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御伽噺はもうすぐ死んでしまうらしい

「ねえ、コウガミさんはどういう字を書くの?」

「………」

「漢字よ、漢字。暇つぶしくらい付き合ってよ」


目の前に座る女は本当に暇な様子で言う。
貰ったコーヒーにも飽きたのか、ホットだったそれに熱はない。ただ濃い色の水面が少しばかりの振動で揺れている。


「知ってどうする」

「言ったでしょう?暇つぶし。私の名前知っているのに私はコウガミさんの名前は知らないの、不公平でしょ?」

「最初に身分証を見せただろう」

「そんな昔の事忘れた」

「数時間の事だが」

「急に目の前に現れて保護するって言われて連れてこられて。その時の文字なんて覚えていられるなんてコウガミさんは凄く記憶力がいいのね。私には真似できないわ」


目の前の女、名字名前は意地悪く笑う。
彼女はとある殺人犯に使命された次の被害者。今の所は予定だが、それがいつその予定が修正されるか解らない。それをそしするのが任務という奴だ。
保護という名ばかりの拉致し心あたりを聞くというマニュアル通りに行動すると彼女は見事なばかりに「心当たりありすぎて解らないわ。むしろ恨みを買わずに生きている人間にあってみたいわ」とバカにした態度。生憎その場で言い返せるような清廉潔白な人間はおらず、ただ口の悪い女を誰もが睨んでいた。


「コウは…」

「ちょっと待って、紙とペン出すから。そこに書いて」

「アナログだな」

「紙とペンって素敵なのよ?その人の字で言葉を表すの、愛も憎しみも無感情も」


鞄を漁って出された手帳は至ってシンプル。ゴテゴテとした装飾はなく、出されたペンもノック式の可愛いとは程遠い。しかしそれも実に彼女らしいと思う。
飾らない女だからこそ似合う粗末さとでも言うのだろうか。勿論口にしたら睨まれるだろう。
差し出されたペンを持ち、出された手帳に名字だけを書き入れる。

「コウガミさんは狡噛さんなのね…変な名前」

「………」

「ああ、ごめんなさい。悪気はないの。ズルいという狡、噛むの噛。珍しい」

「…生憎と生まれ出からずっとこの名字でな」

「狡い…か。狡噛さんにはあまり似合わないわね。なんとなく、だけど」


名字を書いた手帳を実に楽しそうに眺める。
彼女の名字という名字からみたら珍しいのかもしれない。


「…でも、噛むはいいかも。狡噛さん、結構噛み付くタイプみたいだし」

「…それはあっているかもな」

「その人は?煙草の人」

指す方を見ると執行官が一人。
煙草を吹かして暇そうにしていたのを急に言われ、煙草の灰が落ちる。


「どうせ貴方も暇なんでしょう?私の暇つぶしに付き合って」

「……」

「付き合ってやれ」


心底嫌そうな顔をして近付き、手帳とペンを取る。
俺の書いた隣のページに書いているのだろう、俺の字を見て何やら笑っている。


「ほら」

「ありがとう、意外と優しいのね」

「意外とは余計だ。名字名前」

「あ、私名字だけでいいって言ったのに。全部入ってる。人の話を聞かない人ね」


少し呆れた様子で佐々山を見上げる彼女。
素直に礼を言ってみたり、馬鹿にしたように呆れてみたり。実に掴めない女だ。
できればこんな女とは関わりたくないが、これも仕事だ。
恨みに心当たりがないわけない。という言葉はその性格に自覚がある証拠なんだろう。


「佐々山光留…狡噛さんとは違って普通ね、むしろ地味」

「地味で悪かったな!」

「あら、良いと思う。覚えやすいし。インパクトはないけど。そうね…こんな字だったらインパクトあるけど」


企む様に笑って手帳に書き込む。
「どう?これなら狡噛さんにも負けず劣らずよ」と出した手帳。そこには「些々矢痲」と厳つい漢字が女の文字で書いてある。


「いいじゃないか?なあ佐々山……いや、些々矢痲?」

「……当て字じゃねえか」

「あら、文字なんて当て字よ。いったい何を求めているの?地味な佐々山さん」


軽く笑うが、その中に違和感があるように思えた。
手帳にかかれた字を眺める女。暇つぶしには良いのだろうが、楽しげとは多少言い難い。


「………佐々山さん、貴方一直線ね」

「良い言い方をすればな。よかったな、佐々山」

「……へーへー」

「それは佐々山さんの長所であり、短所。それは後悔する事になる」

「……は?」

「ああ、佐々山さんが後悔するんじゃない。後悔するのは佐々山さんじゃない人」

「……おい、」

「人の話を聞かない結果ね。ここまでにしてあげる。付き合ってくれたお礼よ」


そう言って冷えたコーヒーを手に取り「ねえ、温かいのにしてもらえない?」と、何処までも読めない行動をする。
変なことを言われた佐々山は、実に嫌そうな顔をして名字名前という女を睨んでいた。

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