ほとんど言葉を交わすこともなく。
伝わる温度がひんやりと、穏やかに肌に馴染んで。
たったそれだけのことなのに、渦巻いていた心が落ち着いていった。
ぱたん、とゆっくりと閉まった扉の音にはっとして振り返れば、きょとんとした漆黒が視線を返す。

「どうした?」
「え?あ、ううん。なんか…ちょっと、混乱…してた、かも?」
「なんだそれ」

俄かに苦笑しながら手を振れば、空気が和んで。
ふわり、と頭を撫でる仕草は相変わらず優しい。
触れられる度に、淋しいと思ってしまったことが嘘のようで。
考え過ぎだ、と囁いた声が柔らかく響いた。
確かな存在が認めてくれていることに頬が緩んでいく。

「…やっと笑ったな」

安堵したような声に顔を上げれば、グレイは意地悪そうに口角を上げていて。
反論しようと開いた口は、言葉を紡ぐ前に掻き混ぜてきた掌に遮られた。
漏れた音を飲み込んで、不服を訴えるように見上げれば交わった視線に思わず笑い合う。

「何考えてたんだか知らねぇけど…っと」

穏やかに紡がれた声が途中で止まるとグレイは突然、窓際へ向かい出した。
疑問のまま後に倣おうと一歩進めば、窓を開けながらひらひらと歩みを制される。
首を傾げてその行動を眺めてみるが、別段不自然なことはなにもない。
ひょい、と顔を出したかと思えば、数秒後にはぴしゃり、と窓を閉めて、重々しく溜息が吐き出された。

「どうかしたの?」
「んー…いや、なんでもねぇよ」

呆れたように髪を掻き上げながら振り向いた表情は少しだけ苦々しく。
もう一度、首を傾げて窓際へ視線を動かすが、変わった様子は何もない。

「つーか、結局何考えてたんだ?」
「へ?」

先程までの柔らかな空気が消えて、いつもの調子で問われる言葉にふと思考を遡る。
対等な関係で喧嘩をする姿が、何故か羨ましかった。
それがどうして淋しさに繋がったかなんて理解することができず、言葉にすることはできるはずもない。

「うーん…わ、かんない」

困ったように眉を下げてそう答えれば、それ以上追及する気がないのか曖昧な相槌が返される。
その後には盛大な溜息が吐き出されて、グレイは脱力したようにソファへ身を投げた。

「な、なによ?」
「なんでもねぇよ…あー、喉乾いた」

片手で両目を覆う姿はなんでもないようには見えなかったが、それでも心配してくれていることは十二分によく伝わってくる。
胸の内を巡る疑問を残したままにくるり、と背を向けて。
小さく零れた笑みと射抜くような漆黒の瞳。
渦巻く感情は揺らめく闇夜に吸い込まれた。

「ったく…こっちも自覚無しかよ」

考え過ぎていたのは自分の方、なんて投げやりに毒づいて。
ぱたぱたとキッチンへ向かう後ろ姿を横目に両目を覆う。



気付いてしまったのは
相手の気持ちと自分の想い


》to be continue.
***
Absurd Lovers:ゆーく様よりナツside`Cluck`を頂いて妄想が爆発してしまい、思わずグレイsideへ発展しました。
擦れ違いを収拾させる予定ですが…のんびり進めていくのでお付き合い頂ければ幸いです。

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