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(3/3)
甘い香りにご馳走様

「おや、お客さん。今日のオススメはパンケーキだよ、どうだい?」

人の良さそうな男性が栗山未来に向かってのほほんと、接客をするには少しばかり丁寧さが足りない口調で話しかけた。
格好はちょっとゆるい感じだが悪い印象はなく、むしろその人だから違和感がないと言っていいほどだ。

「あ、あの…綾華さん」
「あれ、綾の知り合い?あ、もしかして異界士さんかな」
「え」
「僕も異界士だから大丈夫だよ」

ちょっと綾呼んでくるから、待っていてね。と男性は手を振って奥に「綾ー、お客さんだよー」と声をかけている。今までこの喫茶店に何度か足を運んだ事のある未来には見覚えのない、いわば初対面の男性だ。綾華にも愛にもそんな人がいるなんて聞いていなかった。

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?それともジュースにしようか」
「えっと…」
「いいよ、僕のおごりだから。ビックリさせちゃったみたいだからね。どれがいい?」
「えっと、じゃあ…」

ミルクティーを。と未来が少し控えめにいうと男性は「ミルクティーか、可愛いね」と笑って紅茶を出すために店の奥に行ってしまった。しまった、という表現は実におかしいのも未来にはわかるが、男性があまりに未来にとって異質な存在なのだ。似つかわしくない、というか、アンバランスで。

「名前さん、うちは緑茶にしてな」
「はいはい。茶菓子はどうしましょうか」
「綾華さん…」
「せやね、栗山さんには御自慢のパンケーキ。うちはお土産でええわ」
「栗山ちゃん、何味がいい?僕のオススメはイチゴかな」
「えっと…」
「他にもあるから、メニュー見てみ。好きなの選ぶとええよ」
「でも、私…」
「ええのええの。あの人の趣味やさかい、おごりや、おごり」
「せやせや」
「マネしんといて」
「じゃ、じゃあ…いちご」

パンケーキひとつー!と喫茶店にはないような元気な声を上げて笑うその男性は実に楽しそうに言われた茶を入れて、「今から作るからね、ちょっと待っててね」とまた奥に引っ込んだ。

「あの、あの人は…」
「ああ、初めてやったね。あの人は名字名前さん。異界士や」
「へえ…あの、どういう、御関係ですか?」
「うーん、なんやろ。押しかけ女房ならぬ、押しかけ旦那?やろか」
「だだだだだ旦那さん!?」
「呼んだ?」
「呼んでへん呼んでへん。待ってるんやから早うして」

ひょこっと顔を出して綾華に「しっし」とされるとしょんぼりした様子でまた厨房に戻る姿はまるで怒られた飼い犬のようだ。
未来はまだその名前という男性について聞きたい事はあるが、今は自分の用事を先にしてしまおうと鞄に手を伸ばす。今しておかないと来た意味を忘れてしまいそうだからだ。

「あれ、鑑定?」
「はい、ビックリしてしまって…あの、もしなら奥に…」
「人払いの結界しておくからええわ。どうせ客もきいひんし」
「…」

持ってきた妖夢石を鑑定してもらっている間、甘い香りがふわりと漂ってくる。
それに気づいた未来がちょっと厨房の方を見ると、ちょうど名前がトレーにケーキを乗せて来たところで、目が合って恥ずかしくて逸らした。

「はいお待たせ栗山ちゃん。綾にもお土産の他にアイスつけてみたよ」
「おおきに」
「あ、ありがとうございます…」
「名前さん、自己紹介してあげて。私から言ってあるけど、困るやろ」
「ああ、そっか。ごめんね、栗山ちゃん。僕は異界士している名字名前。好きに呼んでね」
「栗山未来、です」
「未来ちゃんか、可愛い名前だね。あ、未来ちゃんって呼んでもいいかな」
「えっと…」
「困っとるやろ。いい加減その女の子にちゃん付けするのやめや。いい年して何言うとんの」
「じゃあ綾も綾ちゃん呼ぶから」
「やめて」

名前が持ってきた土産と思われる和菓子を添えられていた爪楊枝のような物でさっと切って一口口に運ぶ綾華。口では名前を少し邪険にしているが、関係は悪くないらしい。未来から見ていてもハラハラするということはなく、仲のいい関係同士が漫才をしているようだ。見ていて不快感はあまりなく、見ていて楽しいくらいだ。

「ただい…あ、名前さん!おかえりなさい、帰ってきてたんですね!」
「ただいまー、愛。パンケーキあるから手洗っておいで、紅茶がいいかな」
「わーい!名前さんのパンケーキ大好きです!!」
「焼きたてだよ、早く着替えておいで」

はーい。と可愛らしい声で返事をして愛は店の奥に引っ込んでいく。そのときに未来に気づき、軽く会釈をして名前に「私もここで食べたい!」と言えば名前は頷いて「用意しておくよ」と手を振る。
どうやら名前は未来が知らないだけで、根付いた人物らしい。ここにきて長いと思っていただけだったようだ。

「じゃあ未来ちゃん、ごゆっくり」
「え、あ…はい、ありがとうございます」

愛の分のパンケーキと紅茶を用意して名前は未来に向かって手を振る。

「ごめんさいね、あの人遠慮っちゅうもんがないんわ」
「いえ…」
「でもそのパンケーキ作るんは遠慮無しに上手いんよ。愛も好きでね」
「みたい、ですね。綾華さんは好きじゃないんですか?」
「………せやね」

少しだけ照れた様子の綾華を見て未来は二重の意味でご馳走様でした。と手を合わせた。

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