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「#エロ」のBL小説を読む
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|||地上と月

「こっちの暮らしは慣れたか?」

「あそこにはなかったものが沢山で、毎日が新鮮。慣れることなんて、あるのかな」


そう名前は笑った。

名字名前。
ある日、衛宮邸に転がり込んできた不思議な女の子。
記憶がある様で、無く。そしてある人物達と親しげにしたかと思えば、その人物達には彼女はまったくもっての知らない人間だった。しかし、それに名前がショックを受けるような事はなく、すぐに受け入れていた。
そしてまた彼女も聖杯戦争を経験して、聖杯を手にしたと言っていた。


「名前は、どんなところにいたんだ?」

「私?現実のような仮想の世界。そして私は私であって私じゃない、私は本物であって偽物。本当の私は眠っていて、私は私に成れず、私の一部にもなれないの」

「名前は面白いことを言うよな。そういえば昨日の夕飯、うまそうに食べていたけど、うまかったか?」

「うん、美味しかった。士郎と桜の作るご飯は美味しいね。私、世界にこんなにたくさんの味があるとこを知ったよ」


現実世界は色々ありすぎて、私の処理能力を超えているから。

縁側に座って、庭を眺める名前の目はそこにはない何かを眺めて答えた。
その横に座って士郎は名前の横顔をまじまじと見つめてみる。
名前という人物は、何を考えているか正直わからない。それは思考が想像できないというわけではなく、表情が薄いのだ。嬉しい、悲しい、困惑。その変化が目に見えづらい。
士郎が「うまそうに」と聞いたのは表情ではなく、その食いぶり。もくもくと黙って食べていた。その食いぶりで、まず不味いという答えにはいきつかないほどの食いぶり。
あれはセイバーさえも感心するほどの食いぶりだった。
ただセイバーが感心するといっても、名前の食いぶりは標準だ。規格外の食いぶりではない。


「名前の知ってる遠坂は、どんなやつだ?」

「凛?そうだな…なんでも知ってる。敵なのに、私の心配してきたり、助けてくれた。凛は……友達、だったんだと思う」

「だった?」

「うん。だって、もう会えないから。凛も、ラニも、慎二も、一成も、藤村先生も、言峰神父も、ユリウスも、レオも。私が本物じゃないから、本物でもあえないの。もう死んでるから」

「俺の知ってる人たちじゃなんだもんな。慎二も友達だったのか?名前の知ってる慎二って、どんな奴だ?」

「慎二はね、私の最初の対戦者。配役だと私の友人。だいたい士郎の友達の慎二と同じだった。でね、私の知ってる慎二は8歳なの。最初に、私が殺したの」

「……」

「慎二だけじゃない。私は7人の命を奪って、聖杯を手に入れたけど、私は偽物。最後は消されたの、アーチャーと一緒に」


アーチャー。
遠坂凛のサーヴァントの英霊エミヤシロウを見た名前が初見で彼をアーチャーと言い当てた。それは名前が言うのには彼女自身のサーヴァントと瓜二つ、同一人物のようだったそうだ。
しかしアーチャーが「君とは初対面のはずだが」と答えれば、名前は大人しく「世の中にはよく似た人間が3人いるという、彼はその1人だったんだな」と困ったように笑って見せた。
あとでその事に関して士郎が聞いてみると、名前はあっさりと答えたのだ。そのアーチャーの真名を。
名前のサーヴァントのアーチャーの真名は「無銘」元より名前がないのだ、と。
しかし士郎は名前のその無銘の話を聞いて、その無銘はエミヤシロウと同じ人物なのだろうと思い当たった。
それは正にエミヤシロウと同じ運命をたどっていたのだ。しかし、その事を名前に言えば「彼が違うというのだから違う。それにそうだとしても、今は凛のサーヴァント。私にどうしてみようもないから」と、静かに答えた。


「偽物って言うけどさ、名前は、今俺の前にいる名前は俺にとって本物だ。偽物なんかじゃない。だから、そんな偽物とかいうの、やめろよ」

「ありがとう、士郎。士郎は優しいね。でもね、私は偽物。本物はいるの。私は本物のコピーでしかない」

「本物って、なんだよ」

「本物は本物。私のモデルになった人。私はその人をベースに作られてた本来NPCだったプログラム。本物にはなれない」

「名前のいう本物は俺は知らない。俺の知ってる名前は名前だけだ。だから俺の中で本物は名前だけだ。だから、だから偽物なんて言うなよ」


その言葉にきょとんとしてから、名前はわずかに笑って「ありがとう」と口にした。
そしてまた名前は、そこにはない何かを眺め始めた。

名前は記憶がないわけではい。そしてあるわけでもない。
あって、なく。なくて、ある。
あるのは自分が経験した月での聖杯戦争。ないのは自分自身の記憶。
自分の記憶がない理由は最後の最後で分かった。わかった時には、もう正直記憶なんてどうでもよかった。データであっても、それでも。
そして自分は偽物だったと知っても。悲しかったが、それでよかったのかもしれない。そうと思える。
消えるのは怖かったが、自分が消えることで彼女が助かるなら、よかった。無駄じゃない。
一人で消えるもの怖かった。でも、彼が、アーチャーが居てくれた。皮肉ばかりを言っていた彼が、最後まで一緒に来てくれるとは思ってもみなくて、嬉しかった。
そして溶けて、終わったんだと思った。

でも、私に、
      彼に
まだ終わってなかった。
これはムーンセルのエラーなのか、バグなのかはわからない。
もしかしたら、ムーンセルが見ている“夢”のようなもので、あそこにいた名字
名前という人物のコピーなのかもしれない。コピーのコピー、もしそうなら笑ってしまう。ムーンセルはどれだけ名字名前という人物を気にいているのだとうかと。ただ、それがそうだとう確信はない。


「私、理由がなんであれ、ここに居ることができるのは嬉しい。ここ、誰も殺し合わなくていいから。沢山色があって、味や匂い、触った感触がある」


全部が初めてで、どうしたらいいのか分からないくらいに。




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