鶺鴒 (11/21)
彼と彼女が特別になるまで2
「あ、すみません」
名前の携帯が着信を知らせる。
それを目にした名前は着信が誰かを見ると、携帯を握りしめてその場を立った。
「もしもしお母さん?」
『名前かい?泊まれることになった?』
「うん、お兄ちゃんのとこの大家さん良い人で、3日ずっと居ても良いって」
『そう、よかったね。ユカリが泊めてくれるって言ってたのがダメになったから心配してたんだよ。皆人は元気?』
「うん、元気。お兄ちゃんね、スッゴく可愛い彼女がいるんだよ。巨乳なの!あ、お兄ちゃんに代わろうか?」
『…いや、いいよ。名前、そういえば学校の方はどう?来年受験だろう?大学決めたの?』
「ううん、まだ」
『ついでに大学の視察もしときな。どうせアンタも皆人のマネして帝都大に入るとか言い出しそうだしね。じゃあ切るよ。風邪引くなよ、名前』
はーい。と名前が言う前切れた電話。
名前の母、高美は一人で三人の子供を育てるいわゆるシングルマザー。
だからと言って生活が貧窮していたことはない。
単身仕事の為に家を空け、年に数回しかあえないからか母の稼ぎはいい。
そうでなければ子供三人を進学させるというのはかなり厳しい。
それを感じさせないのだから、母は凄い。
「お電話終わりましたか?」
「はい、母から泊まるところは見つかったかという心配の電話でした」
「そう、安心してくださりました?」
「はい」
食後のお茶をもらい、ふう。と息をつく名前。
そのマネをする草野。
二人で見合わせていると「お姉ちゃんの、マネー!」ときゃあと笑う草野。
「かあちゃん元気だった?」
「うん。お母さん、お兄ちゃんの事も心配してたよ」
「…そっか」
「そういえば名前さんはおいくつなんですか?」
「私?私は今年高校3年生になったの。来年受験生」
「じゅけんせい…?皆人さんと同じですね」
ぽん。と手をたたく結。
ちょっと違うかな…。と同じタイミングで笑う兄妹。
確かに同じ受験生ではあるが、二人の受験には違いが生じる。
名前の受験は現役で兄の皆人は浪人生。
二人で受かれば兄妹で同級生、下手をしたらユカリだけではなく名前にまで追い越されてしまう。
精神的に崖っぷちなのだ皆人は。
そんな談笑を見ながら沈黙を守り、ただ名前を見つめる篝。
身体が熱い。
こんなにも彼女に触れたい。
愛おしい。
出会って数時間しか会っていないが、そんな事は関係ない。
ただ彼女が愛おしい、抱きしめたい。
できるなら今すぐ彼女と粘膜接触をしたいが、この出雲荘には般若がいる。
それにいきなりそんなことをしたら彼女は確実に自分を嫌うだろう。
あのヘタレという代名詞が似合う佐橋の妹だ。
そういう経験はないに近いだろう。
それに兄が葦牙だ。もし自分の葦牙になってしまったら兄と敵になってしまう。
それは彼女が悲しんでしまうに違いない。
「…篝さん?」
「え、な、なに?」
「あの、私の顔、何かついてますか?」
「かがりちゃん、お姉ちゃんのお顔じーっと見てたの」
「あ、いや。…可愛いなと思って」
嘘では、ない。
そんな一言で慌てる名前。
可愛い、愛おしい。
羽化、したい。
彼女と、名前と一緒にいたい。
この身体の火照りを癒してほしい。
渇きを潤して欲しい。
「………」
ああ、触りたい。
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