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ありがとう、やっぱり

「琉伽!迎えに来てくれたのかい?ありがとう!そしてありがとう!ジョンもありがとう!」

「大きい声出さないで恥ずかしい」


退院の日。病院のフロントでの書類にサイン諸々の手続きが終わって外に出ると琉伽と、愛犬ジョンが待ってくれていた。


「荷物はそれだけ?」

「ああ、お見舞で貰ったものは会社が持って行ってくれたからね」

「そう、なら来なくてもよかったのね。荷物あるかと思って車できたのに」

「そんなことないさ、琉伽にも、ジョンにも会えたからね。ありがとう」

「……どういたしまして」


自分も嬉しい!と言わんばかりに一声鳴いた琉伽に寄り添うジョン。
大きく尾を振り、すぐさまキースに飛び付きたいのを我慢しているのが雰囲気で分かってしまう。しかしそれをしないのが少々不思議でもある。以前のジョンであればすぐ飛び付いて喜びを体で表現していたのだ。


「…ジョン?」

「ああ、躾たの。飛び付くなんて躾がなってない証拠だから」

「そ、そうか…琉伽はトレーナーだな。でもちょっと寂しい、そして悲しい…」

「…なら公園でも行く?そこで遊んでやれば喜ぶんじゃないの」

「い、いいのかい!?」

「退院祝い」


ぱあっと明るくなるキースに、それにつられるように尾の振りが大きくなるジョン。
このままではキースが「ありがとう!そして、ありがとう!!」と大声で叫びそうなのでさっさと車に乗れと指示した琉伽。
キースとの付き合いが長いわけではないが、だいたいの行動パターンはわかっているのだ。単純というよりも素直で。
助手席に座ろうとしたキースに「後ろ」と指差して示し、少し不満そうにしたのは綺麗に無視してジョンと一緒に後部座席に乗せて、少ない荷物はトランクに乗せる。
琉伽が運転席に乗れば案の定後部座席ではジョンによるキースの退院祝いが炸裂している。


「よかったね」

「え、退院がかい?私は」

「ジョンが。嬉しそうだから」

「私も嬉しいよ、琉伽が迎えに来てくれて、ジョンもいて。それに琉伽の事を知ることが出来た機会だ!」

「はいはい。さっさとシートベルトして。出発できない」

「これはすまない」


カチャリ。とシートベルトをする音と目視で確認してから車を発進させる。車内はジョンがキースに甘える声と、それに応えるようにキースの元気な声がうるさいが、これも退院祝いということで煩く言うのはやめた。
今日くらい煩くしても許してやろうではないか。

しばらく車を走らせて着いた公園。
この公園はジョンの散歩コースでもあり、知り合うきっかけとなった場所でもある。
あの日たまたま読書に来た偶然、ジョンが脱走した気紛れ、キースがすぐ捕まえられなかった運。全てが重なった必然。
ある意味で全てが重なって出会った場所。

到着すれば飛び出すように車から出て行くキースに、それについて行くジョン。
元気がいいのは何よりだが、今まで病院にいたのと、いい大人なのだからもう少し落ち着けないものかと琉伽は溜め息を漏らした。


「走らない、一応怪我人でしょ」

「もう大丈夫さ!おいでジョン!!」

「……」

「琉伽も早く!」

「今行く。ジョンのリードちゃんと持っててよ、すぐ放しちゃうんだから」


大丈夫!と大きい声で答えるキースに溜め息をまたひとつ漏らした琉伽。
入院をして、イワンに呼び出されてカミングアウトしたキースの秘密。琉伽自身はその秘密を知っていたし、キースが秘密にしている事も知っていた。だから聞かなかったし、言わないからといって怒るといったこともしなかった。それが琉伽なりのキースに対する信頼であり愛情表現だったのだ。

久しぶりの愛犬との散歩と遊びが楽しいのだろう、正に走り回っている。長いとまではいかない入院生活で体力が落ちたのではないかと思ったが、どうやらその心配はないようだ。


「キース、ジョン」

「うん?」

「ジョン、芸ができるようになったの。見せたいんだけど、いい?」

「芸?ああ、勿論!」


おいでジョン。と琉伽が言えば一目散に駆けて、素早く琉伽の横に座るジョン。
これにはキースが驚いた。まさかこれがジョンに教えた芸だろうか。と。
ジョンはキースの愛犬ではあるが、ジョンがあの様に誰かの命令をしっかり聞く様な事はなかった。それこそ愛玩であり、最低限の躾。訓練をしたような今の動きは見たことがない。


「キース?何してるの、そんな遠いところで見て面白いものじゃないのよ。だから、早く早く」

「え、ああ…今のが芸かと思って吃驚したよ」

「ただの躾を芸とは呼びません」


少し呆れた顔をした琉伽にキースは「すまない」と少し笑った。
琉伽の言うとおりに側に行くと琉伽は犬用のビスケットを持っている。それをどうするかと思えば「見てて、一瞬だから見逃しちゃ駄目だからね」と、そのビスケットわジョンの鼻の上へ。
上手いバランスで鼻の上に置かれたビスケット。そのビスケットと琉伽を交互に見るジョンの目。
数十秒の琉伽の沈黙と、ジョンの熱い視線。


「よしっ」

「!!…おお、ジョン、凄いぞ!そして凄い!」

「所謂“鼻パク”どう?ジョン、グッド」

「凄い!私もやってみたい!琉伽、いいかな」

「どうぞ」


はい。とビスケットを渡そうとすると急に視界から消えたキース。
目線を落とせばジョンの隣にしゃがんで地面に手を着いているではないか。
それに目を丸くした琉伽は一体何事かと自分の目を疑った。
何故、何のためにジョンと同じ格好をしているのか。


「き、キース?なに、してるの」

「さあ琉伽、私にもビスケットを鼻に乗せてくれ」

「…は?」

「私も鼻パクにチャレンジだ、そしてチャレンジ!」


お前は犬か。と琉伽に突っ込むという選択肢はなく、ただ「これは犬用だから、やめておいた方が良いよ。ジョンの分だし…」とやんわりと伝えてみたが、キース自身には通じていないようだ。
どうせ突っ込んだところでキースの事だ、「私が新しいのをかってあげるから大丈夫だ!」というのは目に見えている。
だから伝え方を代えて、やめろ。と言ったが、本人はやる気しかない。


「…本気?」

「勿論!」

「こ、ここで、やる、の?」

「やるとも!チャレンジだよ!」

「…人、見てるのに?」

「見られるのは慣れているから大丈夫」


私慣れてないんだけど。と琉伽が言うも、キースの「人は意外と他人なんて見ないものさ」と先程と矛盾しているのではないかと思える発言。
どうやら琉伽の主張は彼には通じない様だ、そうなれば彼に併せてやるのが得策。こうなってしまっては、どうやっても我を通しそうだ。折れるのが賢い選択の様だ。
キースの手に乗せるはずだったビスケットを琉伽よりも高い鼻の上にバランス良く乗せてみる。やはり犬と違って乗せるのは難しいが、ここは彼のバランス能力の高さがモノを言った。


「…乗った、人間の鼻の上にも乗るんだ、へえ…」

「…ま、まだ、かな?」

「まだ」


ゆらり、ぐらり。
ゆっくりと揺れるキースの鼻の上にあるビスケット。
先程のジョンと同じ様にキースの目線はビスケットと琉伽を往復している。


「よし」

「…っあ」

「ジョンの方が上手だけど、まあ、口に入ったから合格じゃない?」

「ほ、本当かい!?」


キラキラと期待の眼差しで琉伽を見上げるキース。
何かと思って黙っていれば、私も撫でてほしい。と言うではないか。
どうやらキースは琉伽がジョンを誉めて撫でたのが羨ましくて自分も鼻パクをやると言い出したようだ。
正直、人目のあるところでのこう言った一連の行為はさっさと切り上げたい琉伽。
犬と並んで四つん這いになっている成人男性と一緒に行動しているのを職場の人間に見られて後々何か言われたらどう言い訳をすべきかと頭を抱えてしまう。ならばさっさとキースの要求に応えて終わらせばいいのだ。
そう結論に辿り着けば早い。

ジョンと同じ様に頭を撫でてやれば、それは満足そうに笑うキース。
今の彼に犬の尾があるならば千切れんばかりに振っているだろう。そんな表情で。


「満足?」

「今度は私が君に」

「え?」

「ご褒美じゃないが、今までのお礼と、お詫びと、そしてこれからの事での私の愛情を、琉伽に」


ふわりと浮かぶ体。見ればキースの体が青く発光している。
琉伽が「こんなところでの能力を使うな」と文句を言おうとしたが、琉伽の口から言葉が出る前にキースが琉伽を抱き抱え、そして


「え、ちょ…っ」

「高い高ーい」

「キースゥ!」

「おっと」


スカイハイ!と続きそうな気がした琉伽が大きな声で制止をかける。するとキースもそれに気づいたのが、言うのをやめた。
しかし、なにを思ったのか何故か高い高いを止める様子はない。
流石普段鍛えていただけのことはある。成人女性を軽々と抱きかかえてからの高い高いができるのだ。

しかし琉伽としては恥ずかしい事この上ない。いい年になってから、しかも公衆の面前での高い高い。自分がまだ子供ならば気にはならないが琉伽は生憎大人だ。


「や、ちょっと…キース、やめ」

「やめない、そして、やめないよ」

「恥ずかしい…っ」

「…よっと」

「うあ」


ポスンと収まったキースの腕の中。
高い高いは終わったみたいだが、これもやられてしまうと恥ずかしい。日本とここでは文化が違うのはわかっているが、日本に住んでいた琉伽にしてみたら恥ずかしいのには変わりない。
だいたい外で抱き合う文化や、挨拶でキスするのもまだまだ慣れることの出来ない文化だ。


「ありがとう…今まで君は、私の為に色々気を使ってくれいた。それなのに私は、甘えてばかりで…あまつさえ君に嫌われていると思っていた」

「…別に。私、元々こういう性格だし。誤解とか、慣れてるから」

「優しい琉伽。ありがとう、まだ、君に甘えていてもいいだろうか」

「…どうしょうかな」

「え」

「放してくれたら、考えてもいい」

「それはダメだ。そしたらやっと捕まえられた琉伽が何処かにいってしまう」


その言葉に赤面した琉伽がキースに平手打ちして、その音が大きく響いたのは言うまでもない。