猫と遊んでいるとき、甘噛みされることはありませんか? じゃれつく仕草は可愛らしいですが、甘噛みは癖になってしまう可能性があるため、できるだけ早く直すようにしましょう。
 スマホのブラウザアプリで、「猫」「噛む」「理由」なんてワードで検索をかけて一番先頭に出てくる記事に記された文字を視線で何度もなぞる。確かに、甘えたりじゃれたりするつもりで噛んでいるのだとしたら、すごくかわいい。でも、癖になってしまうのは困るし、身がもたないから、なんとかして早々に直さなくては。
 ――ちなみに、わたしは猫を飼っていない。

「何見てるんだ」

 わたしたち以外に誰もいない、昼休みの美術室。ひとつの机に、前の席の椅子を後ろ向きにして座っている黒名くんは、大きな猫目をくるりと瞬かせてこちらを見ている。猫じゃないけれど、猫みたいにかわいい。
 長めの前髪の奥で光るまなこに、自分が見ている文字が映っていないことは分かりきっているのに、隠すようにスカートのポケットへ突っ込んだ。

「ううん。なんでもない」

 笑って誤魔化すと、黒名くんは不思議そうに首を傾げる。片方だけ下がっている三つ編みがゆらりと揺れた。
 黒名くんはすでにお弁当を食べ終えて、今手に持っているパンも残りわずかだ。朝食を食べて家を出て、その途中にコンビニでパンを買う。朝練が終わったらそれを食べ、昼休みにはお弁当とパンの残り。放課後の部活が終わったら、またコンビニやファーストフード店に立ち寄って何かしらを食べて、家でも夕食を食べるらしい。あまり身体が大きいわけではない黒名くんだけれど、わたしには信じられないくらいたくさん食べるところは、スポーツマンであり、男の子なんだなと微笑ましくなる。
 でも、そういう微笑ましいだけではない部分があることも、わたしはよく知っていた。
 白いもちもちの生地に、チョコレートのリボンが練り込んであるマーブルツイストパンには、引きちぎられたような噛み跡がついている。残りわずかのそれに黒名くんが噛み付いて、その瞬間、彼の尖った歯がちらりと見えた。心臓がきゅっと縮こまるような感覚がして、急いで自分の残りのお弁当に箸をやる。
 ――恋人の黒名くんは、あまり表情豊かなわけではないけれど、優しくてかわいくて、大好きな彼氏だ。でも、最近ひとつだけ困っていることがある。

「……なまえ」

 お互いに昼食を食べ終えて、もう少しで昼休みが終わってしまう。数学の課題とか、黒名くんの部活の練習試合とか、他愛もない話題をぽつぽつと話しているうち、黒名くんがふつりとその流れを切って黙ってしまうから、心臓がまたひとつ大きく鼓動した。
 誰もいない美術室は校舎の一番奥まったところにあって、少しだけ薄暗い。広い窓にはカーテンがかけられて、壁面に所狭しと展示されている生徒の作品や教材を陽射しから守っている。そんなところでわざわざ昼休みを過ごすのは、ふたりきりになりたくて、誰かの視線すらも煩わしいからだ。
 静かに呼ばれる自分の名前が微かに熱を帯びているのに気付いて、顔を上げられない。

「……うん」
「いいか?」
「うん……」

 黒名くんは、いつもわたしに「いいか?」と言って許可をとる。そうやって聞かれることが一番恥ずかしくて、でもそれが彼の優しさだということを知っているから、わたしはいつも恥を忍んで頷くのだ。
 そしてそれを見届けてから、黒名くんはわたしたちの間にある机へ乗り上げるようにして、顔を寄せる。唇と唇の凹凸を触れ合わせるだけの、軽いキスが一回。それから、彼の指がそっと頬を撫でて、触れた方とは反対側の頬へもう一度キスが落とされた。
 それで終われば、わたしがこんなにも心臓を縮こまらせて困ってしまうようなことにはならない。なのに、彼はそのまま少し口を開いて、本当に一瞬、掠めるようにして彼の歯を頬に突き立てる。そしてそれを隠すように再びちゅうと音を立ててから、何事もなかったかのように離れていった。これが、ほとんど毎日繰り返されている。

「……黒名くん、あの」
「ん?」
「ええと、いつも……」

 先程見ていた記事に書かれていた文章を思い出す。「甘噛みは癖になってしまう可能性があるため、できるだけ早く直すようにしましょう」――癖になる、という言葉が気にかかるけれど、もう手遅れかもしれないと思うとおそろしい。
 ちらりと黒名くんの表情を伺うと、彼はきょとんとしてこちらを見つめ返す。平然としているように見えるけれど、それはただ彼の表情が少し乏しいだけで、本当に平然としているわけではないと知っていた。その証拠に、黒名くんの目尻には確かに朱が差している。
 彼から、軽いキスに隠れて唇や頬に歯を立てられることが、嫌なわけじゃない。ただ、キスをされるだけでも心臓が逸ってしまうのに、歯が当たったときのときの動悸といったら、もう今にも破裂してしまいそうにどきどきするのだ。だけど、それを彼に告げることも、噛むのをやめてほしいと言うのも、恥ずかしさと申し訳なさが勝って気後れしてしまう。

「……なんでもない」

 だから、またしても笑って誤魔化して、黒名くんは大きな目をきょとんと丸めるのだ。絶対に「なんでもない」わけがないのに、彼は優しいから、見て見ぬふりをしてくれる。
 あと五分で予鈴が鳴るというところで、あえて話を逸らすように、黒名くんが話題を変えた。

「そういえば、今週末大丈夫か」

 しかし、その新たな話題にもわたしは緊張を募らせてしまう。
 今週末、わたしたちは初めて「おうちデート」なるものをすることになっている。黒名くんの自宅で、映画を観るのだ。
 以前、黒名くんがすごく観たがっていたのに、サッカーの練習や試合が重なって公開期間中に間に合わず、結局観られなかった映画があった。そうしたらつい先日、その映画が動画配信サービスで配信されていることを知り、一緒に観ることになったのだ。
 そのこと自体は楽しみだけれど、学校とも外とも違う空間で彼とふたりきりになることが、自分を緊張させて仕方ない。思わず、少しぎこちない反応を返してしまう。

「う、うん。お邪魔してもいいの?」
「うん。誰もいないから。平気、平気」

 小さめの唇がほんのりと微笑んで、「楽しみだ」と続いた。図らずもレアな存在になっている黒名くんの笑った顔と、その日彼の自宅では、本当に彼とわたしのふたりきりだという事実。
 少しも収まることのない心臓の鼓動は、逸っていくばかりだった。
 

 ◇


 青とも黒ともつかない深海に、暗い影が蠢いている。視界が悪く、その影がどれほどの大きさなのか、近づいているのか遠ざかっているのか判別できない。息もできないほど静まりかえったそこで、人間など簡単に飲み込んでしまえるほど巨大な口が現れ、作為的なBGMが響いた。まんまと、肩が跳ね上がる。
 黒名くんが観たがっていたのは、二百万年前に絶滅したと思われた巨大ザメに人間たちが襲われるパニックスリラー映画だった。自身の尖った歯がサメのそれと似通っていることから親近感を覚えるらしく、黒名くんはサメが好きで、それが由来してサメが活躍する――いわゆる「サメ映画」が好きなようだ。
 小さなテーブルの上に黒名くんのタブレットを立てかけてベッドを背もたれにし、ふたりしてその小さな画面を食い入るように見つめる。光が反射しないように窓のカーテンは閉め切られ、部屋は薄暗かった。
 映画を観る前のわたしであれば、そんな状況はとてもじゃないが耐えられなかっただろう。でも、映画を見始めてしまうと、そんなことは気にならないほど夢中になってしまっていた。というより、それ以上の緊張感を演出されるものだから、自分の状況を忘れてしまうのだ。
 スケールの大きいモンスター映画は好きな方だし、パニック映画も苦手というわけではない。ホラーの要素があるといっても、心霊系のような、夜眠れなくなってしまう怖さではないのだけれど、驚かすような演出には当然のようにびっくりする。暗く静かなシーンが続き、「今から何か起こりますよ」とあからさまな演出をされると、心臓が嫌な鼓動を刻んで、思わず黒名くんのそばに近寄ってしまう。
 とっくに肩は触れ合っていて、それでも心許ないのでもう少し身体を寄せて縮こまった。すると、すぐ近くにある黒名くんの肩がびくりと震える。まだ脅かすようなシーンが映ったわけでもないのに。そして、深呼吸をするように、フーッと息が吐き出されて、名前を呼ばれた。

「……なまえ、その、近い」
「えっ、あ、ごめん」

 しばらくぶりに声を聞いた気がする。映画を見ていたのだから当然かもしれない。けれど、その声はいつもより低くて、熱っぽくて、内緒話をしているみたいに小さい。この部屋――家には自分たちふたりしかいないのだし、映画館にいるわけでもないのだから、声を潜める必要はない。それなのにそんな声を出す黒名くんへ目を向けると、声の熱をそのまま映したような視線がじっとこちらを見下ろしていた。
 そのまなこと、「近い」と指摘されたことによる自分と彼の距離に気がついて、慌てて寄り添っていた身体を離す。すると、それを引き止めるように、彼の手が伸びて腕を掴んだ。
 映画は止まることなく流れ、わたしたちを脅かす予定だったシーンはとっくに過ぎ去っていた。

「違う、違う。嫌なわけじゃなくて、その」

 腕を掴む黒名くんの手のひらは熱くて、力強い。いつもわたしに触れるときには、感じたことのない力だ。
 距離を取ろうとするわたしを引き留めたまま、慌てたようにそう言ったあと、言葉が続かずに彼は一度口を噤む。視線をうろうろと彷徨わせて、喉奥を詰めるみたいにして息を呑んでそれから、「さわりたくなる」と呟いた。
 心臓が痛いくらいに跳ねたのに、いつもみたいに警戒することができない。緊張しっぱなしの映画を見ていたせいで、感覚が麻痺しているのかもしれない。

「……キス、してもいいか」

 視線を落としていた彼のまなこが、伺うように見つめてくる。黒名くんの目の方が高い位置にあるはずなのに、見上げられているように感じるのはどうしてだろう。そうやって、大きくて光るまなこに見つめられると、嫌とは言えなくなるのはわたしの悪い癖だった。

「う、うん」
「……今日は、もっと、違うところにもしたい」

 一瞬だけ息が止まる。「違うところ」――これまで、彼にキスをされたことがあるのは、唇と頬。それ以外にキスする部分なんてあったっけ?
 徐々に頭が混乱して、考えるべきでないことが思い浮かんでしまう。いつもしてくれる黒名くんのキス。黒名くんの唇が触れて、それから。

「……えっと」
「嫌か?」
「嫌じゃなくて、あの」
「うん」

 要領を得ないことを繰り返すわたしの言葉を、黒名くんは急かすことなく待ってくれている。いつもと同じに優しい。だから、良くないことだとは分かりつつも、わたしはつい普段どおりの回答をしてしまった。

「……な、なんでもない。大丈夫」

 明らかに何かを言いかけているのに、それを撤回して、下手くそな笑顔を貼り付ける。黒名くんのしてくれることが嫌だったことなんて一度もなくて、ただ恥ずかしくて緊張してたまらないだけ。そんなことを口にすることで、黒名くんを傷つけたり不快にさせてしまうことが嫌だった。
 いつもなら、優しい黒名くんは見て見ぬふりをしてくれる。なのに今日は、じっとわたしを見つめている視線を外さないまま、逃がしてはくれなかった。

「なんでもなくない」
「え……」
「よく、なんでもないって言うだろ。なまえが気になることがあるなら言ってほしい」

 流れたままになっている映画はこちらのことなどお構いなしに展開していく。タブレットから、布を割くような人間の悲鳴が聞こえてきて、主役である巨大ザメが猛威を振るっていることが想像できた。けれど、それらの音はなんだかすごく遠いところで聞こえているようにぼんやりとしている。
 まっすぐにこちらを見つめている黒名くんと、その眼差し以外のことは、すべて意識の外に放り出されてしまったみたいだ。

「……本当に、嫌なわけじゃないんだよ」
「うん」

 彼と目を合わせたままでは伝えられる気がしなくて、手元に視線を落とした。ラグに座り込んだ足の上で、自分の両手を握り、それを無意味に組み直す。先程から何度も言っている「嫌なわけじゃない」という言葉を、またしても前置きしてしまうわたしに、懲りることなく黒名くんは静かな声で頷いてくれた。
 唇を一度だけぎゅっと噛み締めて、一思いに吐き出す。

「……あの、歯が」
「歯?」

 黒名くんが唇や頬にキスをしてくれるとき、わずかに歯を触れさせてくること。たぶん、それは偶然じゃなく、彼があえてそうしていると分かる。だって、いつもそうだから。

「いつも、黒名くんの歯が、あ、当たるの」
「……怖いか?」
「……怖いっていうか、あの、緊張するみたいな」
「うん」

 触れる唇は柔らかくて、それだけで心臓が震えるのに、その柔らかさとは正反対の硬いエナメル質がそっと押し付けられたときの自分が、少し怖かった。震えが大きくなって、このまま心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うと、もう。

「……どきどきして、困るの」

 握っていた自分の手が、いつの間にか心臓を抑えるように胸元を掴んでいる。これで黒名くんが傷ついたりしたら、もうわたしとはキスをしたくないと思われたりしたら、どうしたらいいのだろう。
 いつもとは違う、嫌な緊張で満たされて、海面でサメの背鰭が近づいてきている人間の心境はこういう感じなのだろうか、なんて突飛なことを考える。命が掛かっている状況と今のわたしのそれとでは比べるべくもないことは明らかだけれど、それくらい、本気で焦っているということだ。
 緊張感から現実逃避に走りかけるわたしのことを、黒名くんの声が引き戻す。

「……あ、当たらないようにする」

 なんだか、上擦ったような、高く掠れた声だ。黒名くんは、少し表情の硬いところがあって、それは声色も同じだ。優しくて穏やかな人だと知っているからなんとも思わないけれど、いつも淡々として、それが崩れたところはあまり見たことがない。
 その彼が、今日は少しだけ、違う。熱っぽい声を出したり、今みたいに狼狽えたり。
 歯を当てないように気を付けると言ってくれた黒名くんの珍しい姿を見逃したくなくて、俯いていた顔を上げて、その様子を伺う。

「……噛まない?」
「かっ……」

 その表情を見て、息を呑んだ。自分の目がひとりでに見開かれていくのが分かる。
 ――黒名くん、顔が真っ赤だ。頬から目尻、耳の端まで赤く染まって、赤味がかった色の猫目が丸くなる。これまで見たことのない彼の反応に驚いて何も言えなくなって、しばらく見つめあったままでいると、彼はパクパクと無言で開閉していた口を噤み、ごくんと喉を鳴らした。
 そのあと開いた唇からこぼれてきた息は、深くて、湿っているように思えた。

「……噛ま、ない、噛まない」

 なんとか絞り出した声がそう言って、そっと手が伸びてくる。鎖骨から胸元に垂れ下がっていたわたしの髪を、伸びてきた黒名くんの手が背中の方へ流した。晒された首元に、指先が触れて、首の後ろへ滑っていく。

「……だから、いいか?」

 ああ、いけない。
 こちらを見上げるような眼差しに、動けなくなる。猫みたいに大きくて光るまなこに見つめられたら、わたしは嫌とは言えなくなってしまうのだ。
 頷いたのと、唇を塞がれるのはほとんど同時だったように思う。首から引き寄せられて、唇同士がぶつかった。目を瞑るのが間に合わなくて、一度唇が離れたときに目を開けた黒名くんの瞳の、黒い瞳孔が丸く開いているのまでよく見える。それと見つめ合って、また伏せられていく一連の流れをぼうっと眺めている間に、再びキスが始まって、今度こそ目を閉じた。
 噛まない、と黒名くんは約束してくれた。けれど、何度となく繰り返されてきた行為に、自分の身体はあのつるりとして硬いエナメル質が肌を滑る感覚をしっかり覚えてしまっている。噛まれることはないと分かっているのに、黒名くんが啄むように頬を吸ったり、唇を押し当ててくるたびにわたしの身体は震えるように反応した。

「く、黒名くん、あの」

 口付けの間に少し言葉を挟もうと彼の名前を呼ぶ。一度、落ち着きたかった。
 しかし、それは叶うことなく、わたしの声はなんの意味も為さずに彼の口の中に吸い込まれていた。そしてそれどころか、わたしが口を開いた隙間を目掛けて、生ぬるくてグニリとした感触の何かが、滑り込んできたのだ。それが彼の舌だと直感的に理解して、心臓が今日一番大きな収縮をする。
 生き物のように動くそれが、わたしの口内をくすぐって、舌を探り当てた。舌と舌が擦れ合う感覚は未知で、身体の底から震えるような衝動が込み上げてきそうになる。思わず腰を引いてしまうわたしを、黒名くんは逃がしてくれなかった。
 逃げ腰のわたしを追って、黒名くんは身を乗り出して口を開ける。「なまえ」とキスの合間に呟かれる言葉は、自分の名前とは思えない、何か別の名称のようだった。
 息継ぎはしているのに、胸がいっぱいで呼吸がままならない。それは黒名くんも同じみたいで、唇を離した黒名くんは、わずかに肩で息をしながら、膝立ちになってわたしを抱きすくめる。頭を抱きかかえられて、耳元では、堪えるような唸り声にも似た音が聞こえた。

「……ごめん。噛まないの、無理だ」

 その宣告に、全身の輪郭がびりびりと痺れて、固まってしまう。鳥肌が立つような震えが収まらない。

「っ黒名くん、待って」

 静止の声を無視して、黒名くんは唇を寄せる。鼻先がこめかみを滑って、熱い吐息が耳にかかった。そして頬も唇も通りすぎた黒名くんの唇が、首筋をなぞって、口を開く。「今日はもっと違うところにもしたい」という、彼の言葉が脳裏を掠めた。
 感じるであろう痛みを堪えるため、息を止める。しかし、襟を少しくつろげたそこに黒名くんの歯が突き刺さったとき、わたしは痛みではなく、眩暈にも似た、意識が浮き上がるような心地を覚えていた。
 わたしは、彼に噛まれることが怖いわけでも、心臓が壊れそうになるのが困るわけでもなかった。エナメル質の硬いそれが、そっと押し付けられたときの自分のことが、怖かった。――だって、気持ちいいって、もっとしてほしいって、自分でも知らない欲求が湧きあがっていることに気付いたから。
 息切れと、震え上がる何かに侵食されてしまっているわたしは、すっかり力が抜けてしまっていた。噛みついた首元から顔を上げた黒名くんは、どこか恍惚とした表情をして見下ろす。
 そのまなこは爛々と瞬いて――ああ、食べられてしまう、とわずかな恐怖がよぎった。

「怖がって、でも気持ちよさそうにしてるのがかわいくて、無理だ」

 再び口が開いて、黒名くんの赤い舌と、ギザギザの歯が見える。わたしはそれを見て、もう暗くなってしまった画面に先程まで映っていた、人間を丸呑みにしてしまえそうなモンスターのことを思い出していた。

シロップモンスター

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