつと響く靴の音を妙に大きく感じながら受付に座っている女性へ声をかけた。

「あの、すみません。転入手続きに来たルーシィ・ハートフィリアです」

丁寧にお辞儀をした後覗き込むように顔を上げれば、彼女は事務的に返事をする。

「はい、伺っております。では、手続きに必要な書類を頂けますか」
「はい」
「ルーシィ・ハートフィリアさんは、既に入学金の振り込みは済んでいますね。面接の時にもお話があったと思いますが、特進クラスへの転入希望で間違いはないですか?」
「……はい」
「では、内容を確認の上こちらへサインをお願いします」

にこりとも笑みを浮かべない彼女に緊張しながら言われるままに書類へ目を通して、ルーシィはサインを綴る。
決められた進路に従うことが嫌で、家を出たとしてもそれは意志表示にしかならない。
未成年である自分が勝手に学校を変えることはできる筈もなく、保護者の捺印は不可欠。
それでも度重なる抗議と執事長のカプリコーンが助言をしてくれたおかげか転入を認めてくれたことには感謝しなければならない。
勿論、条件付きではあるけれど。
定期的に実家へ帰宅すること、成績は常に上位を保持すること、特進クラスのある学校への転入。
更に、一人暮らしを認める代わりに隣の部屋へ使用人を住まわせること。
自分らしくあるために、家を出た。
それなのに、守られているばかりで実際は何も変わっていない。
表面を繕って一体何になるのだろうか。
ルーシィは唇を小さく噛むとまるで何かを決意するように書類を手渡す。

「はい、確かに受け取りました。制服は既に購入されていますか?」
「はい」
「では、明日から正式にこの学園の生徒となります。始業は8時半からですが、初日なので8時には御来校下さい。職員室はこちら右の階段を上がったすぐ左です。担任の先生は―――」

淡々と告げられる事務的内容を受けて、ルーシィは礼を述べるとお辞儀をした。
鞄を持ち直して、自動扉を出て漸く息を吐き出してから振り返った校舎は期待に溢れた想いとは裏腹に新しく踏み入れた無機質な空間にも感じられる。
果たしてこの選択は正しかったのか。
ルーシィが小さく息を吐いた瞬間、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

「ルーシィ」
「……ロキ」
「迎えに来たよ。手続きは済んだ?」
「えぇ」
「じゃぁ、帰ろうか」

にっこりと微笑むロキの姿にほっとして、同時に笑みが零れる。
差し出された手を掴んで、引かれるままにその背へ倣うと朝は人通りのなかった桜並木には制服を着た生徒たちの姿があった。
明日の朝、袖を通すであろう制服をぼんやり眺めながらルーシィは込み上がる期待と不安に知らず繋いだ手をきゅ、と確かめるように握り締める。
その様子を横目にロキは穏やかな笑みを浮かべて、擦り抜けていく風を感じながら瞼を閉じた。



大丈夫、
そう言って欲しかった


***
序盤過ぎて内容が型を成すのはまだ先になりそうです。

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