鶺鴒 (13/21)
彼と彼女が特別になるまで4
「…ん」
ああ、彼女に、名前に触れている。
キス、している。
渇きが、潤っていく。
心が満たされる。
気持ちいい。
名前の目の前に広がるのは兄の下宿先にいる青年の顔。
そしてその青年のうなじの辺りから広がる光の羽。
なんで?
どうして?
それだけが名前の頭の中で駆けめぐる。
急に告白されて、キス、されてる?
なに?その羽。
「幾、久しく」
「…へ?」
「セキレイが羽化したらいう決まり文句みたいなものだよ」
「セキ、レイ…?」
なんですか、それ。と名前が問う前に篝の携帯が大きな着信音で名前の質問をかき消した。
ちょっとごめんね。と携帯を取り出して耳に当てると、名前にまで聞こえるような怒鳴り声が聞こえた。
『篝ぃ!あんた何考えてんだい!!』
「ちょ、高美さん。声大きいから…それに、僕が羽化しちゃ悪いの?」
『だからって相手を考えな!!なんで名前なの!?』
「…息子はよくて娘はダメなの?」
『篝、アンタだから心配なの。ホストの毒牙なんかに毒されたら困るでしょ!…名前に代わって』
はあ。とため息をつく篝に、訳の分からない名前。
そんな名前に篝は携帯を渡し、それにまた混乱する名前に「出て、君の良く知ってる人から」と言えば、不振がりながらもおずおずと「もしもし?」と小さく声を出した。
『名前…また大変な事になったね』
「…お母、さん?え、なんで…え?これ、篝さんの…へ?」
『混乱するのも、よくわかる。篝…いや、焔からどの程度鶺鴒計画のこと聞いた?』
「…せきれいけいかく?」
名前の頭上にならぶ「?」。
それを電話越しながらも感じ取った母、高美。
それについて詳しく話し始め、戸惑いながらも「うん、うん」と理解しようと努力する名前。
それをそばで見守る篝。
時折そんな篝を伺うようにチラリと見る名前に、微笑んで安心させようとする篝はそんな名前が可愛くて仕方ない。
「…で、私がその葦牙ってやつで、篝さんがセキレイ?んで、お母さんがその計画の主任?」
『…まあ、そうなるね』
「…うん。今日はエイプリルフールじゃないよ」
『悪いけど現実。直接会って話してあげたいけど時間なくてね…分からないことは篝に聞きな。あと高校は悪いけどこっちの高校に転校させるから。それに際して引っ越しもね。その辺りのはこっちでやっておくから、もう2・3日皆人んトコに世話になって。また連絡するから、じゃ』
「ちょ、お母…切れてる」
どうしよう…。と目で訴える名前に篝はそれこそ笑った。
どうしようにも彼女は葦牙で、この計画に強制参加させられてしまった人物。
それは自分が巻き込んでしまったものだが、彼女なら理解してくれると何故か信じている。
「大丈夫、僕がいるから。名前を守るから」
「……篝さん」
「篝はね、本当の名前じゃないんだ。本当の名前は焔」
「焔…さん?」
「二人きりの時は焔って呼んでほしいな」
さあ、これからが大変だ。
名前の兄、皆人にどう説明するか。いや、どう誤魔化すか。
美哉は…正直に言うほか無い。
仕事もかえよう。
ホストでは名前と一緒にいる時間が極端に少ない。
葦牙に渡されるカードがあるからある程度の蓄えもある。
それはあとでもいいか…。
自分は葦牙に巡り会えないと思っていた篝。
そんな彼が今、葦牙と出会った。
そして、また。
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