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「#エロ」のBL小説を読む
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|||野生の心

「…………」

持っていた資料をぶつかった拍子に落とした。
それはダ・ヴィンチに頼まれたもので、「急いではいないけど時間があったら見たいから暇な時にでもよろしくね」と言われていたものだ。
調度資料室に行くついでがあり、それも持って来てついでにデータ化してしまえば一石二鳥だと思って歩いていぶつかった。
別段よそ見をしていたつもりはないが、どうやらちょっとした気の緩みの事故になった。
「あああ…」と少し張り合いの無い、言えばだらしのない落胆の声が名前の口から洩れ、次に「ごめんなさい」と続くはずだった声。
それがいまだに名前の口から発せられることはなく、名前はただただそのぶつかった存在を呆気にとられてみていた。

「……あ、」

ありがとう、ございます。と蚊の鳴くような声が出たのは資料をその存在が集め、名前に渡した後の事だった。

「ぶ、ぶつかってしまって、ごめんなさい…」

その存在は言葉を発しない。笑顔もない、表情が無い。
違う。
首から上が無いのだ。

「……デュラハン、ですか?」

黒い、革の手袋をした手が上がり、恐らく「NO」という仕草だろう。
その存在は己がデュラハンではないと答える。

「…貴方のようなサーヴァントが居るとは知りませんでした、クラスはなんでしょう。デュラハンならライダーかと思いましたが、違うんですよね」

おそらく、そこが顎があった場所なのだろう。そこに手を当てる風な格好をとり、少し考えるような仕草をする。
それが何だが名前にはおかしく感じ、小さく笑えば頭のないその存在は頭を傾げる代わりとばかりに上半身を少しだけ傾げる。

「ごめんなさい、なんだが面白くて。表情が見えないのに、体で表現しているのが…なんていうのか、不思議で」

すると遠くで狼の遠吠えのような声が聞こえるではないか。狼や犬と言えばキャスターのクーフーリンが時たま連れているのを見るが、それ以外では目にする機会はない。
何よりあの狼たちは遠吠えをしたのを今まで誰も聞いたことが無いだろう。
名前でさえ彼らに吠えられたことはないのだ。
しかしその存在はその遠吠えを聞くとすぐさま踵を返して立ち去った。
名前は小さな声で「聞こえるのね」と思った疑問をこぼしてしまったが、それを誰かが聞く事もなく、ただその場で消えたのだが。




「ああ、それ新しいアヴェンジャーだな」
「アヴェンジャー?」
「新宿のアヴェンジャーだったな、確か。真名は明かせんらしい、ただアレの本体は名前があった首なしじゃねえ」
「上の方が本体?」
「そら頭がって意味か?言っておくが違うぞ、アレの本体は狼だ」

資料を持って歩いていれば「名前」と聞き馴染んだ声がしたので振り返ればキャスターのクーフーリン。
先ほどのある意味衝撃的な出会いを話せば、そんな風に軽く答えられてしまった。

「詳しい話は飯でも食いながらしてやるよ、その荷物運んじまえ」
「…うん」
「なんだよ」
「ううん、そんな時間なんだなって思って。なんかサーヴァントの方から誘われるのって変な感じ」
「そうか?」
「だいたい私から誘っていたのが多かったから。10年前は断れていたし」
「ここじゃ関係ねえからな」

言われた通りに頼まれごとを終え、一緒に食事をする。
基本的にサーヴァントは食事も睡眠も必要とはしないが、趣向品としては摂取する。クーフーリンの場合はオルタを除いて食事を楽しんでいるので、そのついでで名前を一緒に食べることがある。
「アレの本体は首なしの方じゃなく下の狼だ」
「なんだ、お前狼にまだあってねえの?」
「あの狼のデカさはアステリオスよりデカいから食われねえようにな、冗談じゃなくアレはデカいぞ」
「なんで新宿のアヴェンジャーか?俺がんな事知らねえよ、本人に聞け。まあ上は頭が無いし下は狼だから無駄だろうけどよ。多分だがお前の犬好きでもアレに関わろうとは思わん事だ」
「あのアヴェンジャーは人間を憎んでいる、正義や信念じゃなく、存在そのものをな」
ある意味一方的な注意、いや忠告だった。
名前が何か言葉を発する隙を与えずにただただクーフーリンは名前に対して「アレには気を付けろ」とただただ畳み掛けるように浴びせたのだ。
恐らく名前が好奇心いっぱいの人間であれば逆に気になった仕方がないのかもしれないが、生憎名前はどちらかと言えば変化が苦手な部類の人間だ。
冬木からの相棒であるキャスターのクーフーリンにそこまで言われてしまうと言葉そのままに少しだけ恐ろしくなった。
アステリオスより大きい狼、アステリオスはバーサーカーではあるが会話が出来るがそのアヴェンジャーには通じない。
マスターの召喚に応じたサーヴァントだが、野生の獣だっていうのを忘れるな。そのいつもの調子とは違い、鋭い声に名前はただ黙って頷いたのだ。



そんな忠告を忘れるくらいの時間が経った頃。
廊下に響くジャラリジャラリという不気味な音が名前の耳に入る。
アステリオスの鎖のすれる音にしては馴染みがないと思い、半分好奇心が勝ってその音を探す。
その音は名前が思っていた以上に重厚感に満ち、そしてその鎖だけではない金属音に微かに混じるカチャカチャという音。

「アステリオ…」

ス、何をしているの?と続くはずだった名前の言葉はそこで途切れた。




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