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大神 (2/15)
おいでませナカツクニ

ごうごうと風が暴れまわっている。
あたりは暗く、酷く視界が悪い。そして何よりも気味が悪い。
風の音だけではなく、なにか恐ろしい化け物の叫びが響いている。古い布が裂かれるような、いやもっと低くて、それでいて体に響くような。

「…………ここどこ」

思わず思っていることが口から出るが、誰も答えてくれはくれない。
見た事が無い土地だ。
ただ目の前にには巨大な樹木。先がくるりと丸まっているのだろうか、初めて見る形をしている。庭師か誰かが丹精込めて形を整えたのだろうかと名前は心の片隅で現実逃避をする。
その樹木の近くには立派な鳥居、その樹木の根元にはまるでファンタジーの世界につながるのではなかろうかという光の環ができている。
そこから自分は来たのだろうかと、思ってみるがそんなはずはない。とすぐに現実を見る。
そもそもこれは現実なのだろうかという疑問がある。夢の可能性が高いのではないだろうか。普段夢を見ても、夢の中で「これは夢だ」と思う事は正直ない。
なのでこれが夢である可能性は恐らく低いだろう。
しかし、その低い可能性に居る、という可能性もゼロではないわけだ。
意を決して頬を触ってみるが、確かに感覚はある。
夢ではないらしい。
ではどうしてこんなところに居るのだろうか。
夕暮れで暗く、正直視界が良い時間ではなかったのは覚えている。車はライトを点灯し始めるような時間だ。いつもの様に帰る途中の小道をまがったからここだった。
あの角を曲がるまで、こんなに風はごうごうと吹いていなかったし、おどろおどろしい叫び声を聞いた事なんてなかった。

「よう姉ちゃん!」
「うお!」
「そんなとこで突っ立って、なにしてんだい」

少し江戸っ子調の少年の様な声がする。
名前は驚いて振り返ると一匹の白い犬、大型犬だろうか。それが立っているではないか。

「い、いぬ…?」
「おいおい、オイラが見えねえってのかィ?目ん玉ひん剥いて見やがれってんだ!ここだよ、ここ!」

犬の鼻先でピョンピョンと跳ねる淡く緑色に光るソレ。
恐る恐る屈みながら犬に近付いてみるとソレは「そうでぇ、オイラだ」とまた跳ねた。

「……ノミ?」
「誰が蚤でぇ!」
「あ、ご…ごめんなさい。あの、すみません、ここ何処ですか?私迷ったみたいで…」
「ここは神木村ってんだ。オイラはイッスン、この毛むくじゃらはアマテラスってんだ。姉ちゃんは」
「私の、名前…ですか」
「おうよ」

えっと…と少し考える名前。名乗られたからには名乗り返すのが礼儀というものだろう。名前を教えることに抵抗があるのでない、名前を忘れたわけではない。
ただ、この今の状況に対応が出来ていないのだ。

「…名前、です」
「じゃあ名前姉」
「名前姉」
「なんでぇ、文句でもあるってのかい?」
「あ、いや、ないです」
「迷ったって言ったが、ここ迷うところもねえだろ?それに初めて見る顔の姉ちゃんだ。もしかしてお前、この状況になった原因かぃ?」
「こうなった、とは…?」

質問に質問で返すのは良くない返答だろう。
しかしイッスンと名乗ったそれが怒る前にまた、あの恐ろしい叫び声が響いたのだ。
それに驚いた名前が立ち上がって振り返る。
犬の方向から聞こえたわけでない、そして犬の鳴き声でもない事を名前は知っているからだ。あの声は悪いもの、排除しなければいない存在のもの。あってはならないのだと本能的に知っている音だ。

「…あの声は?」
「なんだ、名前姉も知らねえのかい」
「…も?」
「オイラたちも知らねえんだ。んで、そこに知らねえ人間がいたら疑うのが礼儀ってもんだ」
「迷惑な礼儀だな」
「まあ悪かったな。じゃあ名前姉、ここで知り合ったが何かの縁だ。一緒に村でもまわろうぜ、なあアマ公」

大きく一鳴きしたそのアマテラスという犬。
人懐っこい性格なのだろう、大きな尾をこれでもかと大きく振っている。
戸惑っている名前をまるっと無視して行けと言わんばかりに名前を自分の行きたい方向にグイグイと頭で押してくる。

「え、ちょ、ちょっと…」
「なんでぇ、自分の脚で歩くのが嫌だってのか?犬っころに乗るのか?」
「そ、そうじゃなくて」
「まどろっこしい!おいアマ公!この姉ちゃんチョイと乗せて村探索だ!」
「え、えええ、え!」

ちょっと待って!という言葉を言わせまいと、アマテラスという犬が名前を上手に己の背に乗せる。
大型犬とはいえ、さすがに子供ではない人間を背に乗せるのは体に負担がかかるのではないかという名前の不安は犬にとってはどこ吹く風らしい。
名前の事などまるで気にしていないという足取りでスイスイ歩き出している。

「お、重くない…?」
「なーに、姉ちゃんの一人や二人朝飯前ってんだ」
「えっと、イッスン、は…アマテラスとずっと一緒にいるの?」
「ついさっき会ったばっかりだ。名前姉と会うほんのちょっとな。なんでぇ、妬いてんのかぃ?」
「仲が良いみたいだから、付き合いが長いのかと思って」
「毛むくじゃらと仲が良いなんざ御免だね!」

わん!と何か言いたいことがあったのかアマテラスが吠えた。

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