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冷徹 (4/4)
したたかに冷徹に

「名前さんはどうしてここで仕事しているんですか?」
「それは私にケンカを売っていると受け取っていいのかな」

漢方の棚でお目当てを物色しているときに不意にかけられた言葉。それは名前の後輩で最近入ってきた桃太郎の一言だ。
彼からすれば、名前がここで働いているのは実に不思議なことだろう。何故なら、名前は白澤の好きな『女性』なのだから。

「ち、違いますよ。だって、ほら、白澤様って…あれじゃないですか」
「そうね、あれだねー。お、あったあった」
「嫌になりません?」
「慣れればなんてことないから。それに私、白澤様の天敵とちょっと親交があるから」
「天敵?」
「桃太郎君も知っている、あの人…鬼?」
「…ああ」

鼻歌交じりに名前は漢方を必要分だけ取り出し、また棚に戻す。名前という人物は桃太郎がここに来るより前から居る人で、あの女たらしの白澤の元で働いている。
勤務態度は極めて真面目だし、わからないことを聞けば教えてくれる。これといっていい先輩ではないが、悪い先輩でもない。

「桃太郎君と同じで、私も鬼灯さんから紹介なの。何かされたら言ってくださいって言われるから、逐一報告してる。ほら、鬼灯さん白澤様嫌いだから」
「…あー」
「自分の身を守れるは自分、自分に力がなければあるものに頼る」

腹黒という言葉が桃太郎の脳内に浮かんだが、この場合は逞しいといったほうがいいのかもしれない。
それに白澤と鬼灯の仲の悪さは桃太郎も痛感するほど知っている。あれほど仲の悪い関係があるのかと思える。その冷戦の中で名前だけは涼しい顔をしていたのは記憶に新しい。

「名前さんはここ長いんですか?」
「んー、それなりに?どのくらいとか考えた事なかったから」
「へえ」

名前が調合を始めてからの間、その手が止まることなく桃太郎と話している。幸いなことに客もいなければ白澤もいないのだ。今はちょっとした研修のようなものになっている。

「それ、何に使うんですか」
「これ?これは鬼灯さんからの仕事。拷問か何かに使うんじゃないの」
「アバウトですね…」
「作って渡すまでが私の仕事。そのあとどうなろうと私は知らない。特に鬼灯さんの場合は。それ以外はちゃんと責任もって仕事しますよ」

見た目がとても毒々しい。鬼灯関係と聞けばその見た目が納得できてしまうのが何となく悲しい。
しかも小分けにするでもなく、大きなビンにそれが入れられていく。

「ここでのいいことはもう死んでいるからまた死なないってこと。ただ痛覚があるから苦しい。ということは、失敗しても大したことじゃないってこと」
「いや、それ違いますよね!」
「冗談が通じないな、桃太郎君」
「名前さんが言うと冗談に聞こえません…」

そこの袋とって。と名前がさしたところから袋を渡す。その袋にビンを入れて、『鬼灯』と書いた紙を張り付けておしまいだ。あとはこれを取りに来た鬼灯に渡せばこの仕事は終了だ。
名前は今まで使っていた道具を片付け始める。そこまでは見ている必要がないので、いましがたまで名前が使っていた漢方の減り具合をみて桃太郎は帳簿をつけ始めた。名前の使う道具は基本的に名前個人の物なので、片付けは名前が行う。

「失礼、鬼灯です」
「ももたろー!」
「いらっしゃいませ鬼灯さん。いつから犬飼いはじめたんですか」
「違いますよ。私の犬ではありません」
「シロ、久しぶりだな」
「ああ、桃太郎君の。きび団子ひとつでついてきたあの例の」
「ええ、あの例の」
「え、なに?オレそんなに有名なの?」
「気にするなシロ…」

先ほど調合していたものについている紙をはがして名前は鬼灯に「ご注文の品です」と渡す。
袋の口からそれを確認するとお代を名前に渡して少し満足そうにしている鬼灯。

「そうだ名前さん。金魚草はどうですか」
「ああ…また今年もうまくいかなくて…すみません」
「そうですか。毎年毎年色が悪くなってしまうとは残念ですね」
「はい、どうしても紫色みたいになってしまって」
「…紫?酸欠みたいな、チアノーゼのような?」
「はい。病気になってしまって…金魚草せっかくもらっているのに…」
「それ、今ご自宅にありますか」
「え、ああ、はい。懐いてくれているのでどうにか元気にしてあげたくて」
「それ、明日ここに持ってきてください。いいですね、わかりましたよね、持ってこなかったら自宅に押し入ります」
「それは困るので持ってきます、必ず」

鬼灯が嬉々として出ていく後ろにシロが続き、その後ろ姿を名前は不思議そうに見つめ、桃太郎は何とも言えない気分になった。

「鬼灯さん、そんな病気の金魚草なんてどうするのかな…あ、もしかして拷問に使うとか?」
「すぐ拷問に結び付けるのもどうかと思いますよ…」

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