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|||来たれ、汝天秤の守り手なり

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、」


天秤の守り手よ
その一言がいつも言えなかった名前。
あの時と同じ様に、自分の血と、同じ素材。
陣は違って立派に描かれている。そしてもうひとつ。召喚の呪文を唱える人物。人物は同じだが、あの時から10年という歳月が過ぎ、幼かった名前は十分な時間をかけて成人を過ぎている。
何度も、何度もやろうと思って描いた陣。最後まで言えなかった呪文。
喚んでも、彼はこないの。彼は“彼”じゃない。
それが浮かんで、最後まで出来なかった。



「…え、サーヴァント召喚の儀式?」

「名前姉ちゃん、前の聖杯戦争でマスターだったんだろ?ならやったろうし」

「まあ…うん。でも、士郎くんだってセイバー召喚したんだし」

「召喚は…偶然だったけどな。これからの勉強として」


名前は頭を下げる士郎に溜め息をついた。彼は名前に「サーヴァント召喚の儀式を見せてくれ」と言ってきたのだ。
先日うっかり凛が「名前さんは前回のマスターだったのよ」と口を滑らせ、驚く士郎は持っていた湯のみを落としかけたのは記憶に新しい。
それから士郎はセイバーに名前は前回のマスターだったらしいと話たら、彼女も知っていた事にまた驚き、自分だけ知らなかったのかと肩を落としたとセイバーが言っていた。
名前とセイバーは前回の戦いの折りに一度顔をあわせていたので知っていた。ただ、あれから10年という歳月は大きく、セイバーも最初名前があの子供だとは気づかなかったのだが。


「…召喚しても、なにもこないよ?」

「召喚の方法だけでいいから…何もでなくていいんだ」

「出なくて、いいの?」

「…俺、ちゃんとした儀式でセイバーを召喚したわけじゃないから、どういう風に召喚するのか知らなくて…さ。だから」

「私もちゃんとした儀式したわけじゃないよ。偶然出来ただけだし…」

「え、」

「うん。」


固まる士郎、困ったように笑う名前。
確かに名前はマスターだった。マスターだったが儀式らしい儀式はしなかった。いや、召喚するつもりはなかったが召喚出来てしまったのが正しいだろう。
士郎も正式な儀式をしていないあたり、サーヴァント召喚の儀式は堅苦しく考えずとも出来る簡単なものなのかもしれない。


「…ま、いいか。うん、見せてあげる。じゃあ、土蔵でやろうか」

「え、いい…の?」

「うん。どうせ前の私のサーヴァントのクラスは今埋まってるし。彼は来ないから」


よし、じゃあ準備しようね。
と名前は士郎に儀式に使う物の準備を頼んだ。ただ、おいそれと簡単に一般人が準備出来るものではない品物ばかりなので、名前は10年前に代用した物を提示した。
そもそも儀式に正式もないのかもしれない。水銀がなく、ただ適当に用意したのもでも召喚できるのだから。



「よし、こんなもんかな?」

「こんなのでいいのか?」

「正式な儀式をしても何も来ないし、準備もそうそう出来ないしお金の無駄。だから私が召喚した時と同じにしたの………正式じゃなくても召喚は出来るのよ。私や士郎くんがしたように」


持っていた剃刀を指先に押し付けて赤い球を作り、それが地面へと流れ落ちる。
名前曰わく「血液は契約には必要なのよ、私の場合」らしい。士郎は名前が使う魔術、正確には魔術ではないらしいが、よくは知らない。

すると名前の纏う空気が変わり、儀式が始まった。
名前の口より紡がれる呪文。
風はないはずなのに、大気が揺れている。
蠢く、動く、騒ぐ。


「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、」


――――、来る!
士郎は直感した。
何かが来る。
名前は何かを喚び出した。
遠坂凛が使うような使い魔の類ではない。
もっと、大きく、強大な。そう、セイバーの様な。


「天秤の守り手よ―――!」

「!!」

「…え、」

「…なっ」


敷いた陣に人影がひとつ。名前でも士郎でもない。
それは士郎でも解るほどの魔力をもつ存在。もちろん衛宮家に関するセイバーでも、ライダーでも、アーチャーでもない。他のサーヴァント。


「問おう、「違います」…え」

「ちょっと、ねえ…し、士郎くん、今、どこも空席…ない、よ…ね?」

「え、ああ…そのはず…あ、アサシンは?」

「槍持ったアサシンなんて聞いたことないよ…」

「あの…」

「じゃあ…?」

「うー…ん」

「もし…?」

「教会に問い合わせる?」

「それはやめた方がいいんじゃ…」

「すこし、よろしいか?」

「でも、あ、凛ちゃん。凛ちゃんに相談しない?遠坂家当主ならなにか」

「…、お話のところ申し訳ない。貴女が「違います」…我が「人違いです」マスター「違います」」


喚び出されたサーヴァントは二人に軽く無視され、どうしたものかと困惑した。
問えば名前に「違う」と言われ、思うように問うことが出来ない。そんな事を知ってか知らずか、名前と士郎はどうしたものかと相談している。


「ランサーはいる…よね、なのにランサーなんて」

「…まず、ランサーかどうか確認してみないと。もしかしたらランサーじゃなくアサシンと、か」

「だから、槍持ったアサシンいないってば士郎くん」

「…クラスはランサーです」

「ほら、ランサーだって」


私の言った通りでしょ?と名前が続けようとした瞬間の事だ、土蔵の閉めていた扉が爆音をたてて吹き飛んだ。
外から内へ、それは何かが土蔵へと飛び込んで来た事を示している。


「シロウ!名前!無事ですかっ!?」

「セイバー、扉を壊すな!」

「緊急事態です!サーヴァントの気配です、今は私しか居ません気をつけ…」

「セイバー落ち着いて。敵はいないから。ランサー、貴方も」

「しかし、彼は…」

「何故か召喚できたサーヴァント、クラスはランサー。敵ではないから。その武装を解いて」


多少困惑しながらも名前の言葉、そして眼力でセイバーは剣を下げる。彼女の判断は正しい。知らない不穏な気配が領域で発生したならば、まず主の安全を確保し、その後での殲滅をすべきなのだ。
しかし、それよりもセイバーはサーヴァントの存在が不思議且つ違和感を覚えた。
彼は、あのランサーのサーヴァントは10年前に見た彼ではないかと。
10年前、名前がランサーの真のマスターだというのは士郎に召喚され、名前自身ではなく、これまた凛のうっかりから聞いた事実。それを知ればキャスター戦の時のランサーの焦り様も納得できた。


「ラン、サー…なのか、あの時の」

「同じで違うと思う。だって、記憶はないから」

「セイバー…か?」

「あ、ああ…」


剣を持っているからセイバー、槍を持っているからランサー。
実に実直。ただ単純という事実。
一目見たらばわかる事。
サーヴァント、もしくは聖杯に関わる者ならば周知であること。
前に召喚され、再び召喚されたとしても記憶はないという事。
ただセイバーだけは違うというのは衛宮士郎に関係する者だけが知っている事柄。
そう、記憶を引き継いでいるのはセイバーだけのはず。


「久しいな、前回の聖杯戦争…以来か」

「!」

「覚えて…いるのかランサー。そうか、でも…なぜ覚えている」


サーヴァント同士が会話をする中、名前は士郎を盾にするように、静かに土蔵をでた。




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