絶え間なく鳴り響く目覚まし音。
薄らと瞼を開けば、カーテン越しに日差しが差し込んで朝を告げる。
ルーシィは気怠そうに目覚ましを止めると身体を起こして目元を擦った。

「…なみだ?」

頬を伝う生温かいものが涙であると気付くまでに数秒かかり、自身が何故泣いているのか理解できずに首を傾げる。
満ち足りたような安堵感。
少しだけ切なくて、寂しくて。
だけど、期待と確信を帯びたような満足感が胸の内を蠢いていた。

「何、今の…夢?」

夢にしては妙に現実感のある映像と声。
瞼に焼きついたようにありありと思い浮かぶ桜吹雪。
手に残る熱い感触。
どっと降りかかる疲労感に小さく溜息をつけば、見計らったように声が掛かる。

「やぁ、お姫様。お目覚めかい?」
「…ロキ」
「朝ごはん、出来てるよ」

ふにゃり、と微笑んだ彼はスーツ姿にピンクのエプロンを付けて扉へと寄り掛かっていた。
その光景は異様なはずなのに、どうにもしっくりときている。
ルーシィは寝ぼけ眼のままに立ち上がり、ゆっくりと鏡の前へ移動した。
無造作に置かれた櫛を手に取って、寝癖のついた金糸の髪を梳かしながら尚も入口に立ったままのロキへ問いかける。

「…ねぇ、ロキ」
「ん?どうかした?」

まるで、前世の記憶のような感覚が残る夢。
もしかしたら本当にそうなのではないかと疑いたくなるほどの現実感。
長い間生きているロキなら、今の夢だって知っているかもしれない。
そんな期待をしながら言葉を選んで、支度ができるのを待っているロキへと振り向いた。

「ロキはさ、私が生まれる前の私も知ってる?」
「……相変わらず不思議なことを訊くね」

数秒、沈黙したかと思えば何事もなく笑みを浮かべたロキに小さな疑問が脳裏を過る。
物心付いた頃からずっと側にいて、出逢った時の幼い記憶と何も変わらないロキ。
両親と暮らしていた屋敷には決して近寄らなかったにも関わらず、家を出た時には当たり前のように着いてきた。
成長と共にそれが不自然なことであると気付いてからも幼い頃に一度だけ聞いた言葉をどうしてかずっと、大切に信じ続けている。

「生まれた時から見守り続けているんだよ、だったかしら?」
「よく覚えているね」

大抵の事柄には律儀に答えるロキがはぐらかしたことが意外で、過った疑問に興味が湧いた。
けれど、長く生きているせいなのかロキの表情からは何も分からず、その口調から何かを隠していることしか感じ取ることができない。

「不思議な夢を見たの」
「…そう」
「どんな夢って聞いてくれないの?」
「そうだね…夢っていうのは、人の心に存在する無意識な領域が意識している領域に浮かび上がってくるという考え方もあるし、人種や時代に関係なく行動などの表象の可能性という考えもあるからね」
「…一概に聞くのは憚られるっていうこと?」

小難しい説明に嘆息すれば、肯定も否定もなくにっこりと笑顔が返される。
生まれた時から数えて、17年――ロキと出逢ってからも同じだけ長いがこんな事は初めてだった。
まるでその夢は重要だとでも言っているような受け答え。
頑なにかわすような物言いにひくりと頬を引き攣らせるとロキは小さく苦笑してルーシィの行動を予測するように扉の外側へ移動した。
そうして右腕の時計へ視線を落とすとわざとらしい声を上げる。

「いいのかい?今日は転入の手続きをしに行くって言っていたのに…」

どんな言葉が発せられようと問い詰めてやる、と決めていた意志は壁に掛けられた時計の長針を認識した瞬間に崩れ去った。

「―――っあと10分で出なきゃ!」

勢いよく身体を反転させてクローゼットへ足を向けるとルーシィは慌しく着替え始める。
そのまま机の上に散らかっている書類を纏めて鞄へ放り込むと手早く視認して部屋を飛び出した。

「朝食は?」
「だめ、間に合わなくなっちゃう!」
「終わるのは、昼過ぎだっけ?」
「うん、11時までに行かなきゃいけないから12時には終わると思う」
「じゃぁ、その頃迎えに行くよ」
「―――…じゃぁ、話の続きもその時ね!」

玄関へ向かうまでの間も貼り付いたような笑顔が変わることはなく、それでも悪戯な笑みを模って片目を閉じれば、観念したようにロキは眉を下げると穏やかに微笑んだ。

「……気をつけてね」
「うん、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」と優しく背を押したロキへ満面の笑みを向けて、ルーシィはぱたぱたと小走りにエレベーターへと向かった。



知りたいと想ってしまった
それが始まりだとは気付かずに。


***
ろきる。
年齢差のある幼馴染的なあれ。

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