企画! | ナノ
|||4日間のこと
「……名字?」
「衛宮…どうしたの、こんな夜中に」
それはこっちの台詞だ。と衛宮士郎は名前に怒った口ぶりで詰め寄ってくる。
彼が怒ったような口ぶりになるのも当然だろう。いわばこの時間は深夜というにはまだ少し早い時間だが、時間が時間なのだ。出歩いているのを警官に見つかれば職務質問だろう。名前は連れもなく、一人で歩いているのだから。
名前と衛宮士郎の関係を簡単に言うならばバイト仲間だろう。名前が衛宮士郎のバイトしている酒屋に後から来た後輩という奴だ。面倒見の良い彼が頼まれ、指導に当たったのは言うまでもないだろう。
「女の子が出歩く時間じゃないぞ」
「男の子も出歩く時間じゃないと思うけど」
「あのな…」
「大丈夫、もう帰るから。衛宮は何してるの?彼女を家まで送った帰り?」
「違う。家どこだよ、送っていくから」
「ううん、いいよ。近いから」
「でも…」
「誰かと一緒なの見られたら困るでしょ?彼女だと思われたら特に」
「だから」
「私も困るの。うるさいのよね、」
誰が、と衛宮口から出なかったのは何かを察したのだろう。
長い付き合いではないが、それなりに付き合いはある。会話の中で察して突っ込んで良いことと悪い事。分かっているくらいの付き合いが。
それから衛宮は名前に向かって「ちゃんと帰れるんだな」「寄り道するなよ」「もし家のトラブルなら家にくるといい、部屋ならたくさん余っているから」と要らない心配をして、まるで保護者のようにいって聞かせて、やっと解放してもらえた。
「おかえりなさい、マスター」
「ただいま」
「…誰かに会っていましたね」
「やだ、犬みたい」
「………」
一応の住まいの玄関のドアを開けると、奥からパタパタと可愛らしい足音を立ててやってきた少年。姿は確かに愛らしい少年だが本質は最悪だ。まだこの少年の姿なら可愛げがあるが、本来の青年体になったら可愛さの欠片もないだろう。
「それで今日の収穫はどうでした?期待しませんけど」
「ええ、御期待通りでした」
「だから言ったのに。もう名前は戻る肉体も場所もないんだからここを楽しむべきだって」
「そうは言われてもね…」
「楽しめば良いのに。お金だってバイトしなくても僕の黄金律で生活だってできますよ、もっと良い部屋にグレードアップだって」
日本固有の玄関で靴を脱ぐという習慣。その習慣に少なくとも懐かしさを覚えて少し感動したのは秘密だ。纏わりつくように寄って来たサーヴァントをあしらいながら名前はこれからどうするかを考える。もちろん、これから風呂だとかそういうことではない。
サーヴァントが言うようにこのまま送る事ができなかった人生を送るという手もある。
しかし名前にはそれではいけないような気がしているのだ。良し悪しではなく、何かが引っ掛かるからだ。
「どうしてこんなこじんまりした部屋がいいんでしょか」
「嫌なら出て行ってもらって構わないけど」
「だってお風呂だって小さいし、トイレも狭い!隣の部屋の人間の声がたまに聞こえてくるんですよ?」
「そりゃ怒鳴れば聞こえても来ますよ。そうやって君がドシドシ足音を立てれば下の階の住人さんに迷惑だから止めなさい」
「まったく、名前の趣味ってわかりません。せっかくお金の工面は僕がしてあげるっていうのに。これじゃ彼が出てこないのも理解します。そのお陰でこうして一緒にいられるんですけど」
とりあえず一休み。と思って腰を下すと、その隣にちょこんと陣取るサーヴァント。
クラスはアーチャー、真名はギルガメッシュ。
この冬木の地にも同じ英霊が存在している。その彼にも名前と彼も会っている。そしてその彼もこのカラクリに付き合う気はなく、名前のサーヴァントと同じく子供化してすごしているのだ。
「あーあ、法則が見えないんだよねー。とりあえず4日間はわかってるくらいで」
「当たり前ですよ、この4日間はマスターの為ではありませんから」
「…私の為じゃない、ってことは、誰かの為に繰り返しているの?」
「原因がありますから。その原因が何かの為に引き起こしていると考えれば、誰かの為ですね」
「原因…それを突き止めるとこのループから解放されるの?」
「このループから解放されてどうする。貴様よほど死に急ぎたいのか」
「アーチャー…」
威圧してその原因を突き止めるのを止めろといわんばかりに青年体になるサーヴァント。こうして有無言わせず止めさせたいのか、名前よりも背の高い姿と威圧的な声で名前に向かって「死にたいのか」とすごんでくる。
名前は本来ならば死んでいる。それは月での聖杯戦争で敗れたからだ。あそこでの敗退はすなわち死。生還するには文字通り生き残るしかないのだ。その聖杯戦争で敗れた名前には戻る肉体が無い。しかしこの冬木の地では何故か体あって生活を送る事ができている。誰かと死闘をしなくてもいい、平和な生活を。
「いいか、貴様は一応はこの我のマスターだ。その貴様が死ねばすなわち我も死ぬ。死が恐い事などないが、貴様の道連れなぞ我が認めん。死にたいのならば勝手に死ねばよかろう、我を道連れにしない方法があるならな」
「死にたい、わけじゃない。ただ消えて、もう死ぬだけだと思っていたらこんな所に来て、死んでいなくて。私はそれがどうしてか知りたいだけ、どうして私はまだ生きているのか。あんなに、あんなに死ぬ覚悟をしていたのに…」
「…ま、死にたいって言うわけじゃないので良いと思います。彼もさっさと帰ってくれましたし。まったく、勝手に代わってすぐ引っ込んで。勝手な人ですよね」
「……そうだね、もう探すの止めようかな」
「…え?」
今まで頑なにループの原因を探っていた名前が言った一言にアーチャーが驚いた。それは今までの名前からしたら考えられない言葉だったからだ、一人で探っていたループの原因を諦めるのというのだ。もう散々探して探して、何も見つからないという諦めがあるのかもしれないが、その諦めがアーチャーにとっては驚愕なのだ。
「もうさ、楽しんじゃおうか。どっちにしろ私がこんな生活を送る事なんて出来ないんだし。できること楽しむの、いいかも」
「…そ、そうですよ!」
「そうだな、学校とか…聖杯戦争思い出すから、これはパス。バイトは続けるでしょ」
「えーバイト続けるんですか?」
「続けるんです。結構楽しいのよ?バイトない日、一緒に出掛けようか。何処がいいかな、夜しか知らないから、昼間は何処がいいのかな」
「プール、プール行きませんか?水着買って、そうだ、服も買いましょうよ。そんな野暮ったい服じゃなくて、名前に似合う可愛い服買って。それでご飯も食べに行きましょう。名前のご飯もいいですが、外食だって」
楽しそうね。と名前が笑うとそれに乗ってくるように「そうでしょう?マスターは楽しむべきなんです。あそこで肩に力が入りすぎていたんですから」と喜ぶ。
子供の彼は名前によく懐いている。青年体もそれなりに気に入っているからこそあのような脅しにでたのだろう。それは名前がよく解っている。
お互いに支えあっているのだ。弱い人間のマスターの魔力なしでは存在できないサーヴァントと、サーヴァントがいなければ月で存在し続けられないマスター。
「ありがとう、アーチャー」
「…!」
「よし、お風呂入ろうかな」
「僕も、」
「却下。君に選択肢をあげよう。1、大人しくしている。2、魔力供給を必要最低限まで絞る」
大人しく待ってます。と小さく手を上げるところは彼らしい。
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